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『あえて数字からおりる働き方』尾原和啓|フォロワーを増やすほど、代わりがきく人になる

キャリア・働き方 尾原和啓
約7分で読めます

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『あえて数字からおりる働き方』
目次

毎朝1時間かけてニュースに目を通し、気になった記事を20人に個別のメールで送る。返信が来るのは、だいたい3通。

この習慣を大学生のころから何十年も続けているのが、本書の著者、尾原和啓さんです。17通は無視されても構わない。3通返ってくれば、それで大成功だと言い切ります。

一見、割に合わない話に聞こえます。でも読み進めると、この非効率さこそが尾原さんの働き方を支えているとわかってきます。

尾原さんはこれまでに13回の転職を経験し、44歳のときに拠点をバリ島とシンガポールへ移して日本を出ました。会社の看板を自分から外した人が、看板なしで立つ方法を書いた一冊です。

SNSの反応数で気分が上下しやすい人や、転職や独立の決断をここ数年ずっと先延ばしにしている人には、とくに響く内容だと思います。

図解

数字が測れるのは「役に立つ」までだ

タイトルだけを見ると、売上や成果を無視しろという精神論を想像するかもしれません。実際に読むと、そういう話ではありませんでした。

本書がおりようと呼びかけているのは、売上や貯金額、フォロワー数、偏差値のように、他人が用意した物差しをそのまま目的にしてしまう姿勢です。これらの数値はどれも管理する側にとって扱いやすい形をしていて、追いかけるほど気持ちよくなるように設計されている。

尾原さんはこの状態を「数字のオバケ」と呼びます。

本書が挙げる無意味な数字の例も痛快です。名刺交換の場で集めただけの、社長の肩書がついた名刺の束。世間を騒がせた老後資金の目安額。どちらも、それ自体では何も保証しない数字だと切って捨てます。

ここで対比されるのが「役に立つ」と「意味がある」という二つの言葉です。前者はスペックの勝負で、後者は代わりがきくかどうかの勝負だと著者は整理します。

「他の誰かではなく、あなたに仕事を頼みたい」という、誰かにとって意味がある存在になることです。(尾原和啓『あえて数字からおりる働き方』)

コーヒーを飲むだけならコンビニの100円コーヒーで十分です。それでも人は500円払って行きつけの店に足を運ぶ。内装や店主のこだわりという、そこにしかないものにお金を払っているからです。

安打数という記録だけでイチロー選手が愛されてきたわけではない、という例えも印象的でした。プレーに向き合う姿勢そのものが、見る人への贈り物になっていた。

記録で一番になることと、誰かにとって代わりのきかない存在になることは、まったく別の競技だという話です。

機能で勝負するものは、いずれ必ず追いつかれます。肩書やフォロワー数がもたらす「錯覚資産」にも本書は触れていて、実力以上に自分を大きく見せてくれる分、チャンスは増える。ただし信頼の裏付けがなければ、その資産はすぐに底が割れてしまうという留保つきです。

だからといって、フォロワー数がすべて無意味というわけでもありません。たとえばタレントのゆうこすさんは、投稿のたびに想定する読者の年齢や好みを具体的に決め、反応した層を確認してから次の投稿に反映するというサイクルを積み重ねてきたそうです。

同じ十万人のフォロワーでも、この積み重ねの有無で中身は別物になる、というのが著者の見立てです。数字だけを追いかける生き方は、気づかないうちに自分を「代わりのきく人材」へ近づけていく。この逆説が、本書の一番の起点になっています。

なお、この「役に立つ」から「意味がある」への価値の転換は、評論家の山口周氏が提示した議論を下敷きにしています。尾原さん自身、理論の多くは他の書き手からの借り物だと認めていて、独自の学説を打ち立てる本ではありません。

オリジナリティより、既存の議論を毎日の行動に翻訳する力に価値を置いた本だと捉えたほうが、期待値がずれずに済みそうです。

ギブは、相手の視点を自分に取り込む作業

数字から降りたあと、代わりに何を積み上げればいいのか。本書がもっとも紙幅を割くのが「ギブ」です。

著者はギブを二つに分けます。すでに持っている知識や技術をそのまま差し出す方法と、相手の状況を読み取って外部の情報やモノを届ける方法。尾原さんが薦めるのは後者で、理由が意外でした。相手のためというより、自分のためだと言うのです。

たとえば贈り物を選ぶ場面を思い浮かべてください。ふだんは素通りする店に立ち寄り、相手の部屋や好みを想像しながら品定めをする。そのあいだだけ、頭の中身が相手のものに入れ替わっている。冒頭で触れた毎朝20通のメールも、20人分の関心事を自分の頭にコピーする作業だったというわけです。

著者のアシスタントが研究としてまとめた「ギブの3段階」も紹介されています。相手から情報を引き出す段階、それを自分の中で広げる段階、そして形にして表現する段階。

ギブは一発の思いつきではなく、この三段階を経て育つものだという整理でした。情報を集めるときの姿勢にも一貫性があって、あとで誰かに説明するつもりで話を聞く。

アウトプットを前提にするだけで、同じ話でも耳の傾け方が変わってくるという指摘です。

情報を抱え込むより先に渡してしまったほうが得だ、という発想もこの延長線上にあります。検索すれば誰でも手に入る時代に、情報を持っているだけの価値はほとんどありません。

