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『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』垣内勇威さん|囲い込みをやめた会社だけが、顧客に愛され続ける

マーケティング・営業 ✍ 垣内勇威さん
約7分で読めます

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『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』
目次

「LTVを上げたい」と考えた会社が、まず手を伸ばすものはだいたい決まっている。会員アプリ、ポイント制度、サブスク化。この三つのどれかだ。ところが本書は、その大半が顧客に喜ばれるどころか、むしろLTVを削っていると言う。

根っこにあるのは「顧客は囲い込める」という、企業側の思い込みである。垣内勇威さんの『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』は、20年に及ぶデジタルマーケティングのコンサル経験、3万7000サイトの分析、4000人を超える顧客調査を土台に、その思い込みがなぜ失敗を量産するのかを解体していく。

そして失敗しない唯一の道として「LTVボトルネックの解消」を提案する本だ。編集部としては、派手なDXやデータ基盤の対極にある「地味さの肯定」こそが本書の背骨だと読んだ。

以下、中心にある考え方を、留保も交えながら順に追っていきたい。

図解

LTVには「企業が取る利益」と「顧客が受け取る価値」の二つの顔がある

本書はLTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)を、二つの顔を持つ言葉として捉え直すところから始める。企業視点では「一人の顧客が生涯に生み出す利益の合計」。

顧客視点では「企業が生涯にわたって提供してくれる価値の総量」。この両方が同時に増える一点を探さない限り、LTVは持続的には伸びない、というのが土台の主張だ。

ところが現実の企業がLTVと口にするとき、発想はほぼ企業視点に偏る。本書が引くアンケートでは、LTVと聞いて企業視点を思い浮かべた人が66%、顧客視点はわずか11%だったという。

この視点の偏りこそが、囲い込みから始まるあらゆる失敗の入口になっているというのが著者の診断である。

なぜLTVがそこまで重要なのか。背景にあるのは有名な「1対5の法則」だ。新規顧客の獲得コストは、既存顧客への販売コストの5倍かかる、というもの。

人口が減り、企業が簡単には選ばれなくなる時代には、一度つかんだ顧客と長く付き合うことが成長の生命線になる。ここまでは教科書的な話だが、本書の価値は、この「当たり前」がなぜ実行できないのかまで踏み込む点にある。

会員アプリもサブスクも、囲い込みの幻想「妄想四天王」に終わる

企業が囲い込みのために持ち出す施策を、本書は「妄想四天王」と名づけて並べる。会員プログラム、会員アプリ、サブスク、自社メディアの四つだ。

会員プログラムは、わずかなポイントや「ゴールド会員」の称号で顧客を縛ろうとする。だが喜ぶのは、もともとそのブランドを愛している人だけだ。会員アプリはさらに厳しい。

LINEやGmailのように毎日開かれるアプリを作れる企業はごく一部で、利用頻度の低い業界のアプリは、泊まるたびに入れてチェックアウト後に消される、という使われ方をする。

サブスクも、都度購入で足りるものを無理に定額課金へ切り替えれば、顧客の満足はむしろ下がり、かえってLTVを毀損しかねない。自社メディアは、集客に失敗したりニーズを無視して量産したりすれば、誰も見ない「廃虚」になる。

痛烈なのは、これらが世にはびこる理由の指摘だ。囲い込み施策は、ベンダーにとって手堅く儲かるビジネスになる。だから提案が絶えない。編集部の実感としても、ここは耳が痛い。「顧客のため」という建前の裏で、じつは売り手の都合が施策の形を決めている場面は、確かに珍しくないからだ。

データ統合もブランド感も、もっともらしくLTVを削っていく

囲い込み以外にも、LTVをじわじわ削る「もっともらしい施策」がある。本書はその代表として、データ活用とブランドを挙げる。

デジタルはデータが取りやすい。だからこそ、費用対効果(CPA)ばかりを追う「CPAモンスター」が生まれる。短期で刈り取れる顕在顧客だけを狙うようになり、長期の関係構築というデジタル本来の強みが放置される。

しかも、社内に偶然たまったデータをいくら統合しても、出てくるのは分かりきった結果ばかりだ。著者はそうしたデータを「ゴミ」とまで言い切る。必要なのは、アンケートやインタビューで意図的に顧客を理解しにいく姿勢だ、というわけである。

もう一つがブランドだ。本来LTVに貢献するはずのブランドが、「ブランド的に難しい」という自己満足の一言に化けて、顧客が気にもしない要素にまで介入し、施策を止める言い訳に使われる。

結婚式場サイトでコンバージョンボタンの設置に反発が出た、という例が象徴的だ。顧客はボタンのデザインなど気にしていないのに、である。データもブランドも、それ自体が悪いのではなく、顧客不在のまま使われた瞬間にLTVの敵へ変わる——この整理は、多くの現場にそのまま刺さるはずだ。

全体改造は失敗する。詰まった一点「ボトルネック」だけを直す

ここで本書の中心概念、LTVボトルネックが登場する。カスタマージャーニーの主導権は顧客にある。それを企業の都合でまるごと作り替える「全体改造」は、ほぼ確実に失敗する、と著者は言い切る。壮大なプロジェクトほど、顧客の気持ちを置き去りにしがちだからだ。

