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ブクドリ | BOOK DRIP

意見が対立したとき、「正しさ」で押すほど話がこじれる理由

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約6分で読めます コミュニケーション・文章術
目次

正しい論拠を丁寧に伝える会話を、アメリカで数千人の有権者に試した実験があります。結果は空振り。相手の考えは、測れるほどには動きませんでした。

ところが同じ会話にある数分を足すと、4か月後まで残る変化が出ました。足したのは、もっと強い論拠でも、新しいデータでもありません。

職場で意見が割れたときにも、同じことが起きているのかもしれません。たとえば、あなたが経費精算システムの切り替えを提案したとします。処理時間が半分になる試算があり、数字には自信がある。ところが経理のベテランのBさんは反対で、データを見せるほど表情が硬くなっていきます。

数字は正しいのに、話は一歩も前に進まない。何が起きているのでしょうか。

論拠を足すほど、争点は「どちらが折れるか」に変わる

ジャーナリストのアマンダ・リプリー氏は『High Conflict よい対立 悪い対立』で、こじれていく対立の姿を描いています。対立がある段階を超えると、もとの争点はかすみ、「私たち対彼ら」の構図そのものが目的のようになっていく。

弁護士から調停者に転じたゲイリー・フリードマン氏が離婚調停で見てきたのも、財産の分け方そのものより、どちらが勝つかに夫婦が呑み込まれていく姿でした。

経費精算の例に置き換えると、あなたが試算を示すたびに、Bさんにとっての問いは「新システムはよいか」から「自分の反対は間違いだったと認めるか」へ近づいていきます。論拠が正しいほど、認めたときに失うものも大きく感じられる。だから守りが固くなる。この部分は、リプリー氏の描写をもとにした私の解釈です。

臨床心理士の東畑開人さんも『聞く技術 聞いてもらう技術』で、関係がこじれているときには「話せばわかる」が通用しないと書いています。不信感のある相手には、論理的な説得やエビデンスが刃のように響いてしまう。

正しさの中身に問題があるわけではありません。つまずいているのは、正しさが相手に届く手前です。

論拠だけの会話では、相手の態度は動かなかった

政治学者のジョシュア・カラ氏とデイヴィッド・ブルックマン氏は2020年、戸別訪問での会話を使った3つのフィールド実験を報告しました。テーマは、不法移民とトランスジェンダーの人への排他的な態度です。230人の訪問員が、米国7地域の有権者6,869人と話しました。

1つ目の実験では、会話を2通り用意しています。一方は、政策を支持すべき論拠と事実だけを伝える会話です。この会話では、移民政策への態度にも偏見にも、効果が見られませんでした。

もう一方は、同じ会話に、判断を挟まずに互いの経験を語り合う時間を加えたものです。訪問員が身近な人の体験を話し、相手にも関連する経験を尋ねて、評価せずに聞く。こちらでは排他的な態度が下がり、その変化は少なくとも4か月後まで続いていました。残る2つの実験でも、同じ傾向が再現されています。

効果は控えめです。効果量と呼ばれる指標は0.08で、小さな部類に入ります。一度の会話で人が別人のように変わるわけではありません。しかも対象は政治的な論争で、職場の議論とは場面が違います。

それでも、論拠だけでは何も起きず、経験の交換を足すと変化が起きたという対比は、職場の対立を考えるうえで示唆に富んでいます。Bさんとの会話に足りなかったのは、追加の試算ではないのかもしれません。

私たちの「正しさ」は、自分の価値観の言葉で書かれている

社会心理学者のマシュー・ファインバーグ氏と社会学者のロブ・ウィラー氏は2015年、リベラル派の米国人93人に、同性婚に反対する保守派を説得する文章を書いてもらいました。うまく説得できた人は50ドルの抽選に参加できる、という条件つきです。

保守派が重んじやすい価値観、つまり集団への忠誠、権威の尊重、神聖さに訴えた文章は、わずか9%でした。74%は平等や公正といった、書き手自身が大事にする価値観で書かれていた。34%は、保守派の価値観を逆なでする内容まで含んでいました。

立場を入れ替えた2つ目の研究でも、保守派84人のうち、リベラル派の価値観に訴えた人は8%にとどまっています。

同じ論文の後半では、相手の価値観に合わせて言い換えた論拠のほうが、多くの場合で説得力が高いことも示されました。ただしその効果は大きくなく、後続の研究でも結果にばらつきがあります。私が注目したいのは前半のほうです。説得したい相手が決まっていて、報酬まで用意されていても、人は自分の価値観の外になかなか出られない。