先に渡した相手からの反応が戻ってくることで、結果として自分の視野のほうが広がっていく。人に頼みごとをする行為さえ、相手の強みへの敬意がこもっていれば一種のギブになるという指摘も、同じ発想の延長にありました。

正直、毎朝20通は誰にでも真似できる数字ではありません。それでも、まず週に1通から始めてみる分には、ハードルはそれほど高くないはずです。

疑わないほうが速く回る、という割り切り

もう一つ、本書らしい主張が「ハイパー性善説」です。Googleでは、人を疑うこと自体が無駄なコストだと考えられている、と著者は紹介します。国籍や価値観がばらばらな人が集まる職場で、一人ひとりを疑ってかかっていては仕事が回らない。

変化の速い時代はスピードが何より優先されるため、人を疑うという行為自体が身動きを鈍らせる足かせになる、と著者は言い切ります。

この信頼が積み上がると、細かい説明や調整を挟まずSNSのメッセージ一本で仕事を依頼し合う「ノールックパス」が生まれます。パスが回り始めると、思いがけない仕事が次々に舞い込む状態になると本書は表現します。

気に入った出品者から繰り返し買うフリマアプリの一部ユーザーが、この動きの身近な例として紹介されていました。

ただし著者は、ここに条件も添えています。ノールックパスが成立するのは、何かを一緒に実現しようという目的を共有できている相手とのあいだだけで、誰にでも通用する万能ルールではありません。

日本の組織にそのまま持ち込めるかどうかも、慎重に見たほうがよさそうです。信頼を先に渡すという発想自体は魅力的ですが、相手を選ばずに実践すると、単なる無防備に変わりかねない。

この線引きが明記されている点は、実践する側として安心材料になります。

会社を辞める前に、依存先を増やす

本書が最後に置く結論は、意外と穏やかです。組織から自立するとは、依存をなくすことではありません。

なにか一つに依存してしまっている状態から自立するためには、「依存しない」のではなく、「複数に依存先を増やす」こと。(尾原和啓『あえて数字からおりる働き方』)

会社という単一の指標に自分を委ねてしまうと、評価される軸までそこに固定されます。だから最初にやるべきは退職届を書くことではなく、物差しを増やすことだと著者は言います。

順番も具体的です。まず生活を支える仕事を一通りやり切って周囲の信頼を得る。その信頼が生んだ裁量で、収入にならなくても没頭できる活動を社外に増やしていく。

ライスワークとライフワークを無理に一致させない設計です。無菌室を先に増やしすぎると、本業への集中が薄まるという逆のリスクも当然あります。著者が「まずライスワークをやり切ってから」という順番を崩さずに書いている点は、この本が単なる「好きなことをやれ」という話ではないことを示しています。

「無菌室」という考え方も紹介されています。いいねの数も収益化も関係なく、好きなことだけに集中できる居場所のこと。著者の知人は、周囲に言えない趣味を語るためだけに匿名アカウントを作り、そこから育児や仕事の悩みまで相談し合える関係を築いたそうです。

会社を辞める辞めないの二択で悩むより先に、こうした居場所を一つ増やすほうが、案外早く楽になります。

今日からできること

本書が挙げる実践アクションから、始めやすいものを三つ選びました。

一つ目は、仕事に自分だけのこだわりを一つ足すこと。資料の留め方を完璧に揃える、常連客に一言添えるといった、マニュアルにない工夫です。難易度は「少し不安を覚えるくらい」に設定するのがコツだと著者は言います。

二つ目は、朝いちばんに読んだ記事を誰か一人に送ること。「これはあの人に役立ちそうだ」と思う相手を選び、一言添えて渡す。返事が来なくても、それで構いません。

三つ目は、匿名のアカウントで好きなことだけを語ること。リアルの知り合いに知られない場所を作り、いいねも収益も気にせず偏愛を書く。誰の目も気にしない場所のほうが、案外自分の輪郭をはっきりさせてくれます。

動き出せないときの処方箋も、地に足がついています。実業家のひろゆきさんは、たまった書類を片づけるために「ゲームを4時間したら1枚だけ処理していい」という妙なルールを自分に課していたそうです。

1枚手をつけると、勢いで次の1枚にも手が伸びる。やる気が出るのを待つより、先に体を動かすほうが早い、という実例でした。一日15分机に向かうだけで十分だ、というのが著者の立場です。

おわりに

本書がくり返し使う「有り難う」という言葉が印象に残ります。有ることが難しい、という語源そのままに、フォロワーを一万人増やすより、目の前の一人から「あなたでよかった」と言われるほうがずっと難しい。そして、難しいことのほうにしか、代わりのきかなさは宿りません。

毎朝20通のメールという地味な実践に裏打ちされている分、読み終えたあとに「まず一人にギブしてみよう」と思わせる力の強い一冊でした。看板を外した先にあるのは孤独ではなく、数字に頼らない関係の積み重ねだという著者の実感が、最後まで一貫しています。


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