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『なめらかなお金がめぐる社会。』家入一真|「小さな経済圏」で生き延びる

キャリア・働き方 家入一真
約7分で読めます

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『なめらかなお金がめぐる社会。』
目次

毎月の給料が振り込まれる口座は、たいてい一つしかない。

その一本が止まったら、生活は何日もつだろうか。

会社員なら一度は頭をよぎるはずのこの計算を、私はいつも途中で止めてきた。答えを出したところで、明日から会社を辞められるわけではないからだ。

家入一真さんの『なめらかなお金がめぐる社会。』は、この計算を「会社に残るか、辞めるか」という二択の外側から解こうとする一冊だ。副題にはこうある。

あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。

2017年、ディスカヴァー・トゥエンティワン刊、365ページ。収入のすべてを一つの会社に預けている働き方に、静かに疑問を投げかける本である。

図解

こんな人におすすめ

本書が想定しているのは、会社を今すぐ辞めたい人ではない。収入の窓口が一つしかない状態を、少しだけ崩したい人だ。

3つ目に心当たりがあるなら、本書との相性はかなりいい。ここで扱われるお金は貯める対象でも増やす対象でもなく、人から人へ回っていくものとして描かれているからだ。

逆に、利回りを上げる具体的な投資手法を期待すると、肩透かしを食う。本書が設計しているのは資産運用ではなく、人とのつながりの中でお金がどう巡っていくかという別の回路だ。

海士町の暮らしが暴いた、都会の焦りの正体

タイトルの「なめらか」は、お金が一箇所に滞らず、必要としている誰かのもとへ流れ続けている状態を指す。本書を貫く問題意識は二つに絞れる。行き過ぎた資本主義と過剰な商業主義への対抗、そして金融の仕組みを個人の手元に取り戻す「金融の民主化」だ。

評論として読めないのが、この本の強みだと思う。本文にはCAMPFIRE、BASE、polcaという固有名詞が繰り返し出てくる。いずれも著者が実際に関わってきたサービスで、机上の理屈が先にあるわけではない。作って、つまずいた経験から、言葉が立ち上がっている。

本書は3つの章で構成され、その並び順自体が主張になっている。まず現状への告発を置き、次に生き方の手本を見せ、最後に使える道具を渡す。目次を追うだけで、著者の論の運び方がそのまま見えてくる。

その第1章の出発点が、島根県の離島、海士町での体験だ。著者がそこで出会ったのは、気持ちに余裕はあるのに、切迫した様子がまるでない人たちの姿だった。

都市部で働いていると、余裕と落ち着きはなかなか両立しない。休んでいる間にも誰かが前に進んでいる気がして、その焦燥感が「もっと稼がなければ」という圧力を絶えず生み続ける。

海士町の住民は、その圧力の外側で暮らしていた。著者が「商業主義の終焉」という強い言葉を持ち出す根拠は、都会の忙しさとこの島の落差にある。

背景として押さえておきたいのが、2011年の震災を境に広がった価値観の揺らぎだ。ミニマリズムやマインドフルネスへの関心、シェアリングエコノミーの台頭。本書はその流れの延長線上で書かれた一冊でもある。

月5万円という、逃げ場のつくり方

本書でもっとも実用的なのが、ここから始まる「小さな経済圏」の話だ。

著者が勧めているのは、独立でも起業でもない。会社という一つの収入源に加えて、月5万円から10万円ほどの収入源をもう一つ持つことだ。

この金額設定に唸った。生活を丸ごと支えられる額ではない。それでも、理不尽な指示に「それはおかしいと思います」と言えるだけの余地は生まれる。会社を辞める勇気を貯めるのではなく、会社の中で対等にものを言える立場を先に買っておく。そういう発想の逃げ場なのだと読んだ。

作り方として本書が挙げるのは、個人としての発信活動と、クラウドソーシングの活用だ。もう一つ、ネット上での見せ方として、顔写真を隠さず出すことも勧めている。

正直、ここは賛否が割れる提案だと感じた。匿名のほうが安全に思えるからだ。それでも支援や仕事が実際に集まりやすいのは、顔の見える相手だという指摘には一理ある。ただし発信する職種や立場によっては、安全上の懸念が先に立つ人もいるはずで、誰にでも同じように勧められる話ではない。

始める前に、確認しておきたい前提もある。副業を就業規則で制限している会社は、いまも珍しくない。避難場所づくりに動く前に、まず自社の規定を確かめる必要がある人もいるはずだ。

この収入の流れを支えているのが、著者の言う評価経済という考え方だ。信頼が先に動いて、あとから金額がついてくる、という順序を指す。クラウドファンディングは、この順序をそのまま商品化した仕組みだ。

