英語で話しかけられると頭が真っ白になる「0.2秒」の壁
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道で英語の質問をされて、何も言えなかった。ところが家に帰って紙に書き出すと、返すべき英文はちゃんと作れる。
中学と高校で6年、英語を勉強してきた人には、覚えのある場面ではないでしょうか。
知識がないなら、紙の上でも書けないはずです。書けるのに言えないなら、足りないのは単語や文法とは別のものです。
手がかりは、会話そのものの速さにあります。人が会話で相手の質問に答えるとき、相手が話し終えてから自分が話し始めるまでの間は、平均するとおよそ0.2秒しかありません。
会話の「間」は、言葉を組み立てる時間より短い
2009年、タニヤ・スタイバース氏やスティーヴン・レヴィンソン氏らの国際チームが、10の言語で日常会話を比べた研究を発表しました。
対象は、英語、日本語、デンマーク語のような大きな言語から、パプアニューギニアの少数言語まで。ふだんの打ち解けた会話をビデオで記録し、「はい」か「いいえ」で済む質問と、その返事の間を測りました。
結果は、どの言語でも似ていました。返事の開始は相手の質問の終わりから平均で約0.2秒後(208ミリ秒)で、最も多かったのは「0秒」、つまり間を空けずに答える返事です。
言語ごとの平均で最も遅かったのはデンマーク語の約0.47秒、最も速かったのは日本語の0.007秒でした。日本語で育った人は、世界でも特に「間」の短い会話に慣れているわけです。
ところが、言葉を口に出すまでにはもっと時間がかかります。レヴィンソン氏らが2015年の論文でまとめたところでは、単語を1つ言うだけでも準備に0.6秒以上、簡単な絵を1文で説明するなら話し始めるまでに約1.5秒かかります。
相手が話し終えてから考え始めたら、0.2秒には間に合いません。
実際に、人は相手の話の途中から返事の準備を始めています。オランダのマックス・プランク心理言語学研究所のサラ・ボーヘルス氏らは2015年、オランダ語を母語とする24人にクイズを出し、回答中の脳波を測りました。
たとえば「007とも呼ばれる、有名な映画に出てくる登場人物は?」のように、正解を決める情報が質問の前半に出てくる形と、後半に出てくる形を比べています。
発話の準備を示す脳波は、決め手の情報を聞いてから約0.5秒で現れました。質問の途中でも、です。口を開くまでの時間も、情報が前半に来る質問では平均0.64秒、後半に来る質問では0.95秒と差が出ています。
会話は「聞き終えてから考える」作業ではありません。聞きながら、同時に返事を組み立てる作業です。筆記テストに強いのに会話で詰まる人は、この「同時に」の部分でつまずいている可能性があります。
外国語では、聞き取るだけで頭の余力を使ってしまう
母語なら、相手の話を聞きながら返事を用意できます。外国語では、その準備がなかなか始まりません。理由は、聞き取りそのものが重いからです。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのジュリア・ボルギーニ氏とヴァレリー・ハザン氏は2018年、英語を母語とする23人と、英語を第二言語とするイタリア語話者27人に英文を聞いてもらいました。
雑音の量を調整して、2つのグループで聞き取れる割合をそろえたうえで、頭の負荷の目安になる瞳孔の広がりを比べると、第二言語のグループのほうが一貫して大きくなりました。同じだけ聞き取れていても、外国語では頭の使い方が重いのです。
この負荷が、話の先読みを遅らせます。オックスフォード大学の伊藤愛音さんらは2018年、英文を聞きながら、次に出てくる物を目で先回りして見るかどうかを視線で調べました。
たとえば「女性がスカーフをたたむ」という文なら、「たたむ」と聞いた時点でスカーフの絵に目が向くかを見ます。聞き手の半数には、単語を5つ覚えておく作業を同時に課しました。
英語を母語とする参加者では、覚える作業のある人は、ない人より先読みの始まりが約0.8秒遅れました。英語を第二言語とする参加者でも、同じパターンが出ています。先読みは、頭の余力を使う作業だったわけです。
知識があっても、先読みに使えるとは限りません。研究者のサナコ・ミツギさんとブライアン・マクウィニー氏は2016年、日本語を学ぶ人と日本語母語話者に日本語の文を聞かせました。
母語話者は「〜が」「〜に」といった助詞を手がかりに、まだ聞いていない語を目で先回りしました。学習者には、その先読みが見られませんでした。伊藤さんらの論文の紹介によれば、この学習者たちは、聞きながら答える形式ではない文法テストでは助詞をよく理解していたそうです。
知っている文法が、聞きながらの先読みには使われていなかった。立場を入れ替えれば、英語を学んできた私たちにもそのまま当てはまる構図です。
3つの研究を合わせると、こんな流れが見えてきます。外国語では聞き取りで余力を使い、先読みが遅れ、返事の組み立ては相手が話し終えてからようやく始まる。0.2秒で回る会話の中で、自分だけがゼロから文を組み立てることになります。
頭が真っ白になるのは、英文の材料がないからとは限りません。材料を組み立て始める余力と時間がなかった、という可能性があります。
