「このまま行けば」が外れる理由は、数字の外にある
目次
3、7、20、55、148。
ある地域の大気汚染の指数が、5年間でこう推移したとします。何も手を打たなければ、5年後の指数はいくつになるでしょうか。
1975年、心理学者のW・A・ワーゲナール氏とS・D・サガリア氏が、ペンシルベニア州立大学の学生にこの問題を出しました。出題者が想定していた答えは2万を超えます。ところが学生の3分の2は、その1割以下の数字を答えました。
ここまでは「人は指数的な伸びを読めない」というよく知られた話です。面白いのはその先で、この有名な実験そのものにも、同じ種類の落とし穴がありました。
人の直感は、曲線を直線にならしてしまう
先ほどの数列は、毎年およそ2.7倍になるように作られていました。論文では、9割の学生が想定の答えの半分に届かなかったと報告されています。
指数的な成長について事前に説明を受けた学生も、ふだんから何かが増えていく過程に接している学生も、答えはほとんど変わりませんでした。
同じずれは、半世紀後の現実でも観察されています。
2020年3月下旬、米国で新型コロナウイルスの感染者が急増していた時期に、ヨリス・ラマース氏らが行った調査があります。3月17日から21日までの5日間の感染者数を見積もってもらうと、答えはほぼ直線を描きました。
最初の3日は実際より多く見積もり、最後の2日は少なく見積もる。5日間の増え方全体では、実際を45.7%下回っていました。伸びを直線と思い込んでいたことを正す説明を受けた人は、外出を控える対策への支持が高まったと報告されています。
経済学者のヴィクター・スタンゴ氏とジョナサン・ジンマン氏は、この「指数を直線にならす傾向」を家計のデータで測りました。傾向の強い世帯ほど、借り入れが多く、貯蓄が少なかったといいます。
ハンス・ロスリング氏は『FACTFULNESS』で、この傾向を「直線本能」と呼びました。グラフには、S字、すべり台、コブのような形がいくらでもあります。まっすぐな線のほうがめずらしい、というのがロスリング氏の指摘です。
有名な実験のほうも、線の形を決めつけていた
2022年、ハンヨ・ハマン氏が米国科学アカデミー紀要(PNAS)で、1975年の実験に3つの欠陥があると指摘しました。
1つ目は計算です。論文は正解を2万5000としていましたが、この数列を作った式で10年目を計算すると2万2026になります。正解そのものが13.5%かさ上げされていました。
2つ目が、この記事の中心になる指摘です。5つの数字は、指数関数でなくても再現できます。
ハマン氏は、別の多項式の例を示しています。その式で1年目から5年目を計算すると、3、7、19、53、140。元の数列とほとんど区別がつきません。ところが10年目の値は4030で、指数関数の2万2026とは5倍以上違います。
汚染物質が9年で7000倍に積み上がるという想定も、現実には無理がありました。学生が控えめに延ばしたのは、汚染の仕組みについて妥当な前提を置いた結果だった可能性があります。
3つ目は丸めです。最初の値2.72を3に丸めたせいで、年ごとの伸び率が133%から186%までばらつく数列になっていました。
ハマン氏は、指数的な伸びを人が過小評価する傾向そのものは、その後のより厳密な実験で確かめられていると認めています。ただ、1975年の数列だけでは、10年目の「正解」は1つに絞れません。
ハマン氏が引いている先行研究の言葉が、この記事の主題を言い当てています。延ばし方は無数にあり、どれを選ぶかは、数字を生んだ過程についての仮説でしか決められない。
つまり、線の形は数字の中には書かれていません。
線を曲げるのは、数字を生んでいる仕組み
形を決める仮説を持たずに延長線を引くと、外れ方は1通りでは済みません。
上がり続けるはずの線が、曲がった
ロスリング氏は、世界の子どもの数がすでに約20億人で横ばいになっていると指摘しました。女性1人あたりの子どもの数が、所得や教育の向上とともに減ってきたからです。人口がまだ増えているのは、その子どもたちが大人になっていく途中だからで、いずれ増加は止まります。
国連の2024年の推計では、世界人口は2080年代半ばに約103億人でピークを迎えます。2100年の人口は、10年前の推計より6%、約7億人少なくなりました。
平らなはずの線が、跳ね上がった
逆の外れ方もあります。たとえば太陽光発電の導入量は、エネルギーの将来予測で長く少なく見積もられてきました。2017年にNature Energy誌に載った分析は、モデルが太陽光の導入を一貫して過小評価してきたと報告しています。
