「特に問題ありません」と部下が報告してきたとき、安心していいのでしょうか。
トヨタ元副社長・大野耐一氏は、こう言い切ったそうです。
困らんやつほど、困ったやつはいない。
問題が見えていない人ほど、危ない。トヨタの問題解決は、ここから始まります。
本書『トヨタの問題解決』は、(株)OJTソリューションズさんが、トヨタOBのトレーナーたちの現場経験を体系化した一冊です。プリウスのようなイノベーションも、日々の改善の延長線上にあると著者は言い切ります。私はこの一行を読んで、自分の「問題解決」の解像度の低さを思い知りました。

こんな人におすすめ
この本は、「やってる感」と「成果」のあいだで止まっている人に効きます。
- 同じトラブルが何度も繰り返されて、対症療法ばかり打っている人
- 「気合が足りない」「意識が低い」で原因究明を終わらせがちな人
- データを見ているつもりで、実は印象で判断している人
- 改善活動はしているのに、成果が組織に残らない人
- 営業や事務など、製造現場ではない職種で問題発見に苦戦している人
特に、現場のリーダーや中間管理職には刺さる一冊です。トヨタが培ってきた8つのステップは、トラブル対応の「型」であると同時に、自分とチームを育てる「思考の習慣」でもあるからです。
この本の核心
トヨタにおける「問題」の定義は、たった一行で言い切れます。
「あるべき姿」と「現状」のギャップ。
このシンプルな定義に、本書のすべてが詰まっています。あるべき姿を持っていない人には、現状の不満は見えても「問題」は見えません。基準を知らない営業担当者は、月300万円の売上に満足してしまう。周りが500万円稼いでいる事実を知って初めて、自分のギャップが「問題」として立ち上がります。
ここから本書は、ふたつの強い主張を展開していきます。
ひとつは、問題解決には3つの階層があるということ。発生したトラブルを片付ける「発生型」、自ら高い基準を設定して意図的にギャップをつくる「設定型」、世界情勢から長期ビジョンを引く「ビジョン指向型」。プリウスはこのビジョン指向型から生まれた、と著者は言います。
もうひとつは、問題解決の70%はSTEP1とSTEP2で決まるという指摘です。多くの人は対策を考える時間に労力を使いますが、トヨタはその前段、「問題の明確化」と「現状把握」に最も時間を割きます。ここを飛ばした対策は、ほぼ確実に空振りに終わると本書は警告しています。
本書の全体像
本書は大きく2部構成になっています。
PART1は、問題の定義と3つのタイプの提示です。「あるべき姿」と「現状」のギャップという基本原則を据えて、発生型・設定型・ビジョン指向型の使い分けを示します。
PART2は、トヨタの問題解決8ステップの詳述です。STEP1から順に、ツールと現場のエピソードがセットで解説されていきます。
8ステップの並びはこうです。
STEP1:問題を明確にする STEP2:現状を把握する STEP3:目標を設定する STEP4:真因を考え抜く STEP5:対策計画を立てる STEP6:対策を実施する STEP7:効果を確認する STEP8:成果を定着させる
時系列のプロセスです。ただし、ステップを進めていく途中で「真因の捉え方が違ったかもしれない」「最初の問題の絞り込みが甘かった」と気づいたら、迷わず前のステップに戻る。本書はこの「行ったり来たり」を強く推奨しています。
「問題がない」が最大の問題
本書を貫く最初の問いは、「あなたの職場に、本当に問題はありませんか?」です。
製造現場ならまだいい。不良品やライン停止という形で問題が物理的に立ち上がります。やっかいなのは事務や営業です。書類の山、なんとなく回っている業務、毎月達成される売上ノルマ。表面的には平穏で、誰も困っていないように見える。
トヨタは、この状態こそ最大のリスクだと考えます。問題に気づくためには、まず「あるべき姿」を持つこと。そしてもうひとつ、本書が口酸っぱく繰り返すのが「もっと」という口癖です。
「もっと楽にできないか」 「もっとムダを減らせないか」 「もっと早くできないか」
この問いを習慣化することで、視界の中に問題が現れ始めます。汚れがあるところに問題が潜む。急いでいる人がいる場所には、業務フローの欠陥が眠っている。本書はこうした観察のコツも具体的に紹介しています。
問題発見のための7つの視点も提示されています。①悩みや困りごと、②上位方針との比較、③後工程への迷惑、④基準との比較、⑤標準との比較、⑥過去との比較、⑦他部署との比較。「問題が思いつかない」と感じる人は、まずこの7つで自分の業務を点検すると、確実にいくつか見つかるはずです。
