お金に困らない人は「使い方」が違う
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年収20万ドル以上の高所得者のうち、3分の1以上が「給料日前には口座が厳しい」と答えている。
2024年のPYMNTS.comの調査結果です。年収2,000万円を超えているのに、お金のやりくりに追われている。正直、最初にこの数字を見たとき、信じられませんでした。
でも、トーマス・スタンリー氏の20年にわたる富裕層調査を読んだとき、腑に落ちた。彼が発見したのは、「収入の差は資産の差の30%しか説明しない」という事実でした。
残りの70%を決めていたのは、ライフスタイル──つまり、使い方です。
「稼ぐ力」と「残す力」は別の能力
お金に困らない人の話をすると、多くの人が「収入が高いんでしょ」と考えます。私もそう思っていました。稼ぐ力があれば、自然とお金は貯まるはずだと。
ところが、データはそれを否定しています。
モーガン・ハウセル氏は『サイコロジー・オブ・マネー』で、象徴的な対比を描いています。ハーバード卒のメリルリンチ幹部リチャード・フスコンと、高校卒の清掃員ロナルド・リード。フスコンは金融のプロです。MBA取得、大企業の幹部職。それなのに、多額の借入と過剰な消費が重なり、2008年の金融危機で破産しました。
一方のリードは、ガソリンスタンドや清掃員として働きながら、質素な生活を続け、余った金を優良株に投じるだけ。それを数十年間繰り返した結果、800万ドル(約9億円)の資産を残して亡くなりました。死後、遺産の600万ドルは地元の病院と図書館に寄付されています。
知識も収入もフスコンのほうが圧倒的に上。それなのに、結果は完全に逆転した。
スタンリー氏の調査でも同じパターンが見つかっています。アメリカの億万長者の80%は一代で財を成した人たちで、その多くは農家や建設業者、害虫駆除業者など「地味な仕事」をしていた。靴に80ドル以上かけない。スーツは200ドル以下。腕時計に5,000ドルの10分の1すら払わない人が大半だった。
一方で、高級スーツを着る高年収のホワイトカラー専門職のほうが、むしろ資産が少ない傾向にあった。
ここに構造があります。高収入の職業ほど「それにふさわしい生活」を期待される。同僚が高級車に乗り、タワーマンションに住んでいれば、自分も合わせたくなる。収入が上がるたびに支出も上がる。これがライフスタイル・インフレーションと呼ばれる現象です。
ハウセル氏は「富を得るスキルと富を維持するスキルは別物だ」と指摘しています。前者にはリスクを取る大胆さが必要ですが、後者に必要なのは謙虚さと倹約、そして「市場から退場しない」粘り強さ。稼ぐ力と残す力は、まったく別のスキルです。ここを混同している限り、収入がいくら増えても「お金に困らない状態」にはたどり着けません。
「使わない」のではなく「何に使うか」が違う
では、お金に困らない人はひたすら節約しているのか。そうではありません。
ハウセル氏は『アート・オブ・スペンディングマネー』で、支出を2つに分類しています。「実用性のための支出」と「ステータスのための支出」。前者は自分の生活を快適にするためのもの。後者は他人の目を意識したものです。
たとえば、NBAで1億ドル以上稼いだアントワン・ウォーカーは、派手な消費を繰り返した末に自己破産しました。高級車、豪邸、見栄のためのパーティー。一方、最低年俸に近かったジョン・アーシェルは質素に暮らし、引退後に大学教授として自由な人生を送っています。
同じ「プロスポーツ選手」という高収入の世界にいても、使い方の設計が違えば、結末はまるで変わる。
ハウセル氏が面白い概念を提示しています。「社会的負債」という考え方です。高級品を買うと、「あの人はお金持ちだ」と周囲に認識される。すると、その水準を維持するプレッシャーが生まれ、さらに高い支出を強いられる。見栄の消費は一度きりのコストではなく、継続的な負債になる。
これを象徴するエピソードがあります。麻薬王フランク・ルーカスは、目立たないことで長年逮捕を免れていました。ところがある日、10万ドルの派手なコートを着てボクシングの試合に現れた。その瞬間、警察の目に留まり、転落が始まった。「見せびらかす」ことの代償は、想像以上に大きい。
