「忙しいのに終わらない」のは、始めた仕事が多すぎるから
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10日ずつかかる仕事が2つあるとします。1日おきに交互に進めると、最初の1つが終わるのは19日目です。1つずつ片づければ、10日目には1つ目が手を離れます。
働いた日数はどちらも20日。疲れや切り替えの手間は、この計算に入っていません。違うのは順番だけです。
それでも交互に進めたほうは、18日間ずっと「何も終わっていない」状態が続きます。忙しく手を動かしているのに、完了の報告がひとつもできない。あの感覚の一部は、脳の疲れより手前にある、順番の算数から生まれています。
同時に進めるだけで、完了は後ろへずれる
この例は、経済学者のデシオ・コヴィエロ氏、アンドレア・イキーノ氏、ニコラ・ペルシコ氏が2014年に American Economic Review 誌に載せた論文の冒頭にあるものです。彼らはこの現象を「タスク・ジャグリング」と呼びました。お手玉のように、いくつもの仕事を宙に放り上げたまま回している状態です。
計算を確かめておきます。交互に進めると、Aは19日目、Bは20日目に終わり、平均は19.5日。順番に進めると、Aは10日目、Bは20日目で、平均は15日です。
注目したいのはBです。順番にやってもBの完了は20日目のままで、少しも遅れていません。Aだけが9日早く終わります。順番に進めて損をする仕事は、ひとつもないわけです。
同じ前提で3件に増やすと、私の計算では、交互に回した場合の平均完了は29日目、順番なら20日目になります。抱える数が増えるほど、差は開いていきます。
著者らは2010年の論文草稿で、さらに踏み込んだ結論を理論として示しています。新しい仕事に早く手をつけても、その仕事自体は早く終わらない。先に始めていた仕事から時間を奪い、ほかの仕事の完了を遅らせるだけだ、というものです。
たとえば、月曜に新しい依頼が3件来て、全部に「とりあえず手をつけた」とします。着手は前進に見えます。でも実際には、金曜に終わるはずだった資料の時間を、4つに切り分けて配り直しただけかもしれません。
裁判官のデータが示した、2倍以上の差
理屈だけの話ではありません。コヴィエロ氏らは、ミラノの労働裁判所のデータでこれを確かめています。2000年から2005年に持ち込まれた、約5万8000件の記録です。
この裁判所では、新しい事件が抽選の仕組みで裁判官に割り振られます。そのため、受け持つ事件の量と中身は裁判官ごとにほぼそろいます。能力や努力以外の差を調べるには、都合のいい環境です。
草稿によると、比較の条件がそろった21人のうち、最も遅い裁判官は四半期に平均120件を受け持ち、事件を終えるまでに平均398日かかっていました。最も速い裁判官は105件で178日。半分以下です。
違いが目立ったのは、同時に開いている事件の数でした。遅い裁判官は平均275件を並行して抱え、速い裁判官は116件。21人全体でも、同時に抱える件数と処理日数の相関は0.93で、ほぼ一直線に並んでいました。
もちろん、相関だけなら「遅い人ほど溜まる」という逆向きの説明もできます。そこで著者らは、抽選による割り振りの偶然と、次に触れる裁判所のルールを使い、本人の意思と関係なく並行が増えた時期を取り出しました。それでも結論は同じで、並行して抱える事件が増えると、同じ量を終えるのに時間がかかっていました。
ただし、対象は1つの裁判所の裁判官です。どの職場にもそのまま当てはまるとは限りません。
2015年に学術誌に載った版では、判決が控訴される割合で測る限り、判断の質に悪影響は見られなかったと報告されています。並行して抱えて落ちたのは、速さでした。
草稿の推計では、新しく審理を始める件数を8%減らすと、審理の回数を4%増やしたのと同じだけ処理期間が縮みました。始める数を絞ることは、努力を上乗せするのに匹敵する手段だったわけです。
「始めろ」という圧力が、抱える数を増やす
では、なぜ多くの事件を同時に開いてしまうのか。手がかりは、この裁判所のルールにありました。
緊急でない事件は、申し立てから60日以内に最初の審理を開くよう求められています。遅れても即座に罰はありませんが、遅れが常態化すると懲戒の調査対象になり得ます。
これは終わらせる期限ではなく、始める期限です。60日を過ぎた事件が出ると、裁判官は古い事件を抱えたまま新しい事件を開きます。著者らはこのルールを、そろそろ手をつけろと鳴るベルにたとえています。