STEP1〜2:問題解決の70%はここで決まる
「対策ありき」は、本書が最も警戒する罠です。
「SNSをマーケに使おう」「DXを進めよう」と先に対策を決めてしまうと、本来解くべき問題が見えなくなる。流行のツールが目的化して、的外れな施策に時間と予算を吸われていく。著者はこれを「本末転倒」とまで言い切っています。
ではどうするか。「やりたいこと」ではなく「やるべきこと」を選ぶこと。そのために必要なのが、データに基づいた問題の絞り込みです。
ここで使われるのが「層別」と「パレート図」です。問題を漠然と眺めるのではなく、4W(何が・どこに・いつ・誰が)の切り口でデータを切り分ける。人別、時間帯別、製品別、場所別。切り分けると、必ずどこかに「バラツキ」が現れます。件数が多い順に並べたとき、上位2〜3項目に集中している。そこが、攻めるべき対象です。
大問題に正面からぶつかると、ほぼ全員が挫折します。だから「小枝から幹へ」攻める。大きな樹の小枝を一本ずつ折っていけば、いずれ幹が見えてくる、というアプローチです。
そして、現場に出る。「三現主義(現地・現物・現実)」は、トヨタを語る上で外せない言葉です。会議室で報告書を読み上げるのではなく、現地に足を運び、現物を手に取り、現実を自分の目で確かめる。OJTソリューションズの大鹿辰己トレーナーが、営業の売上未達という問題を「日報を書いていない担当者がいる」という具体事実まで突き止めた事例が本書にも出てきます。三現主義は、製造業だけの話ではありません。
STEP3〜4:「なぜ」を5回、人ではなく仕組みを責める
目標設定でやりがちな失敗が、「やること」をそのまま目標にしてしまうことです。
「企画提出件数を増やす」「情報収集を頑張る」。これは手段であって目標ではない、と本書は指摘します。目標には「何を」「いつまでに」「どうする」の3要素を、具体的な数値で入れる。「赤字脱却」ではなく「3000万円の黒字」。後者にしか、現場を動かす力はありません。
そして「あるべき姿」をそのまま目標にせず、そこに至るための少し背伸びをした通過点を置く。簡単すぎる目標では知恵が出ない。届かなさそうな目標では諦めが先に立つ。背伸びの加減が、問題解決のセンスを磨きます。
STEP4の真因追究は、本書のハイライトです。「なぜ」を5回繰り返す。それがトヨタの文化だと著者は言います。
例として、「若手営業の成績ダウン」が挙げられています。
なぜ? → 新規顧客を獲得できない なぜ? → 商談に持ち込めない なぜ? → 2回目の訪問ができていない なぜ? → 商品説明がうまくできない なぜ? → 商品知識が不足している
ここまで掘ると、対策は変わります。「2回目の訪問を増やせ」と尻を叩くのではなく、「商品知識の研修を組む」という抜本策にたどり着く。3回目で止めれば的外れな対策、5回まで続ければ真因。この差が、再発の有無を分けます。
「なぜなぜ」とセットで使われるのが特性要因図(フィッシュボーン)です。魚の骨のような図で、課題(特性)と要因の因果関係を整理する。複数の要因を漏れなく洗い出して、そのうちのどれが真因かを絞り込んでいくツールです。
ここで本書は、もうひとつの哲学を打ち出します。
人を責めるな、仕組みを責めろ。
「担当者の意識が低かった」「お客様が悪かった」と原因を人に帰してしまうと、問題は隠蔽され、再発します。人は不都合を隠すし、楽をしようとする。それを前提に、「そうした人間の弱さがあっても回る仕組み」を設計する。これがトヨタの真因追究の流儀です。
STEP5〜7:10の視点で対策を出し、5つの視点で絞る
対策案を1つや2つで満足しない。本書は「10の視点」でアイデアを出すよう促します。
①排除(やめる)、②正反(反対にする)、③拡大と縮小、④結合と分散、⑤集約と分離、⑥付加と削除、⑦順序と入れ替え、⑧共通と差異、⑨充足と代替、⑩平行と直列。
すべて使う必要はありません。手詰まりに感じたとき、この10視点をリストとして手元に置いておくと、思考の引き出しが一段深くなります。
たくさん出した案を、今度は5つの視点で絞り込む。①効果(真因に効くか)、②実現可能性、③コスト・工数、④リスク(安全・コンプライアンス)、⑤自己成長。最後の「自己成長」が入っているのがトヨタらしいところです。問題解決を、自分が育つ機会として捉える。
選ぶ基準は、「自分の責任範囲ですぐ実施できるもの」から。効果が大きそうでも、他部署の協力が大量に必要だったり、予算決議に半年かかったりする案は、後回しにするのが現実的です。