代わりに狙うのが、ジャーニーの中で顧客との関係が途切れる一点、つまりボトルネックの解消だ。目的地までの道に落とし穴がいくつも空いている状態を思い浮かべればいい。

闇雲に進んでも時間と労力を食うだけで、落とし穴の場所と種類を正確に突き止めて、そこだけをピンポイントで埋めるのが最短ルートになる。課題が明確なぶん解決策も定まり、速く・安く・確実に直せる。

地味だが、費用対効果の面で唯一まともな方法だ、というのが本書の立場である。

購買プロセスを一回きりで描くAIDMAやAISASと違い、本書のフレームワークは生涯にわたる関係を前提に、「企業が何をすべきか」に焦点を当てる。この視点の据え方自体が、囲い込み発想からの静かな転換になっている。

MASTで、出会い・魅力・検知・商売の四つの詰まりを見分ける

その落とし穴を四種類に分類したのが、本書独自の「MAST」だ。Meet(出会う)、Attract(引き付ける)、Sense(検知する)、Trade(商売する)。

すべて企業側の行動から名づけられている点に、顧客視点で語りながら実行主体はあくまで企業だという、本書のバランス感覚がにじむ。

Meetは、商品や企業が顧客に初めて「認識される」壁で、四つのなかで最も高い。家具や生命保険のような高単価・低頻度の商材は、ニーズが生じた瞬間に偶然目に留まるかどうかの大ばくちになりがちだ。

対策は、IKEAや無印良品が雑貨やレストランで日常の来店理由を作り、いざ家具を買うときに第一想起される、といった「ライトな接点」づくり。あるいは、宿泊予約サイトを見た客が宿名を検索し直す瞬間に、公式サイトで最安値保証を強く訴える、といった「隙間」の攻略だ。

Attractは、魅力が足りないのではなく「伝わっていない」という診断である。Webやメルマガのようなセルフサービス型のチャネルでは、顧客は知りたいこと以外をほとんど見ない。

だから顧客の文脈に沿って端的に伝える。生命保険で、案内を別送りにせず、契約内容の紙そのものに「請求できる可能性があります」と書き込むのが好例だ。

逆に、部屋の照明をアプリで操作するような過剰品質の「魅力もどき」は、コストを増やすだけなので削れという。

Senseは、接点が少なすぎて顧客の状況が見えない詰まりだ。氏名やメールアドレスすら取れていない、購買意欲のシグナルを見逃している、といった状態を指す。

対策は身も蓋もなく「貪欲に情報を取得する」こと、そして顧客に「踏んでほしいボタン」を用意してシグナルを拾うことだ。部品メーカーがカタログのダウンロードではなく「無料サンプル申し込み」ボタンを置き、本気の検討者を特定して営業へつなぐ例が分かりやすい。

Tradeは、企業が遠慮しすぎて営業機会を逃している状態だ。顧客調査をすると、顧客は意外なほど営業を待っている、と著者は言う。今のサービスに満足していれば、多少の売り込みは嫌がられない。

既存顧客へのアップセル、障壁を下げた新規への提案(カードローンの「3分仮審査」など)、そして人間にしかできない対面営業。医薬品メーカーのMRが熱意を持って医師に通い、新薬の初回処方のハードルを下げる話は、営業DXの時代にあえて人の熱を残す意味を示している。

顧客理解は「行動」から集め、KPIは完璧を捨てて回す

これらのボトルネックは、すべて「顧客理解の欠如」から生まれる。だから本書は後半で、その理解の仕方を具体的に説く。核心は一つ、集めるべきは「意見」ではなく「行動」だという点だ。

「どうすればいいか」と抽象的に尋ねれば、的外れな答えが返ってくる。過去に実際何をしたのか、その順序と理由を聞く。対象はロイヤル顧客が望ましく、5人ほどのインタビューで8割以上の発見が得られるという。

属性ではなく「状況」が行動を決めるからだ。人を動かすのは性別や年齢ではなく、その時々の状況であるという一貫した主張は、ペルソナ偏重のマーケティングへの静かな異議申し立てにもなっている。

締めのKPIの話も現実的だ。生涯価値という未来の数字を正確に測る完璧な指標は存在しない、と本書は割り切る。だからといって数字から逃げず、一年間の合計売上を見る「1年LTV」や、日々のPDCA用に「ボトルネックの解消率」を用いる。

解消率は「悪いところを直した」と誰もが納得でき、感情移入しやすく形骸化しにくい。ただし、その解消が本当に売上につながっているかは検証し、効かなければ潔く見捨てる——この抑制の効いた姿勢に、実務家としての著者の顔が出ている。

生命保険会社X社の変革では、代理店が重視していた「手続きの速さ」よりも、「手続漏れの確認」や「保険の見直し提案」のほうがLTVに効いていた、という定量調査の発見が転機になったという。

顧客は囲い込めない。けれど、顧客が静かに離れていく一点を見つけて直せば、結果として長く付き合ってくれる。そして意外なほど、顧客は売り込みを待っている。

本書を閉じたら、まずは自社のカスタマージャーニーを一本、紙に書き出してみるといい。どこに落とし穴が空いているかは、たぶんもう薄々わかっているはずだ。


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