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『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』森岡毅さん|アイデアの神様の正体は「確率」だった

マーケティング・営業

待ち時間、9時間40分。

2013年3月、USJのあるアトラクションが日本記録を更新しました。新しく建てたわけではありません。前からあるジェットコースターの車両を、後ろ向きに走らせただけ。

なぜそんな発想が出てきたのか。本書の答えは意外なほど突き放しています。アイデアは天才のひらめきではない。論理的な発想法と、圧倒的な執念から生まれる、と。

著者は森岡毅さん。低迷していたUSJをV字回復に導いた、当時のチーフ・マーケティング・オフィサーです。本書はその激動の記録であり、凡人でも使える「アイデアの生み出し方」の教科書でもあります。

こんな人におすすめ

本書が特に効くのは、こんな状況にいる人です。

逆に、華やかな成功譚だけを期待すると面食らうかもしれません。中身は徹底して泥臭い、考え抜く技術の本です。

アイデアは「確率」で生み出せる

本書の核心は、この一文に集約されます。

「良いアイデアを思いつくのか思いつかないのも確率。つまり、良いアイデアを生み出す方法とは、良いアイデアを思いつく確率を上げる方法です。」

著者は自分を、右脳型のクリエイティブな人間ではないと断言します。直感ではなく、論理と数字で考えるタイプ。それでも後ろ向きコースターのような企画を連発できたのは、確率を上げる仕組みを持っていたからでした。

その仕組みが、本書後半で明かされる「イノベーション・フレームワーク」です。

この本の強みは、理論が机上の空論ではないこと。700万人台前半まで落ち込んだ年間集客を、2014年度には開業年度を超える1270万人まで引き上げた実績が、すべての主張を裏打ちしています。

沈みかけたパークと「3段ロケット構想」

開業初年度、USJは年間1100万人を集めました。世界のどのテーマパークよりも速いペースでの1000万人突破です。

ところがその後は転落の一途。著者が着任する直前の数年間は、700万人台前半まで低迷していました。資金はなく、新しいアトラクションを建てる余裕もない。

ここで著者が入社直前に描いたのが「3段ロケット構想」でした。

第1段:ファミリー層の取り込み 長年の弱点だった子供連れの家族を新エリアで獲得し、キャッシュフローを改善する。

第2段:集客構造の脱却 ハリー・ポッターのような圧倒的コンテンツを導入し、関西依存から全国・アジアへ市場を広げる。

第3段:多拠点展開 蓄積したノウハウを複数の場所に展開し、会社をさらに飛躍させる。

目の前の収益改善で資金を作り、それを原資に大きなリスクを取る。本書の物語は、このロケットを一段ずつ点火していく過程として進みます。

最大の敵は「方向性を間違えたこだわり」

着任した著者が最初に直面したのは、社内にはびこる職人気質でした。

象徴的なのが海賊船の話です。「ピーターパンのネバーランド」に登場する海賊船に、職人たちはお金と時間をかけて超ハイレベルなエイジング塗装を施しました。経年劣化をリアルに見せる、高度な汚し塗装です。

ゲストの反応は「ボロボロで古くて汚い」。不評でした。

「技術のための技術や、品質のための品質は、価値がないと私は考えています。人の役に立つための技術であり品質のはずだからです。」

技術や品質は、消費者価値の向上のためにある。目的からズレたこだわりは、新しい発想の芽を摘む「最大の敵」になる。本書の出発点はここです。

映画の専門店から、エンタメのセレクトショップへ

こだわりの打破は、ブランドの定義そのものに及びます。

USJは「映画だけのテーマパーク」に固執していました。でも、人がエンターテイメントを楽しむとき、映画コンテンツに触れている確率は約1割。映画だけでは、巨大なパークを支える集客は見込めません。

そこで著者は全従業員の前で宣言します。映画の専門店をやめ、「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」になる、と。

面白いのは、ディズニーとの差別化を捨てた点です。東京と大阪は市場が分断されているから、ニッチ戦略で住み分ける必要はない。差別化自体を目的にせず、堂々と王道を取りに行く。

ターゲットの見直しでも、固定観念を壊します。「大人向けのパーク」というこだわりの裏で、データはファミリー層の圧倒的な取りこぼしを示していました。来場者に占めるファミリーの割合が、ファミリー向け施設の割合に比べて半分程度しかなかったんです。

