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ブクドリ | BOOK DRIP

年収が上がっても幸せを感じないのは、お金が「守り」で効くから

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約6分で読めます 投資・資産形成
目次

昇給して、貯金も増えた。なのに、毎日の気分はほとんど変わらない。

たとえば、手取りが月3万円増えた年を思い浮かべてください。家計には確かに余裕が出ます。それでも「去年より幸せになった」と胸を張れる人は、意外と少ないはずです。

これを「お金では幸せになれない」と片づけるのは早すぎます。研究を並べると、お金が幸福感に効く向きが偏っていることが見えてきます。

お金は、喜びを足す方向には小さく効き、落ち込みと心配を防ぐ方向に大きく効きます。防げた不幸は目に見えません。だから、増えても「幸せ」としては感じにくいんです。

年収は「増えた喜び」より「減った痛み」が2倍重い

まず、年収の増減が生活満足度にどう響くかを見ます。

英国スターリング大学のクリストファー・ボイス氏らは、2013年の論文で、ドイツと英国の大規模な家計パネル調査を分析しました。ドイツは2001年から2009年までの28,723人、英国は1998年から2007年までの20,570人です。同じ人の世帯所得と満足度を毎年追い、前年からの増減を比べています。

ドイツのデータでは、世帯所得がおよそ2倍になったとき、生活満足度の上昇は0.05標準偏差でした。同じ幅だけ所得が減ったときの低下は0.11標準偏差です。

減ったときの落ち込みは、増えたときの上昇のおよそ2倍でした。

たとえば、年収が50万円上がった年の喜びより、同じ50万円下がった年の落ち込みのほうが大きく響きます。平均すると、そういう関係です。

英国のデータでは、心の不調を測る質問票で同じ比較をしています。所得が増えても不調が有意に減ることはありませんでした。所得が減ると、不調は有意に増えていました。

研究チームは、この差は「所得が多いほど1円の価値が下がる」という効果では説明できないと書いています。人は損失を利益より重く感じますが、それが予想の段階だけでなく、実際に経験した所得の変化でも起きていたわけです。

年収アップの価値を「どれだけ幸せになったか」で測ると、小さく見積もってしまいます。年収の増加は満足を大きく押し上げはしません。その代わり、将来の減収に耐える余地を作っています。

研究チーム自身も、社会全体の幸福感を考えるなら、大きく不安定な伸びより、小さくても安定した所得の伸びのほうが望ましいかもしれない、と書いています。

ただし、これは世帯単位の平均的な傾向で、ドイツと英国の一時期のデータです。一人ひとりが必ずこう感じるという話ではありません。

貯金は「口座の残高」を通じて、心配を減らす形で効く

では、貯金はどう効くのか。

カリフォルニア大学リバーサイド校のピーター・ルバートン氏らは、2016年に英国の大手銀行の顧客585人を調べました。本人に生活満足度のアンケートに答えてもらい、銀行が持つ実際の口座データとつなげています。自己申告に頼らず、残高、入金、支出を記録から取っている点が特徴です。

着目したのは、普通預金と貯蓄預金を合わせた「すぐ使えるお金」の残高でした。

残高が多い人ほど、お金についての安心感が高く、その安心感が生活満足度の高さにつながっていました。安心感は2つの質問で測っています。「お金の心配で眠れないことがよくある」と「500ポンドの急な出費に対処できる自信がある」です。

驚くのは、残高を考慮すると、収入の多さも支出の多さも安心感と関係しなかったことです。投資額や借金の有無を調整しても、残高の効果は残りました。

しかも、残高と満足度の関係は、この安心感でほぼすべて説明できました。残高そのものが満足をくれるわけではありません。心配が減ることで満足度が上がっていたんです。

効き方には頭打ちもあります。残高が1ポンドから1,000ポンドに増えると、満足度は20点幅の尺度で約2点上がる計算です。そこから1万ポンドに増えても、上乗せは約0.7点にとどまりました。

私はここに、貯金が増えても幸せを感じにくい理由があると考えています。心配が減るというのは、何かが起きることより、何かが起きなくなることです。眠れない夜が来なかった日を、人はわざわざ数えません。

