桁がわかれば、たいていの判断はできる
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「日本にマンホールは何個ありますか」
フェルミ推定と聞くと、こういう面接の問題が浮かびます。私も長いあいだ、コンサル志望者のための遊びだと思っていました。
BCG出身の高松智史さんは『「フェルミ推定」から始まる問題解決の技術』で、その枠から引きずり出します。フェルミ推定とは、未知の数字を、常識と知識を基にロジックで計算すること。つまり、日常的に必要な技術だ、と。
言われてみれば、仕事で扱う数字の多くは調べても出てきません。この施策で何件増えるのか。この市場はまだ伸びるのか。
正確な数字がないから決められない、と言っている間に、決めた人が先に進んでいます。
勝負は計算ではなく、どう分解するかで決まる
推定というと、掛け算の話に見えます。実際には違います。
高松さんが繰り返し言うのは、勝負は因数分解の選び方だ、ということです。世の中で実際に起きていることを、どこまで式に反映できるか。
たとえば、美容院の売上を推定するとします。
やり方は2つあります。商圏方式なら、周辺人口から来店客数を出す。キャパシティ方式なら、席数と回転数から埋まる限界を出す。
どちらが正しいかは、店によって変わります。人気店で予約が埋まっているなら、キャパシティが上限を決めている。空席が目立つなら、商圏の人数が効いています。
同じ質問に、違う式が立つ。ここに現実の理解が出ます。
高松さんはこれを「現実の投影」と呼びます。そして、具体的な情景を思い浮かべることを「フチドリ思考」と呼んでいます。表参道にある、こういう内装の、こういう客層の店。ここまで描くと、どちらの式が合うか自然に決まります。
たとえば、社内で「新サービスの見込み顧客数」を出すとき。既存顧客数から割合で出すのか、営業の稼働時間から接触可能数を出すのか。この選択が答えの質を決めます。数字の丸め方ではありません。
出した数字を、いったん疑う
推定の弱点は、それらしい数字が出てしまうことです。
高松さんが道具として挙げるのが「辻褄思考」です。算出した数字が正しいとしたら、世の中はどうなっているはずか。そこを確かめます。
たとえば、ある商品の年間市場規模を推定して1兆円が出たとします。1兆円なら、テレビCMがもっと流れているはずだし、専業の上場企業が何社かあるはずです。それが見当たらないなら、どこかの変数が桁で間違っています。
数字を出したあとに、数字の外側を見る。この往復が効きます。
中尾隆一郎さんも『「数字で考える」は武器になる』で、近いことを書いています。数字を理解するだけでは足りず、数字で判断し、数字で人を動かす段階まで行く。そのために、大きな塊を扱えるサイズに分ける因数分解が要る、と。
もうひとつ、中尾さんが注意を促すのは平均値です。平均の裏には分散がある。平均客単価3000円が、2000円の層と8000円の層の混ざりものだった、という話はよくあります。
さらに、数字に定性情報を足すことも勧めています。現場の知識や経験を重ねて、初めて実態がつかめる。
つまり推定は、計算で終わらせず、現実に照らして戻ってくるところまでが1セットです。
変数のうち、動かせるものを探す
3つ目が、実務で一番効く使い方かもしれません。
因数分解をすると、変数が複数出てきます。高松さんは、そのうち自分たちの努力で変えられる「コントローラブル」な変数はどれかを見極めろ、と言います。
たとえば、マッチングアプリで1か月にデートできる数を推定する場合。分解すると、閲覧数、いいねの送信数、返信率、日程調整の成功率などが出てきます。
このうち、送信数は自分で増やせます。返信率もプロフィール次第で動く。一方、アプリ全体の会員数は動かせません。
仕事でも同じです。売上を分解して、市場規模、シェア、単価、リピート率が出たとする。市場規模は明日どうにもならない。単価とリピート率は、来月から手を入れられます。
論点を絞るというのは、こういうことです。細谷功さんが『仕事に生かす地頭力』で示す問題解決ピラミッドも、Why、What、Howの3階層で目的と課題と手段を切り分ける道具でした。
ただし、細谷さんの本には注意も添えられています。フレームワークは基本の型であって、それだけでは紋切り型の企画書しか出てきません。型の上に、経験や個性を乗せて初めて差が出る。
推定も同じです。式は誰でも書けます。差がつくのは、どの式を選び、出た数字をどう疑うかのほうです。
明日からできること
誤解:正確な数字がないと、判断できない → 判断に必要なのは正確さではなく、桁です。100万円か1000万円かが分かれば、たいていの意思決定はできます。
正しいアプローチ:会議で数字を聞かれたら、その場で分解して答える → 「調べます」の前に、「たとえば既存顧客が3000社で、該当しそうなのが2割、そのうち1割が動くとすると60社です」と言う。数字より、式が議論の土台になります。
もうひとつ、5分でできる練習があります。
今日の業務に関係する数字をひとつ選び、調べずに推定してから、実際の数字を確認する。ずれた原因が、変数の見落としなのか、割合の見誤りなのかを見る。
これを何度かやると、自分の推定が甘くなる場所の癖がわかります。
おわりに
数字がないから決められない、という状態は、たいてい数字の問題ではありません。
分解していないから、動かせる場所が見えていないだけです。
桁が分かれば、次の一歩は決まります。
この記事で参考にした本
『「フェルミ推定」から始まる問題解決の技術』高松智史 → 推定を面接対策から実務の道具へ引き上げる一冊。因数分解の選び方、辻褄思考、コントローラブルな変数という3つの武器をくれた。
『「数字で考える」は武器になる』中尾隆一郎 → 四則演算だけで判断と説得の質を上げる方法。平均の裏の分散、定性情報の足し方まで含めて実務的。
『仕事に生かす地頭力』細谷功 → Why、What、Howの問題解決ピラミッド。型の効用と、型だけでは足りないという限界の両方が書かれている。
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