著者らは、職場一般に当てはまる仕組みも理論で示しました。依頼主や同僚は、それぞれ自分の案件を先に進めてほしいので、担当者に働きかけます。一人ひとりにとっては合理的な行動です。でも全員がそうすると、担当者は全員の案件に少しずつ手をつけることになり、全員の完了が遅れます。
職場に置き換えると、たとえば「一度目を通しておいてもらえますか」「キックオフだけ先にやりましょう」といった依頼です。どれも小さな着手の依頼で、断る理由が見つかりにくい。この小さな「始めて」が積もると、机の上は開いたままの案件で埋まっていきます。
「やりかけ」を嫌う2冊の本
仕事の進め方を扱う本にも、同じ考え方が出てきます。
ジェフ・サザーランド氏は『スクラム 仕事が4倍速くなる世界標準のチーム戦術』で、半分できた仕事は、まったく手をつけていない仕事と同じだと書いています。組み立て途中の車が工場に何台並んでいても、客には1台も渡せない。やりかけは労力を食うだけで、まだ価値を生んでいないという見方です。
そのためスクラムでは、作業を「未着手」「作業中」「完了」に分けて貼り出し、「完了」の条件を先に決めます。「ほぼできた」を進捗として数えないための仕組みです。
一見、逆のことを言っていそうなのが、デザインオフィスnendoの佐藤オオキさんです。『400のプロジェクトを同時に進める 佐藤オオキのスピード仕事術』のタイトルどおり、常時400件以上の案件を動かしています。
ところが佐藤さんは、頭の中にあるのは常に目の前の1件だけだと書いています。やりかけの仕事は必ず区切りまで終わらせて、「保存して終了」する。パソコンで多くのソフトを立ち上げたままにすると動作が遅くなるのと同じだ、というのが理由です。
私はこの2冊を、コヴィエロ氏らの研究と食い違わないものとして読みました。効いてくるのは、担当している案件の総数より、自分の手元で中途半端なまま止まっている仕事の数です。佐藤さんは400件を抱えながら、1件ごとに区切りをつけて手を離しているのだと思います。
並行の数を減らす、3つの手順
誤解:全部に少しずつ手をつけておけば、どれも遅れない → 冒頭の計算のとおり、少しずつ進めると、どの仕事も早くは終わりません。順番に片づければ、最後の1件の完了日は変わらず、それ以外が早く終わります。
正しいアプローチ:「作業中」を書き出し、短いものから閉じる → まず5分で、始めたけれど終わっていない仕事を全部書き出して数えます。次に、残りの作業が短いものから順に並べます。コヴィエロ氏らの草稿でも、長さの違う仕事は短いほうから1つずつ終わらせると、完了までの日数の合計が最も小さくなると示されています。
誤解:依頼にはすぐ着手して見せるのが誠実だ → 着手を急ぐと、先に始めていた別の依頼が遅れます。60日ルールに押された裁判官と同じ構図です。
正しいアプローチ:着手日より、完了日を伝える → たとえば「今の資料が木曜に終わるので、金曜から始めて来週火曜にお渡しします」と返します。相手が本当に知りたいのは、いつ手をつけるかより、いつ受け取れるかのはずです。
三つ目の手順として、新しい仕事を始めるのは、手元の仕事を1つ閉じたときだけ、という決まりを置きます。
ただし、冒頭の計算は「どの仕事も、自分が手を動かした分だけ進む」という前提に立っています。相手の返事待ちで止まっている仕事は、この前提から外れます。待っている間に別の仕事を進めても、誰の時間も奪いません。
おわりに
忙しさは、手を動かした時間の合計です。仕事が終わるかどうかは、その時間をどう並べたかで決まります。
同じ20日を働いても、19日目まで何も終わらない並べ方と、10日目に1つ手を離れる並べ方があります。今日の「作業中」のうち、いちばん早く閉じられる1件を選ぶところから始めてみてください。
この記事で参考にした本
『スクラム 仕事が4倍速くなる世界標準のチーム戦術』ジェフ・サザーランド氏 → 半分できた仕事は価値ゼロとみなし、「完了」の条件を先に決める考え方
『400のプロジェクトを同時に進める 佐藤オオキのスピード仕事術』佐藤オオキさん → 400件を動かしながら、やりかけを残さず「保存して終了」する習慣
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「忙しいのに成果が出ない」の構造的な理由 本稿が「終わらない」理由なら、こちらは終えた仕事が成果につながらない理由を扱っています。チームで割り込みが連鎖する話は、本稿の小さな「始めて」の依頼と地続きです。
『一点集中術』デボラ・ザック|1日中働いたのに、何も終わってない理由 一度に一つのことに集中するための、具体的なやり方をまとめた本です。本稿の手順を、1日の過ごし方に落とし込みたい人に。