「言語化できない」のは、語彙ではなく思考構造の問題
目次
「うまく言葉にできない」のは、語彙が足りないからだと思っていませんか。
会議で意見を求められて、頭の中には何かあるはずなのに、口が止まる。
そういうとき、私たちはつい「もっと本を読めば」「もっと表現を覚えれば」と考えます。
でも、語彙を増やしても、たぶん解決しません。
問題は、頭の中の構造のほうにあります。
「考えていない」のではなく「言葉になっていない」
ここが、まず最初に押さえたいところです。
電通でコピーライターをしていた荒木俊哉さんは、私たちが普段「考えている」と感じている内容のほとんどが、実は「明確な言葉」になっていないと指摘しています。
頭の中にあるのは、ぼんやりとしたイメージや、感覚や、なんとなくの気分。
それを荒木さんは「モヤモヤ」と呼びます。
モヤモヤは、輪郭がありません。色も決まっていません。だから、いざ口に出そうとした瞬間、何を出せばいいのか自分でもわからなくなる。
これは、語彙力の話ではないんです。
「赤」という単語を知っていても、目の前にある色が赤なのか赤紫なのか自分で見分けがついていなければ、答えようがありません。
言語化できない人は、語彙のリストが足りないのではなく、頭の中の「色」を分ける作業を飛ばしているだけです。
荒木さんはこの「ぼんやりイメージ→明確な言葉」への変換度合いを、「言葉の解像度」と呼んでいます。
つまり、私たちが鍛えるべきは表現の数ではなく、自分の頭の中を見るときのピント合わせなんです。
「思考=自問自答」と捉え直す
ここから、もう一段踏み込みます。
『こうやって頭のなかを言語化する。』を書いたキャリアコンサルタント・山口拓朗さんは、思考そのものを「自問自答」と定義し直しています。
考えるとは、頭の中にもう一人の自分を立てて、その人にインタビューをすること。
「思考量=自問自答する量」「思考の質=自問自答の質」と山口さんは言い切ります。
これは、けっこう過激な定義です。
私たちは普段、ぐるぐる悩んでいる時間を「考えている時間」だと思っています。でも山口さんから見ると、それは思考ではなく、ただモヤモヤを反復している状態です。
問いがなければ、答えも出てこない。答えが出てこないから、言葉にもならない。
ここが、言語化できない人がハマっている構造の正体です。
そして、もう一つ重要な点があります。
頭の中だけで自問自答していると、同じ場所をぐるぐる回りやすい。山口さんも荒木さんも、書き出すこと、つまり「外化」を強くすすめています。
書くと、思考が紙の上に固定されます。固定されると、距離を取って眺められる。眺められると、次の問いを足せる。
頭の中で考えるより、書きながら考えるほうが、構造的に深まりやすいんです。
「言葉にできる人」は、頭の良さで言葉を出しているのではなく、自分との対話を外に出して回しているだけ、と考えると気が楽になります。
正直に言うと、私もこの違いを長く誤解していました。
頭の中でいくら反芻しても、出てくる言葉はだいたい昨日と同じです。書き出して、その紙に対してもう一度問いを返してみると、急に違う角度が生まれる。
つまり、思考の深さは「滞在時間」ではなく「往復回数」で決まります。
頭の中だけで考える人は、一往復で終わる。書く人は、何往復もできる。ここが、言葉になる人とならない人の差です。
「分ける」と「行き来する」で解像度は上がる
3冊目、コピーライターの三浦崇宏さんは、別の角度から同じ構造を説明しています。
三浦さんが提案するのは「言葉の因数分解」というやり方です。
「仕事がうまくいかない」という言葉。これを口にした瞬間、思考は停止します。なぜなら、この一語が、不満も、不安も、評価への怒りも、自分の能力への疑いも、全部ひとまとめに包んでしまうからです。
ここで三浦さんは、「何が?」「誰に対して?」「なぜ?」と問い直すことで、塊を細かく割っていくことを推奨します。
すると、「仕事がうまくいかない」が、たとえば次のように分かれます。
- 上司から評価されていない気がする
- 評価軸が自分の得意分野と合っていない
- でも自分の得意分野を上司に説明できていない
ここまで割れて、初めて「課題」として扱える形になります。
ここで効いているのは、語彙ではなく、思考の構造です。