まだ形になっていない企画にお金が集まるのは、集まっているのがお金そのものではなく、発案者への信頼だからだ。

polcaはその小型版にあたる。数百円、数千円という単位の支援を友人同士でやり取りする、個人サイズのクラウドファンディングだと思えばいい。大きな志を掲げなくても、小さな支援なら回り出す。その回った経験自体が、次の支援を呼び込む元手になる。

弱さでつながる関係と、金融包摂という次の実装

もう一つ驚かされたのが、「弱さでつながる」という逆向きの設計だ。

人はふつう、スキルや実績、肩書きといった強みを軸につながる。ところが著者は、強みで結ばれた関係には必ず上下ができると言う。教える側と教わる側、出資する側とされる側。上下が生まれた瞬間、下にいる側は言いたいことを飲み込みがちになる。

弱さを起点にした関係は、この上下から自由になれる。支える立場と支えられる立場が固定されないぶん、支援は一方向で止まらず、輪になって循環していく。この巡り方こそ、タイトルの「なめらかさ」の正体なのだと私は読んだ。

プラットフォームの役割についての定義にも、著者らしさが表れている。サービスをつくる側の仕事は、機能を足すことではなく、人が動けない理由を一つずつ取り除くことだという。

何かを始めたいのに足踏みしている人には、たいてい理由がある。手元に資金がない、実績がない、審査で弾かれる。クラウドファンディングは、このうち資金不足という理由を消すための道具として設計された、という説明には妙な納得感があった。

第3章のテーマは、金融包摂(Financial Inclusion)だ。銀行の審査に通らない層にも、金融サービスを届けようという考え方を指す。

過去に返済が滞った人、収入が安定しない人、差し出せる担保を持たない人。既存の金融機関は、こうした層をまとめて審査の外に置いてきた。銀行が空けたその隙間を埋める手段として著者が挙げるのが、個人同士が資金を融通しあうソーシャルレンディングだ。

好感が持てたのは、都合の悪い制約も著者が伏せていない点だ。個人間で資金を融通する仕組みには貸金業に関わる規制がかかるし、相手の信用を見極めようとすれば個人情報の扱いというもう一つの壁にぶつかる。

理想論だけで押し切っていない。裏を返せば、この構想はまだ制度が追いついていない段階にあり、今日から個人が実践できる話というより、著者が見据える将来像として読むほうが正確だろう。

本書はこの先に、10年後を見据えた社会像も描いているというが、その部分はまだ輪郭を素描した段階にとどまり、具体的な数字までは踏み込んでいない。

本書はここに、贈与経済、いわゆる恩送りを仕組み化した事例も添えている。自分が受けた恩を、恩をくれた相手にではなく別の誰かへ渡していく流れを制度として組み立てた「青空学区」という取り組みと、シングルマザー向けのシェアハウスだ。

ここで著者が強調するのは、善意だけに頼らず持続可能な形にした点だ。利他心だけで走ると、支える側が先に息切れする。採算が取れる形に設計して初めて、利他的な行為は長続きする。

この一線が、よくある社会貢献の美談と本書を分けている。

評価経済の副作用、そして今日からの4ステップ

この本を信頼できると感じたのは、著者が自分の肩入れする仕組みの欠点まで包み隠さず書いているからだ。

評価経済に足を踏み入れると、他人からの評価がそのまま暮らしを支える基盤に変わる。周囲の空気に逆らう発言をすれば、それだけ支援が細っていく仕組みだからだ。摩擦を恐れない人ほど、この経済圏では損をする。小さな経済圏は、誰にとっても居心地のいい場所というわけではない。

もう一点、本書が書いていないことにも触れておきたい。著者自身はCAMPFIREやpolcaを実際に立ち上げた側であり、うまくいった手応えから語っている。うまくいかなかった側の声は、本書の外にある。読み手としては、この非対称を差し引いて受け取る必要がある。

こうした留保を踏まえたうえで、本書が示す実践は4つのステップにまとまる。

1. 幸せの尺度を決め直す 年収の目標をいったん脇に置き、理想の暮らしから月にいくら必要かを逆算して、先に金額を出す。

2. 避難場所を開拓する 目安は月5万から10万円。発信やクラウドソーシングを使い、会社以外にもう一つ収入の窓口を持つ。金額を大きくしすぎないことが、続けるコツだという。

3. 社会への貯金を始める 先に誰かを支援する。polcaでも、知人の紹介でもいい。返報性の輪を、もらう側からではなく回す側から始める。

4. 「おかえり」と言われる居場所を確保する シェアハウスでも、コワーキングスペースでも、コミュニティでもいい。名前を呼ばれる場所を一つ持っておく。

明日一つだけ選ぶなら、3番目にしてほしい。数百円で、誰かを支援する。それだけでいい。

貯金より先に、社会への貯金から始める。この順番を提案されたのは、私にとって初めてのことだった。


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