3歳から6歳の子供がいる家族を平均値に持っていくだけで、総集客を1割以上、うまくいけば2割程度も底上げできる。この分析から、約3万平方メートルに28施設を備えた「ユニバーサル・ワンダーランド」が生まれ、第1段ロケットに火が点きました。

金がなくても、感動は作れる

本書で一番痛快なのは、予算ゼロの戦いです。

2011年の10周年。設備投資の予算は全くないのに、集客目標は対前年プラス8%。著者のチームは「ハッピー・サプライズ!」を合言葉に、アイデアだけで驚きを量産します。

プロのパフォーマーが突然演奏を始める「フラッシュ・バンド・ビート」。パーク中に仕掛けたトリックアート。ひっそり開催されていたワンピースのショーを見つけ出し、TVCMを打って大ヒットに変える。原作コミックは当時通算2億冊、火が点かないわけがありません。

極めつけはハロウィーンです。夜のパークに大量のゾンビを放つ「ハロウィーン・ホラー・ナイト」は、かかるのはほぼ人件費だけ。それで初日に想定の3倍となる6万人が殺到し、シーズン全体で40万人以上を追加集客しました。

「必ずしも金をかけなくても、アイデアで感動は作り出せる!」

高さ36メートル、LED33万個の「世界一の光のツリー」も投入し、10周年は目標の倍となる大幅な2桁成長で着地。2012年度には975万人と、1000万人に迫るところまで回復します。

東日本大震災の自粛ムードで集客が激減したときも、知恵で潮目を変えました。橋下徹大阪府知事(当時)を発信者に、関西の子供を無料招待する「キッズフリー・パス」。地獄のような集客トレンドが嘘のように、家族連れが戻ってきました。

後ろ向きコースターは、夢の中から来た

そして表題のアトラクションです。

2013年度、USJには二重の逆風が予測されていました。東京ディズニーリゾートの30周年で5〜10%減、翌年のハリー・ポッター開業を待つ「行き控え」で約5%減。合計マイナス15%です。

これをプラス20%の集客増で跳ね返す目標を立てたのに、使える設備投資の資金は約20億円弱。新築は不可能。だから著者は、既存資産を生まれ変わらせる「リノベーション」に賭けました。

来る日も来る日も考え続け、疲れ果てていた夜中、夢を見ます。ハリウッド・ドリーム・ザ・ライドの映像が逆再生され、コースターが後ろ向きに走り抜けていく夢です。

このアイデアに、技術陣は猛反対しました。「安全第一だから絶対無理」「許認可が取れない」。著者は引きません。挑戦する前に諦めるな、どうしたらやれるかを一緒に考えてくれ、と説得を重ねます。

CEOのグレン・ガンペルが「天才的だ」と即座に支持したことも追い風になり、「バックドロップ」は実現。冒頭の9時間40分という日本記録は、僅かな車両開発費から生まれました。

夢のお告げと聞くと神がかって見えますが、著者の解釈は逆です。寝ても覚めても考え抜いたから、脳が勝手に答えを探し続けた。アイデアの神様は、確率を上げた人にだけ降りてくるのです。

イノベーション・フレームワーク──確率を上げる4つの柱

その確率の上げ方を体系化したのが、第6章のイノベーション・フレームワークです。柱は4つ。

1. フレームワーク 考える範囲を絞り込む技術です。必ず「目的→戦略→戦術」の順で考える。達成すべき命題を定め、資源を集中する的(アイデアの必要条件)を決めてから、具体案に進む。いきなり「何かいいアイデアない?」から始めない。

問題の本質を探すときは「数学的フレームワーク」を使います。全体を100として、足して100になるようにAとBに分け、仮説と検証を繰り返して原因のありかへ論理的に迫る方法です。

2. リアプライ 世界中から、成功しているアイデアの本質を見つけて応用する技術。スパイダーマンのライドは、米国オーランドで開発中だった4K3D技術をリアプライし、2013年夏に集客と満足度の両方で特大のホームランになりました。

キャラクターやデザインをそのまま真似るパクリとは違い、目に見えない課題解決の切り口を借りるのは合法かつ合理的。何でもゼロから自前で作ろうとする悪癖を捨てよ、と著者は手厳しいです。