ひとつの大きな塊を、複数の小さな粒に分ける。粒に分けるから、ひとつひとつに言葉がつく。
山口さんはこれを「具体と抽象を行き来する思考」と表現します。
具体的な出来事(できごと)と、それに対する自分の感情(感じたこと)を切り離して書き出す。書き出した粒を眺めて、共通点をくくり、抽象的な結論にまとめる。
具体→抽象→具体→抽象の往復が起きるとき、言葉は自然と精度を上げていきます。
逆に言うと、「うまく言えない」と感じる場面の多くは、この往復が一回も起きていない状態なんです。
たとえば、誰かに「最近どう?」と聞かれて「まあぼちぼちです」としか答えられないとき。
それは答えるのが面倒なのではなくて、まだ「ぼちぼち」を分けていないだけです。仕事のこと、家庭のこと、健康のこと。粒に割って、それぞれに「で、自分はどう感じているか」を当てれば、ぼちぼちは3つくらいの別々の文に変わります。
語彙を増やす前に、自分の中の塊を割る。これが順番として正しいんです。
「のはなぜか?」と「それってどういうこと?」
ここまでの構造を、明日の自分の行動に落としてみます。
3冊に共通して登場するのは、たった2つの問いです。
山口さんの問い:「のはなぜか?」 出来事と感情をメモしたあと、その文末に「のはなぜか?」を足すだけ。「会議で発言できなかった、のはなぜか?」「あの提案に違和感を覚えた、のはなぜか?」と問いの形に変える。
荒木さんの問い:「それってどういうこと?」 ひとつ書いた言葉に、もう一段「それってどういうこと?」と重ねる。これを荒木さんは「芋づる式言語化」と呼びます。
この2つは、性格が違います。
「のはなぜか?」は、原因や動機を掘り下げる縦の問い。
「それってどういうこと?」は、抽象的な言葉を具体に降ろす横の問い。
縦に掘り、横に開く。この2軸が回り始めると、頭の中の構造が見えるようになります。
ここで、よくある誤解を一つだけ書いておきます。
誤解:紙に書いても、たいして変わらないのではないか
→ 頭の中で同じ問いを立てても、思考は固定されません。書くと、次の問いを足せる土台ができます。だから紙の有無は、技術ではなく、構造の問題なんです。
正しいアプローチ:1日3分、ノートに「問い1つ+答え3〜5行」だけ書く
→ 量は要りません。山口さんも、1日3分の継続で「言語化体質」が身につくと書いています。続けるうちに、頭の中で自然と「のはなぜか?」が走るようになります。
会議で発言する前に、ノートに3分だけ「何を不安に思っているか、のはなぜか?」と書いてみる。
これだけで、会議に持ち込む言葉の解像度が変わります。
もう一つ、私が役に立つと感じている小さな習慣を書いておきます。
それは、雑談の最中に「あ、今うまく言えなかった」と感じた瞬間を、スマホのメモに一行だけ残しておくことです。中身は書かなくていい。「うまく言えなかった」とだけ書く。
夜にそれを開いて、「のはなぜか?」を足してみる。すると、自分がどんな種類の話で詰まりやすいかが、だんだん見えてきます。
ただ、ここで一つ注意点があります。
言語化は万能ではありません。書き出しても、いきなり全部が見えるわけではないですし、感情の整理が必要な場面では、書く前にまず休むことも大事です。
すべての職場やすべての悩みに当てはまるわけではない。それでも、構造として知っておく価値はあります。
おわりに
「うまく言葉にできない」と感じたとき、私たちはつい自分の表現力を疑います。
でも、本当に足りないのは語彙ではなく、頭の中を分けて、問い直して、外に出すというプロセスでした。
言語化とは、思考の構造化作業です。
そして、この作業は才能ではなく、手順です。手順なら、誰でも今日から始められます。
この記事で参考にした本
『言語化力 言葉にできれば人生は変わる』三浦崇宏 → 「言葉の因数分解」というフレームで、大きな塊を分けていく思考のやり方を学べる一冊。
『こうやって頭のなかを言語化する。』山口拓朗 → 「思考=自問自答」という定義と、1日3分の「言語化ノート術」を提唱。内省の構造を作る本。
『瞬時に「言語化できる人」が、うまくいく。』荒木俊哉 → 「言葉の解像度」「芋づる式言語化思考法」など、頭の中のモヤモヤを言葉に変換する手順を体系化した本。
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