緻密な戦略を立てたのに、なぜ商品は売れないのか。
その問いに、川端康介さんはこう答えます。戦略を作りすぎたからだ、と。
本書は、年齢や性別でターゲットを区切る従来のやり方を「妄想」と切り捨て、実在する顧客の「買った理由」から最適解を組み立てる方法を説いた一冊です。マーケティングのフレームワークを真面目に学んだ人ほど、読むと足元が崩れる感覚を味わうかもしれません。
こんな人におすすめ
- 3C分析やペルソナを作っても、具体的な施策に落とし込めず悩んでいる人
- デジタル広告のA/Bテストを回しているのに、なぜ勝ったのか説明できない人
- 認知率は高いのに「知ってるけど買う理由がない」と言われてしまうブランドの担当者
- 「いつか選ばれる」ための長期戦略より、「今売れる」具体策が欲しい人
この本の核心――フレームワークは、不確実性を「固定」してしまう
著者がまず疑うのは、私たちが信じてきたフレームワークそのものです。
フレームワークとは流動的に変化し続ける市場の「不確実性」を、疑似的に「固定化」するツールです。
便利な道具には違いありません。でも市場は動き続けています。固定した瞬間に、現実とのズレが生まれる。多様化した「個」のニーズは、フレームワークの粗い網目からこぼれ落ちていく。
ここから著者は、2つの戦い方を対比させます。
ひとつはトップダウン。自社が「誰に売りたいか」を先に決め、緻密な計画を立てて現場に落とす従来型です。もうひとつが本書の主役、ボトムアップ。現場のファクト(事実)を即座に戦略へ取り込み、リアルタイムで適応し続けるやり方です。
トップダウンには弱点があります。著者が「Pが長過ぎ問題」と呼ぶ現象です。失敗を恐れるあまり、PDCAの「P(計画)」に時間をかけすぎる。仮説の上にさらに仮説を重ね、戦略が硬直していく。動き出す頃には市場が変わっている、という事態です。
だから著者は、長期の優位性を狙うのをやめようと言います。
「ブランドがいつか選ばれる」ための戦略ではなく、ブランドが「今選ばれるため」に多くの「瞬間的な優位性」の連続を生み出し続けることが重要なのです。
「今選ばれる」を積み重ねた先に、「選ばれ続ける」がある。発想の順番が、まるで逆さまです。
「健康」をやめたら売れた――CVEPという考え方
本書でいちばん重要な概念が、CVEP(コンバージョン・エントリー・ポイント)です。
これは顧客が「今このブランドを選ぶ理由」を、3つの掛け算で捉えます。
1つ目:便益を最も享受されやすい状況 顧客が「いつ・どこで」そのニーズを抱えたか。年齢や性別ではなく、置かれた状況です。
2つ目:その状況で求める便益 その瞬間に、顧客が本当に欲しがっている効果や利益のこと。
3つ目:代替手段では満たされない未充足ニーズ 顧客が今は「仕方なく」使っている代わりの手段。そこに残っている不満です。
この3つが交差する点こそ、ブランドが今選ばれる入り口になる。
宅食サービスの「GREEN SPOON」が、わかりやすい実例です。当初は「健康的な食事」を訴えていました。でも既存顧客に話を聞くと、モデルの冨永愛さんが「夜9時過ぎたらGREEN SPOON」と発言していたことを発見します。
「夜9時以降の食事」という状況。「太りたくない、でも罪悪感なく食べたい」という便益。「コンビニ弁当は不健康で味気ない」という代替手段への不満。この3つを掛け合わせ、コンセプトを「食べ過ぎ対策」へ転換しました。
結果、CPA(顧客獲得単価)は50%改善。2年間で新規獲得数が37倍に伸び、会員数20万人を突破しています。
「健康」という当たり障りのない言葉を捨て、特定の状況に絞り込んだ。それが急成長を呼んだわけです。
CVEPは「CVとの距離」という指標とセットで使います。CVとの距離とは、顧客とブランドの便益の間にある「購入難度」のこと。距離が近い顧客ほど、今すぐ買う可能性が高い。
英会話コーチングの事例が、それを教えてくれます。最も距離が近い顧客は、「英語を学びたい人」全般ではありませんでした。「海外赴任が急に決まり、短期間で発音を身につけたい人」です。サービスを4カ月から2カ月に変え、受講前後の発音をLPに載せたところ、獲得数が大きく伸びています。
ニーズには3つの階層がある――BE・DO・HAVE
「顕在層」「潜在層」という分け方は、解像度が低すぎる。著者はそう指摘します。何が顕在化しているのかが曖昧だからです。
代わりに使うのが、ニーズの3階層です。
- BEニーズ:「〇〇になりたい」という目的(例:幸せになりたい、痩せて自信を持ちたい)
- DOニーズ:「〇〇したい」という行為(例:運動したい、食事を変えたい)
- HAVEニーズ:「〇〇が欲しい」という手段(例:サプリが欲しい、ジムに通いたい)
BEからDO、HAVEへと、目的が手段に連鎖していく構造です。
ここで著者が繰り返し言うのは、手段と目的を混同するな、ということ。
目的に対して手段を提案しても、消費者からの反応は生まれません。
「成分100mL配合」「業界1位受賞」は手段です。顧客が欲しいのは、それによって得られる目的のほう。広告は目的を語らなければ届かない、というわけです。
価値は「便益−コスト」で決まる
消費者にとっての価値は、シンプルな引き算で決まります。便益からコストを引いた残りです。
ここでいうコストは、お金だけではありません。著者は7つのコストを挙げます。金銭、時間、労力、心理(失敗したくない不安)、社会(他人の目)、機会、知識・情報です。
便益を伝えるだけでは足りない。顧客が抱えるこれらのコストを把握し、「買わない理由」をひとつずつ潰していく。便益がコストを上回ったとき、はじめて人は動きます。