ただ、この研究は一時点の相関で、因果までは示していません。英国の個人口座のデータという条件もあります。

「不安が消える」と「幸せになる」は、別の軸にある

研究が示す「お金は心配を減らす形で効く」という姿は、お金の本の著者たちの実感とも重なります。

犬飼ターボさんの『DREAM ドリーム 成功者が教える魂の富の作りかた』は、物語の形式でお金と成功を描いた本です。作中で、メンターの湯沢は不労所得を目指す主人公にこう言います。

「不労所得は天国への切符ではないんだよ。ただ、お金の不安がなくなるというだけのこと。不安はなくなっても幸せとは関係ないよ」

登場人物の台詞ですが、ルバートン氏らのデータと同じ構図です。お金が消すのは不安で、幸せは別の軸に置かれています。

やまもとりゅうけんさんの『人生逃げ切り戦略』も、目指す状態を「経済的な不安が限りなくゼロに近づいた状態」と定義しています。お金で到達するゴールを、幸せの最大化より、不安の最小化として描いているわけです。

この2冊と2つの研究を並べると、お金の役割が見えてきます。お金はマイナスをゼロに近づける道具です。ゼロから先のプラスを作るのは、主に別のものです。

年収が上がっても幸せを感じないのは、お金が働いていないからではありません。お金の仕事が、もともと目に見えにくい場所にあるからです。

お金の効き目を「安心」で測り直す

この構造を知ると、年収や貯金との付き合い方が変わります。

よくある誤解:年収が上がっても嬉しくないなら、お金を増やしても意味がない → 増えた分は、減収や急な出費への備えとして効いています。測る物差しを「幸せになったか」から「慌てずに済むか」に変えると、効き目が見えます。

たとえば、今日5分だけ使って、ルバートン氏らの2つの質問に自分で答えてみてください。お金の心配で眠れない夜はあるか。急な出費にいくらまでなら慌てずに払えるか。答えをメモしておけば、1年後に比べられます。

よくある誤解:増えた分は全部使うか、全部投資に回すのが合理的だ → すぐ引き出せる口座に、急な出費をまかなえる額を置いておくと、安心感につながりやすくなります。同じ研究では投資額にも同程度の効果があったので、投資が無駄という意味ではありません。

たとえば、家電の故障や冠婚葬祭のような、年に何度か来る出費を思い浮かべます。その合計を目安に、普通預金の「下限」を決めておく方法があります。必要な額は家計によって違うので、他人の目安をそのまま使わないほうが安全です。

よくある誤解:安心が手に入れば、幸せもついてくる → 安心は土台で、その上の満足は頭打ちになります。下限を満たしたあとの貯金は、心配をそれほど減らしません。

備えが整ったら、それ以上増えた分の使い道は「安心」とは別の基準で決めてかまいません。何を基準にするかは、この記事の範囲を超えます。少なくとも、貯金額の増え方だけで自分の幸せを採点する必要はありません。

おわりに

年収や貯金が増えたのに幸せを感じないとき、それは失敗の印とは限りません。

お金は、起きたかもしれない不幸を静かに止めています。止めた不幸は、誰にも見えません。

次に通帳を開いたら、残高の数字の横に、眠れなかった夜の数を並べてみてください。お金が何をしてくれているのかが、少し見えやすくなります。


この記事で参考にした本

『DREAM ドリーム 成功者が教える魂の富の作りかた』犬飼ターボ → 不労所得が消すのは「お金の不安」で、幸せとは別の軸だという見方

『「知っているかいないか」で大きな差がつく! 人生逃げ切り戦略』やまもとりゅうけん → お金で目指す状態を「経済的な不安が限りなくゼロに近づいた状態」と定義する視点


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「漠然とした不安」が判断を狂わせる──恐怖を書き出すと、行動が変わる理由 お金の心配を減らしても、不安そのものが残ることはあります。不安を書き出して扱う方法を知ると、この記事の「安心で測る」という実践と組み合わせやすくなります。