沈黙は、相手に「返事」として届いてしまう
準備が遅れると、間が空きます。この間は、ただの空白として扱われません。
パデュー大学のフェリシア・ロバーツ氏らは2011年、アメリカ、イタリア、日本の大学生222人に、友人同士の電話の録音を聞いてもらいました。頼みごとには「いいよ」、意見には「そうだね」と返すまでの間を、0秒、0.6秒、1.2秒の3通りに加工しています。
返事の言葉は同じです。それでも3つの国のどのグループでも、間が長いほど「本当は乗り気ではない」と受け取られました。
会話の中では、間そのものが意味を持ちます。話しかけられて黙った数秒間、相手は「通じていないのかな」「迷惑だったかな」と読み取り始めているかもしれません。
ここで、よく似た2つの「間」を分けておきます。
スピーチライターの千葉佳織さんは『話し方の戦略』で、句点のあとに約2秒の間を取るよう勧めています。1対1の対話でも1〜2秒です。「えー」「あのー」のような言葉は、話し言葉の大敵だとしています。
これは、自分が話している途中の間です。話す権利を持っている人が取る間なので、聞き手は「次の言葉を待つ時間」として受け取ります。
相手に質問されたあとの間は、事情が違います。まだ自分が話し始めていないので、黙っているあいだは「返事をしていない」状態が続きます。
外国語で必要なのは、この「返事前の沈黙」を「話し始めた後の間」に変えることです。一言でも口を開けば、そこから先の間は自分の持ち時間になります。
考える時間を稼ぐ言葉は、練習で身につく
とっさの一言を出す力は、教えれば伸びることを示した研究があります。
応用言語学者のゾルタン・ドルニェイ氏は1995年、ハンガリーの中等学校で英語を学ぶ生徒109人を対象に、会話で困ったときの切り抜け方を教える実験を報告しました。
教えたのは3つです。答えにくい話題を別の話題にずらすこと。知らない単語を別の言い方で説明すること。そして「well」「now let me see」のような、間を埋めて考える時間を稼ぐ言葉を使うことです。
指導は6週間、週3回、1回20〜40分ほど。つなぎの言葉を集めて会話文に差し込み、発言をわざと引き延ばす練習もしました。
結果、指導を受けた生徒は、つなぎの言葉を使う回数が増えました。指導を受けなかった生徒と比べても、その差は指導の効果と言える大きさでした。言い換えの質も上がっています。
ただし、話す速さの伸びは、何も指導を受けなかった生徒と比べて統計的な差が出ませんでした。ドルニェイ氏自身、6週間という短さと人数の少なさを理由に挙げています。
つまり、時間を稼ぐ言葉は教えれば身につく。でも、それだけで流暢になるわけではない。会話の最初の1秒を埋める道具として使うのが、この研究から言える範囲です。
千葉さんが大敵とする「えー」と、ここでの「Let me see.」は、形は似ていても役割が違うと私は考えています。千葉さんによれば、スピーチの途中の「えー」は文を冗長にし、考えがまとまっていない印象を与えます。一方、質問を受けた直後の「Let me see.」は、「受け取りました、いま考えています」という返事として働きます。
最初の一言を、先に決めておく
誤解:頭が真っ白になるのは、英語力が足りないから → 単語帳をもう1冊やっても、紙の上で答えられる力が増えるだけかもしれません。詰まっているのは、知識を取り出すまでの時間のほうです。
正しいアプローチ:返事の最初の1秒を、考えずに言える状態にしておく → 中身を組み立てる時間は、最初の一言で作れます。
1つ目は、時間を稼ぐ一言を3つ決めて、口が勝手に言えるまで練習することです。たとえば「Let me see.」「Good question.」「Sorry, one more time?」。今日の通勤中に5分、声に出して繰り返すだけで始められます。
2つ目は、聞き返しを「失敗」ではなく手順として扱うことです。聞き取りで余力を使い切ったまま答えを探すより、「Sorry, could you say that again?」でもう一度聞けば、2回目は内容を知ったうえで聞けるぶん、先読みに頭を回しやすくなるはずです。
3つ目は、話しかけられやすい場面の質問を、先に想定しておくことです。たとえば駅の近くで観光客に話しかけられたら、質問はほぼ道か乗り換えです。「Where is 〜?」と聞かれたときの最初の一文を決めておけば、聞いている途中から返事を組み立て始められます。
ボーヘルス氏らの実験で、決め手の情報が早く来た質問ほど速く答えられたのと同じことを、自分で起こす工夫だと私は考えています。
おわりに
6年間の勉強は、無駄ではありませんでした。紙の上で英文が書けるのは、材料がそろっている証拠です。
足りなかったのは、0.2秒で回る会話の中で、その材料を組み立てる時間でした。その時間は、最初の一言で作れます。
次に英語で話しかけられたら、答えを探す前に、まず「Let me see.」と言ってみてください。
この記事で参考にした本
『話し方の戦略』千葉佳織さん → 句点のあとに間を取る技術と、「えー」「あのー」を話し言葉の大敵とする考え方。自分の話の途中の間と、返事の前の沈黙を分けて考えるきっかけになりました
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