このコスト削減の発想を尖らせたのが、「未充足ニーズの課題化」です。顧客が当たり前だと諦めている現状に、「〇〇しなくても〇〇できる」という構文をぶつける。
ジョンソンの「カビキラー」が好例です。タイル目地の黒ずみを、主婦がブラシでゴシゴシこすっても落ちない。その諦めに「ゴシゴシこすらずに目地の黒ズミを取りたい」と応え、こすらず落とせる商品を開発しました。「カビ取り剤」という新カテゴリーを生み、定番商品になっています。
こだわりの品質が、無関心品質かもしれない――狩野モデル
「競合と差別化して品質を高めれば売れる」。この常識にも、著者は待ったをかけます。自社が力を入れている品質を、顧客が価値と感じていなければ意味がないからです。
そこで使うのが狩野モデル。品質を5つに分類します。
- 当たり前品質:あって当然。なければ不満だが、あっても満足は増えない
- 一元的品質:あるほど満足、ないほど不満が比例する品質
- 魅力的品質:なくても不満はないが、あると満足が跳ね上がる品質
- 無関心品質:あってもなくても顧客は気にしない品質
- 逆品質:良かれと思って加えると、かえって不満を生む品質
自社のこだわりが「無関心品質」や「逆品質」になっていないか。本当に求められている品質はどれか。これを見極めることが先決だ、というわけです。
A/Bテストは「勝敗」を決める道具じゃない
本書がいちばん痛快なのが、A/Bテストへの再定義です。
現場でよくあるのは、「青空背景のバナーが勝ったから青空を増やす」という思考停止。でも著者は、A/Bテストを勝敗判定で終わらせるのは危険だと言います。
クリエイティブごとに、狙うターゲットも目的も違うからです。本書には、こんな実データがあります。
「商品を手に持っているだけのバナー」は、クリック率が約1.5倍、クリック数が約11倍。圧倒的に多くの人を集めました。一方「価格・割引を表記したバナー」は、CVR(成約率)で4倍以上の差をつけて圧勝しています。集客力で勝つバナーと、成約力で勝つバナー。狙う層がまるで違うのです。
ここで成約率だけを見て、集客力のあるバナーを切り捨てたらどうなるか。将来の顧客基盤を自ら壊すことになりかねません。
だからA/Bテストは、表面のクリック率やCVRだけでなく、クリック後の滞在時間や熟読度といった「行動の痕跡」まで読み解く。市場の「訴求性・受容性・需要性」を確かめるコンセプト検証として使うべきだ、というのが著者の主張です。
「広がる情報」より「買われる情報」を起点に
認知を広げれば売れる、という発想にも著者は釘を刺します。
認知はお金で買えますが、購買意向を高める興味や関心はお金では買えないのです。
バズや話題性を狙う「広がる情報」に偏ると、訴求が薄まり、「知ってるけど買う理由がない」状態に陥る。
順番を逆にすべきだと著者は言います。まず顧客の具体的な課題に便益を示す「買われる情報」を作る。それを「広がる情報」へ転換する。すると、ブランド名は思い出せなくても「〇〇に役立つもの」という便益の記憶が残り、いざという時に想起されるのです。
ユニクロが好例です。「ヒートテック」「エアリズム」のCMで機能的便益を具体的な生活シーンで見せ、チラシでは「今買う理由」を訴える。買われる情報を広がる情報に変えた成功例として紹介されています。
明日から何を変えるか
1. 既存顧客のレビューを「状況・便益・代替手段」で読み直す 自社が売りたい強みではなく、実際に買った人が「どんな状況で」「何を解決したくて」「何と比較して」買ったのか。ECサイトや口コミから事実を拾い、CVEPの仮説を立てましょう。
2. 競合を「同便益競合」まで広げて考える 自社が選ばれなかったとき、顧客は何で代用しているか。美白美容液の競合が日傘やサプリかもしれない、というように、同じ便益を提供する別カテゴリーまで視野に入れる。著者の言う「ボトムアップ3C分析」です。
3. 自社の主観的アピールを、顧客の言葉に翻訳する 「独自成分配合」「開発5年」といった作り手の自慢をやめる。
自社の強みは自社が決めることではなく、顧客が価値を感じたポイントを重視するべきなのです。
顧客が「言ってほしいこと」へ書き換えるところから始めます。
おわりに
読み終えて残るのは、「戦略を立てること」と「戦略にしがみつくこと」は別物だ、という感覚でした。
本書は無計画を勧めているわけではありません。ホンダのスーパーカブがアメリカで偶然から小型バイク市場を見つけたように、現実の反応を取り込む「余白」を戦略に残せ、と言っています。
「勝ちパターン」といった企業の理想ではなく、「負けない」ための再現性を高めなければならないのです。
正解を探して立ち止まるのではなく、致命傷を避けながら小さく試し続ける。机上の妄想ではなく、目の前の顧客が答えを持っている。デジタルで高速に検証できる時代だからこそ、この本の実践度は際立っています。
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【☕#288】クレイトン・クリステンセン『ジョブ理論』──顧客が「雇用」する真の理由を見抜く3つの視点 CVEPの「状況」という発想は、ジョブ理論の「人は状況の中で用事を片付けるために製品を雇用する」と深く響き合います。本書でデジタル施策の手法を学んだあと、購買動機の理論的な背骨として読むと、CVEPの仮説力が増します。
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