Bさんの例に戻ると、「処理時間が半分」はあなたにとっての正しさです。Bさんが守ってきたのは、締め日に1円のずれも出さないことかもしれません。その価値観の言葉に直すなら、「入力の段階で自動チェックがかかるので、差し戻しが減る」のほうが届きます。

聞いてもらえた人は、自分の迷いを認められる

相手の経験や価値観を知る方法は、結局のところ聞くことです。ただ、聞くことの効き目は「相手の気分がよくなる」だけにとどまりません。

心理学者のガイ・イツハコフ氏とアブラハム・クルーガー氏らは2017年、聞き方が話し手の考えの組み立てを変えるかどうかを実験しました。そのひとつでは、イスラエルの大学生98人が、自爆攻撃の実行犯の遺体を家族に返すよう命じた最高裁判断という、国内で意見が鋭く割れるテーマについて、15分間自分の考えを話しています。

聞き手は、傾聴の訓練を受けたソーシャルワーク専攻の学生か、ふだんどおりに聞く学生のどちらかです。訓練を受けた聞き手に話した人は、話すときの不安が低く、自分の意見に賛成と反対の両方の要素があることを、より認めていました。意見の極端さも、0〜10の尺度で3.33から2.21へ下がっています。

ここで見落とせないのは、賛成か反対かという意見の向きは、条件によって変わらなかったことです。よく聞いてもらった人は、聞き手に同意したわけではありません。自分の考えの中にある迷いや矛盾を、身構えずに眺められるようになった。著者らは、評価せずに聞かれることで社会的な不安が下がり、都合の悪い情報を退ける防衛的な処理が弱まるからだと説明しています。

これは東畑さんの主張とも重なります。東畑さんは、人が他人の話を聞けなくなるのは、自分の話を聞いてもらえていないからだと書いています。Bさんがあなたの試算に耳を貸さないのは、Bさんの懸念がまだ誰にも聞かれていないからかもしれません。順番が逆なのです。

反論の前に、相手の言い分を「合っていますか」まで返す

ここまでの話を、会議での動き方に置き換えます。

誤解:対立したら、まずこちらの論拠を筋道立てて示す → 論拠がいくら正しくても、聞いてもらえていない相手には「折れろ」と聞こえます。論拠を出すのは、相手が「わかってもらえた」と感じたあとです。

相手の言い分を要約して、確かめる → リプリー氏が紹介する「ルーピング」は、フリードマン氏らが調停の現場で使ってきた聞き方です。相手の言ったことを自分の言葉で要約し、「こういうことで合っていますか」と確かめる。違うと言われたら、聞き直してもう一度返します。たとえば「締め日にトラブルが起きたとき、手で直せなくなるのが心配、ということで合っていますか」。相手が「そう、それです」と言うまでは、反論を口にしません。ここがいちばんの難所です。

論拠の代わりに、経験を1つ聞く → カラ氏らの実験で変化を生んだのは、経験の交換でした。たとえば「前のシステム移行のとき、何か大変なことがありましたか」と聞き、返ってきた話を評価せずに聞く。自分の側も試算を重ねる代わりに、手作業の転記ミスに追われた経験のような、自分がこの提案に至った事情を話します。

送る前に、理由を相手の価値観の言葉に直す → 反対意見への返信を書いたら、送る前に理由の部分だけを読み返します。相手がいちばん気にしているもの、たとえば「ミスを出さない」「取引先に迷惑をかけない」の言葉で書けているか。自分が大事にしているものの言葉しかなければ、1文だけ書き換える。これは5分でできます。

ただし、ルーピングも万能ではありません。東畑さんは、相手が悪魔のように見えるほど関係がこじれたときは、直接の対話より先に、利害のない第三者に自分の話を聞いてもらうことを勧めています。聞く余裕を失っているのは、こちらも同じかもしれないからです。

おわりに

正しさは、相手が聞ける状態になってはじめて届きます。論拠を捨てる必要はありません。出す順番を後ろにずらすだけです。

次に会議で反論が口まで出かかったら、その前に一度だけ「つまり、〇〇が心配なんですね。合っていますか」と返してみてください。


この記事で参考にした本

『High Conflict よい対立 悪い対立』アマンダ・リプリー氏 → 対立が争点を離れて「勝ち負け」そのものに変わっていく過程と、調停者フリードマン氏のルーピング

『聞く技術 聞いてもらう技術』東畑開人 → 人が話を聞けなくなるのは自分の話を聞いてもらえていないから、という視点と、こじれた関係で「話せばわかる」が通じない理由


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