3. ストック 文脈にまつわる知識と経験の蓄積です。モンスターハンターをイベント化したとき、著者は自らゲームを400時間プレイし、ファンの感情が動くポイントを体に入れました。その熱意がカプコンの辻本良三プロデューサーを動かし、交渉が成立します。

4. コミットメント 最後は執念です。答えは既に存在し、自分がまだ見つけていないだけ。そう自己暗示をかけ、考えつくまで考え抜く。P&G時代の著者は、競合に追い詰められたシャンプー販売のさなか、釣りの最中に海を漂うクラゲを見て詰め替え用パックの構造をひらめいています。

4つの柱は独立していません。フレームワークで的を絞り、リアプライとストックで弾を集め、コミットメントで撃ち続ける。だから確率が上がる、という構造です。

売上800億の会社が、450億円を賭けた

3段ロケットの第2段が、ハリー・ポッターでした。

「The Wizarding World of Harry Potter」に必要な投資は450億円。当時のUSJの年間売上は約800億円です。売上の半分以上を単一プロジェクトに突っ込む、外から見れば「クレイジー」な決断でした。

でも著者の計算では、これは必然です。人口が減少する日本で、関西のゲストが7割を超える集客構造のままではジリ貧になる。全国とアジアから人を呼べる、圧倒的なコンテンツが不可欠でした。

ハリー・ポッターは、日本国民の9割以上が触れたことのあるブランドです。映画は全8作で延べ7800万人が観て、歴代ベストセラーのトップ10には4冊が入っている。しかも米国で成功済みのため、実行段階の失敗リスクが小さい。

「今バットを振らないのであれば、この会社はこの先も決してバットを振らないだろう。」

そして本書は、アイデアを出して終わりにしません。どんなに優れた戦略も、実行(エクセキューション)の質が低ければビジネスとして実らないからです。

「バイオハザード・ザ・リアル」では、生存確率を限りなくゼロ(0.004%)に設定する大胆な企画を、ゲストの銃のリアクションや赤外線システムの不具合といった泥臭い課題を一つずつ詰めて成立させました。最後の詰めへの執着が、価値を守ります。

結果は周知の通り。2014年度の集客は開業年度を超える1270万人。2015年10月には月間175万人を記録し、推計で東京ディズニーランドを上回って日本一になりました。

万能ではない。でも、持ち帰れるものは多い

正直に書くと、そのまま真似できない部分もあります。

著者は睡眠4時間でも平気で、ゲームを17時間連続でプレイするバイタリティの持ち主。「家族が皆殺しにされると思えば必死に考えられる」という、すさまじい精神論も出てきます。ここは凡人には荷が重い。

それでも、フレームワークとリアプライだけでも持ち帰る価値があります。執念の量は真似できなくても、考える順番は今日から真似できるからです。

明日からの3つのアクション

本書の実践ガイドを仕事に落とすなら、この3つです。

1. アイデアを考える前に、目的と必要条件を書き出す 「何かいい案はないか」と考え始めたら一度止まる。「目的=売上20%増」「戦略=今まで買っていなかった20代女性の認知獲得」のように、達成すべき命題と資源を集中する的を先に紙に書く。

2. 似た課題を解決した事例を、業界の外から探す 必要条件が決まったら、ゼロから考えずに世界中の成功例を探す。ネットで調べ、現場に足を運び、アイデアの構造を借りる。

3. 自社の商品を、自分で客として体験する 著者がモンハンを400時間プレイしたように、対象のサービスを消費者として徹底的に使い、感情が動いた瞬間を記録する。

全部やろうとすると続きません。次の企画ひとつで、1番だけ試すくらいがちょうどいいです。

おわりに

著者のUSJでの通算成績は、34打数33安打。打率9割7分1厘です。

それでも著者は「奇跡」という言葉を嫌います。ここで起こったことは、ただの偶然ではない。確率を上げ続けた結果だ、と。

「お金がなくても、コネがなくても、「アイデア」だけはあなたの頭の中に眠っているのです。」

予算がない、人がいない、時間がない。その制約は、諦める理由ではなく知恵を絞る合図でした。いま抱えている一番苦しい案件こそ、目的と必要条件を書き出すところから始めてみてください。


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『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法』シーナ・アイエンガー 既存の要素の組み合わせから最高の発想を生むという点で、本書の「リアプライ」と響き合います。コロンビア大学ビジネススクールの講義をもとに、発想のプロセスを段階に分解した一冊です。


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