実施の段階では、スピードと「報・連・相」を徹底する。効果確認の段階では、結果だけでなくプロセス(やり方)も振り返る。目標を達成できなかったときは、真因の捉え方が違っていた可能性を疑い、STEP4に戻る。それでもうまくいかなければSTEP1や2まで戻る。
このループの徹底こそが、対症療法と真の問題解決を分ける線引きです。
STEP8:歯止めと横展、成功を組織の資産にする
問題解決は、効果が出たら終わりではありません。本書はSTEP8に、独立した章を割いています。
成功した対策が、たった一人の名人芸で終わったら意味がない。「いつ、誰がやっても、同じ結果が出る」状態にする。これをトヨタは「歯止め」と呼びます。標準化と管理の定着、この2つが歯止めの中身です。
手順書をつくる。チェックリストをつくる。誰でも再現できる形に落とす。地味な作業ですが、これをやらないと、担当者が異動した瞬間に元の状態に戻ってしまいます。
そして「横展(よこてん)」。横展開の略語です。あるラインで成功した対策を、似た条件の他ラインや他部署に展開する。一つの改善を、組織全体の底上げに変える仕組みです。
著者は本書の中で、こう書いています。
1つの改善の成功は、新たな改善のスタートでもあります。
歯止めをかけて、横展する。そこから次の「あるべき姿」が見えてきて、また新しいギャップ(問題)が立ち上がる。トヨタの強さは、この終わらないループを組織の文化として埋め込んでいるところにあります。
ビジョン指向型がイノベーションを生む
本書のもうひとつの読みどころが、ビジョン指向型問題解決の章です。
発生型はマイナスをゼロに戻す問題解決。設定型はゼロを意図的にプラスに引き上げる問題解決。そしてビジョン指向型は、中長期の世界情勢から「あるべき姿」を引いてくる問題解決です。
プリウスはこのビジョン指向型から生まれた、と本書は紹介しています。「環境問題が深刻化する未来で、自動車メーカーは何を提供すべきか」。この問いから逆算して、現状とのギャップ(問題)を意図的に設定した。だからこそ、誰もやっていなかった量産ハイブリッドという答えにたどり着けた。
ビジョン指向型で重要なのは、経営者の「何をしたいか」という強い意思です。曖昧なスローガンではなく、「背景」と「数字」を伴った明確なビジョン。OJTソリューションズの加藤由昭トレーナーが、慢性赤字の工場長に「あなたは何をしたいのか」と問い詰めて意思を引き出した事例も紹介されています。
日々の発生型問題解決の積み重ねが、設定型を経て、やがてビジョン指向型へとつながる。改善とイノベーションは、別物ではなく地続き。これが本書の最も独創的な視点だと私は思います。
実践アクション
本書を読んで明日から変えられることは、以下の4つに絞れます。
1. 「もっと」を口癖にする 今日の業務のどこか1つに対して、「もっと早くできないか」「もっとムダを削れないか」と問いをかける。1日1問でいい。
2. 数字で目標を立て直す 今、自分が抱えている目標を見直して、「何を・いつまでに・どうする」を数値で書き直す。「頑張る」「効率化する」が混ざっていないか点検する。
3. 「なぜ」を3回ではなく5回続ける ミスやトラブルの原因究明で、「不注意でした」「気をつけます」で終わらせない。なぜそれが起きたのか、仕組みのどこに穴があったのか、5回掘る。
4. 成功した対策を1枚の手順書にする うまくいった改善があったら、その日のうちに手順書化する。次の担当者が同じ結果を出せる形にする。横展できる相手がいないか、5分だけ考える。
どれもシンプルですが、毎日続けると、3か月で景色が変わります。
おわりに
本書を読み終えて私の中に残ったのは、「問題解決は技術であり、文化である」という感覚です。
8ステップは技術。ツールも具体的で、明日から使えます。ただ、それを支えているのは「困らんやつほど、困ったやつはいない」「人ではなく仕組みを責める」「百行は一果にしかず」といった、現場が積み上げてきた哲学です。技術と文化の両輪があるから、トヨタの問題解決は属人化しないし、再生産される。
この本は、トヨタを真似るための本ではありません。自分の職場と自分の仕事を、一段深く見るための本です。
「特に問題ありません」と言いそうになったとき、もう一度立ち止まる。
その小さな止まり方が、3年後の自分とチームの強さを変えていきます。
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