お金に困らない人が避けているのは「支出そのもの」ではなく、この構造です。使う対象が違う。彼らは「自由を買う」ためにお金を使っています。
貯蓄は「我慢」ではなく「自由の購入」
『バビロンの大富豪』は紀元前の寓話ですが、そこで語られる原則は驚くほど現代に通用します。「稼いだものの10分の1を自分のものとして取っておく」。これだけ。
ただし、ここで重要なのは「なぜ貯めるか」の認識です。
多くの人が貯金を「我慢」だと感じている。欲しいものを買わないこと。楽しみを先送りにすること。だから続かない。
ハウセル氏はこの認識を完全にひっくり返しています。「使っていないお金など存在しない。貯金している状態は、すでに『自由』や『選択肢』という目に見えない価値を購入している状態だ」と。
つまり、毎月5万円を貯金している人は、5万円分の「将来、嫌な仕事を断れる権利」を買っている。貯蓄は消費の否定ではなく、最も価値の高い消費なんです。
田内学さんは『きみのお金は誰のため』で、さらに視野を広げています。お金は「選ぶ力」に過ぎない。問題を解決するのはお金ではなく、お金の向こう側で働く人。そしてお金を「何に使うか」は「どんな未来を選ぶか」の投票行動だと。
この視点で考えると、貯蓄も投資も消費も、すべてが「未来の自分にとって、何が最も大事か」を選ぶ行為になります。お金に困らない人が共通して持っているのは、この「選ぶ基準」の明確さです。
バフェットの資産の95%以上は65歳以降に形成されたものです。彼が特別だったのは投資の腕ではなく、10歳から投資を始め、50年以上にわたって「使わない」という選択を続けたこと。自由を買い続けた結果、複利が爆発した。
『バビロンの大富豪』にも同じ構造が描かれています。サンダル作りのアンサンという人物が、少額の積立を50年間続けた結果、当初の投資は約16倍に増えた。紀元前の寓話も、現代のバフェットも、言っていることは同じです。「使い方を制御して、時間を味方にする」。これ以上の資産形成の原則はありません。
「使い方」を変えるための具体的な転換
ここまでの話を、明日からの行動に落とし込みます。
誤解:収入が上がれば、お金の不安は消える 実際には、収入が増えると「ふさわしい生活水準」への期待も上がります。昇給のたびに、まず「生活水準を上げない」と決める。上がった分の少なくとも半分は、自動的に貯蓄や投資に回す仕組みを先に作ってしまう。意志力で毎回判断するのではなく、仕組みで解決する。
誤解:節約とは、欲しいものを我慢すること そうではなく、「この支出は、自分の自由を増やすか? それとも他人の目を気にしたものか?」と問い直す。ハウセル氏の言葉を借りれば、「逆死亡記事」を書いてみる。自分が亡くなったとき、周囲の人は「大きな家に住んでいた人」とは言わない。「自由に生きた人」「家族を大切にした人」と言うはず。その理想から逆算して、今の支出を棚卸しする。
誤解:お金のことを考えるのは、お金に執着している証拠 『バビロンの大富豪』のアルカドは「自分の欲求と必要経費を混同するな」と説いています。欲望は、放っておくと必ず収入と同じ水準まで膨らむ。だからこそ、月に一度、5分でいいから支出を見直す時間を持つ。執着ではなく、メンテナンスです。
この記事で参考にした本
『アート・オブ・スペンディングマネー』モーガン・ハウセル お金の使い方は科学ではなくアート。「社会的負債」と「自由の購入」という2つの概念が、支出の設計を根本から変えてくれます。
『サイコロジー・オブ・マネー』モーガン・ハウセル 経済的成功は知性ではなく行動で決まる。清掃員が9億円を築いた話は、収入と資産の関係について常識を覆します。
『バビロンの大富豪』ジョージ・S・クレイソン 「収入の10分の1を取っておく」という紀元前からの原則。シンプルだけど、今も最強。
『きみのお金は誰のため』田内学 お金は「選ぶ力」に過ぎない。消費を「未来への投票」と捉える視点が加わると、使い方の基準が変わります。
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