国際エネルギー機関(IEA)の2022年の見通しで最も野心的なシナリオでも、年間導入量のピークは2040年の657ギガワットでした。そのIEA自身の集計で、2025年の新規導入はすでに600ギガワットを超えています。
作るほど安くなり、安くなるほど導入が増える。この循環が、直線の予測を押し上げました。クレイトン・クリステンセン氏が『イノベーションのジレンマ』で論じたように、新しい技術は既存の技術とは別のS字カーブで伸びます。立ち上がりの時期は量が小さく、直線を当てると平らに見えます。
曲がるはずの線が、曲がらなかった
曲がることを前提にした予測も外れます。日本の国立社会保障・人口問題研究所が2023年に出した推計(出生中位)は、合計特殊出生率が2023年の1.23を底に上向くと仮定していました。日本人の出生数は2024年に75万5000人、70万人を割るのは2038年という見通しです。
実際の2024年の出生数は68万6173人、出生率は1.15でした。見通しより14年早く、70万人を割り込んでいます。
河合雅司さんは『未来の年表』で、出生率が多少上向いても出生数は増えにくいと書いています。母親になる世代の人数そのものが減っていくからです。この世代の人数は、すでに生まれた人の数で決まっていて、すぐには動きません。
3つの外れ方は向きがばらばらですが、根は同じです。数字を生んでいる仕組みを問わないまま、線の形を決めていました。
「このまま行けば」を、3つの問いに分ける
誤解:データが揃えば、線の形は見えてくる → 5つの点が同じでも、指数関数と多項式では10年後の値が5倍以上違いました。点を増やしても、仕組みを知らなければ形は決まりません。
正しいアプローチ:線を引く前に、増える理由を1文で書く → 形は、数字を生む仕組みから選びます。
具体的には、次の3つを順に書き出します。
1. 今期の増加は、何から生まれているか
たとえば会員数が伸びているとします。「既存会員の紹介で増えている」なら、増加は会員数に比例するので倍々型に近づきます。「営業3人が毎月契約を取っている」なら、増加はほぼ一定で直線型です。「狙った市場の残りから取っている」なら、残りが減るにつれて鈍り、S字型になります。
2. 増加数と増加率を並べる
前期からの増加数と増加率を、表に並べてみます。これは5分でできます。
増加数がほぼ一定なら直線、増加率がほぼ一定なら倍々、増加率が下がり続けているならS字の途中かもしれません。ただしハマン氏の例のとおり、数期分では見分けがつかないことも多いので、1で書いた仕組みと突き合わせて判断します。
3. 線を曲げる条件と、その兆しを書く
たとえば次の3種類があります。
- 天井:市場の大きさ、人手や設備の上限
- 反作用:値下げ競争、競合の参入、規制
- 動かしにくい土台:世代の人数、既存の契約
それぞれについて「いつ効き始めるか」と「どの数字が動けば分かるか」を1行ずつ書きます。
最後に、直線、倍々、S字の3本の線を引き、それぞれの1年後の値を並べます。1本に絞る必要はありません。来月どの数字を見れば3本のどれに近いか分かるのかを決めておけば、予測は外れたときに学べる形になります。
おわりに
1975年の実験は、学生の直感の弱さを示すつもりで、出題者自身が線の形を決めつけていたことまで示してしまいました。
「このまま行けば」と思ったら、グラフから少し目を離して、その数字を毎月生み出しているものを1文で書いてみてください。線の行き先は、たいていその1文の中にあります。
この記事で参考にした本
『FACTFULNESS』ハンス・ロスリング → グラフの形は直線だけではないという「直線本能」の指摘と、子どもの数が横ばいになった世界人口の構造
『未来の年表』河合雅司 → 母親になる世代が減るため、出生率が多少上向いても出生数は増えにくいという人口の仕組み
『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン → 新しい技術は既存の技術とは別のS字カーブで伸びるという見方
合わせて読みたい
『FACTFULNESS』ハンス・ロスリング氏|世界は、あなたが思うほど悪くない 世界人口が「ひたすら増え続ける」わけではない理由を、グラフの形から説明した本です。この記事の直線本能と人口の話の出どころです。
『結局、仮説で決まる。』柏木吉基さん|データを見る前に、考えなさい データを集める前に仮説を立てる手順を、実務の場面で解説した本です。「線の形は仕組みの仮説で決まる」という本記事の結論を、日々の分析に移すときに役立ちます。
出生率が上がっても、人口減少は止まらない 本記事で触れた「母親になる世代の人数」の話を、日本の地域や暮らしへの影響まで広げたコラムです。