「時間さえあれば、もっと幸せになれるのに」
私はずっとそう思っていました。やることに追われ、いつも何かに急かされている。だから、自由な時間が増えさえすればこの息苦しさは消えるはずだ、と。
でも本書を読んで、その前提が揺らぎました。UCLAのMBA教授キャシー・ホームズ氏が数万人のデータから導いた結論は、私の常識を静かにひっくり返すものだったのです。
この本が突きつけてくる、ひとつの問い
本書の出発点はシンプルです。私たちはお金の使い方には敏感なのに、時間の使い方には驚くほど無頓着だ――。
お金は失っても取り戻せます。でも時間は二度と戻らない。だとすれば、何にどれだけ時間を割くかは、本来お金以上に慎重に決めるべき「投資判断」のはずです。著者はそう問い直します。
時間を見つけることなどできない。時間が欲しければ、自分で作ることだ。
この一冊が教えてくれるのは、その「作り方」と「投資先の選び方」です。単なる時短テクニック集ではなく、社会心理学と行動経済学のデータを土台に、限られた人生の時間をどう使えば幸せになれるかを問う本だと言えます。
「自由な時間が多いほど幸せ」は、本当か
本書がまず崩しにかかるのが、誰もが信じている前提です。自由な時間(可処分時間)は、多ければ多いほどいい――。
ところが著者らの調査では、可処分時間と幸福度の関係はきれいな右肩上がりにはなりませんでした。少なすぎてストレスで参ってしまうのは想像どおりですが、問題はその逆側。時間がありすぎても、幸福度はむしろ下がっていくのです。
理由は「生産性を実感できなくなる」から。やることがなさすぎると、目的意識が失われ、かえって人は落ち着かなくなる。では幸福度が最も高くなる「ちょうどいい時間量」はどのくらいなのか――その具体的な数字と、ヘッジファンドを早期リタイアして暇を持て余した男性が迎えた笑えない結末は、ぜひ本書で確かめてみてください。「暇になりたい」という願いの危うさが、ひとつの事例として鮮やかに描かれています。
ここで私が膝を打ったのは、もうひとつの逆説です。時間が足りないと感じると、人はまず自分のための時間――運動や睡眠、誰かを助ける時間――を真っ先に削る。ところが著者の研究では、あえてその逆をやった人のほうが、時間に余裕を感じていました。誰かを助けると「自分はやりたいことをこなせる」という自信が生まれ、それが余裕の感覚につながる、というのです。
忙しいときほど、削るのではなく、あえて費やす。直感には反しますが、ここには時間に追われる人ほど読む価値のある発想の転換があります。
大切な時間を見つけ、デザインするということ
では、自分にとって本当に価値のある時間とは何か。著者はそれを当てずっぽうではなく、データで突き止めることを勧めます。
そのキーワードが「ゴルフボール」です。自分にとって一番大切な活動――家族や友人、健康、情熱。本書を貫くこの比喩が、すべての出発点になります。
私が一番好きなのは、有名な「ガラス瓶」の話です。大きな瓶に、先に砂(些細な雑用)を入れてしまうと、ゴルフボール(一番大切なこと)が入る隙間はなくなる。だから順番を逆にする。大切な人との時間を真っ先に1週間の予定へ固定し、雑務はその隙間に流し込む。
1週間を全体として見ることで、時間をどうつかうか決める際の疑問は、「するか否か」ではなく「いつするか」に変わります。
この一文に、本書の効能が凝縮されていると感じました。友人の誘いを断って罪悪感を抱くのではなく、「来週のどこに入れようか」と考えられるようになる。「やる・やらない」の葛藤が、「いつやるか」のパズルに変わる。それだけで、心の重さがずいぶん違うのです。
嫌な時間を好きなことと抱き合わせる「バンドル戦略」、お金で時間を買うという発想、邪魔されない「考える時間」の確保――こうした具体的な戦術もいくつも紹介されますが、ここで全部を並べてしまうと、読む楽しみを奪ってしまう。気になった人は、本書で自分に効きそうなものを一つ拾ってみてほしいと思います。
どんな人に効くのか
正直に言えば、「とにかく速く処理する時短ワザだけが欲しい人」には、本書はやや回り道に見えるかもしれません。逆に、効率化のノウハウをさんざん試したのに前より忙しくなった人、休んでいても焦りが消えない人にとっては、刺さるはずです。
なぜなら本書が変えようとしているのは、作業の速さではなく「何を先に置くか」という選択そのものだから。データと心理学で淡々と背中を押してくれるので、精神論が苦手な人にも届きやすい。
本書を読んで、私の中に一番残ったのは「しなかった後悔」という言葉でした。人が人生の終わりに最も悔やむのは、間違ったことをしたことではなく、やればよかったのにやらなかったこと――。年長者への調査が示すその「最大の後悔」が具体的に何だったのかは、本書のラストで確かめてほしいのですが、読み終えたとき、私は思わず来週のカレンダーを開いていました。
時間がないから、ではない。何を先に置くかを、選んでいないだけかもしれない。そう思わせてくれる一冊です。
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