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『キーエンス流 性弱説経営』高杉康成さん|人は弱い、を前提にすると会社は強くなる

戦略・経営・事業
約9分で読めます

完璧なマニュアルを作ったのに、現場はその通りに動かない。

そんな経験、ありませんか。多くの会社は「ちゃんと読まない本人が悪い」と考えます。でもキーエンスは違いました。「人は難しいマニュアルを読みたがらないものだ」と最初から想定して、仕組みを設計する。

この一冊は、営業利益率50%超という日本屈指の高収益企業の強さを、「性弱説(せいじゃくせつ)」という一風変わった人間観から解き明かした本です。著者の高杉康成さんは、元キーエンスで新商品・新規事業の企画を担当していた方。今はコンサルタントとして、その仕組みを他社に移植しています。

こんな人におすすめ

この本の核心――人を信じるのをやめると、人が育つ

本書の主張は一文で言えます。人を「善でも悪でもなく、弱いもの」と捉え、その弱さを補う仕組みを緻密に作ること。それが高収益と人材育成の両方を支えている、というものです。

ビジネスの現場には2つの人間観があります。1つは性善説。「人はみな本来善人で、正しく指示すれば何でもできる」という見方です。もう1つが、本書のいう性弱説。

「人は本来弱い生き物なので、『難しいことや新しいことを積極的には取り入れたがらず、目先の簡単な方法を選んでしまいがち』」

ここで大事なのは、性弱説が性悪説とは違うという点です。社員を疑って監視するのではありません。高杉さんはこう書いています。

「依頼する相手を信頼しているかどうかという話ではないのです」

仕事の難度が高ければ高いほど、性弱説が必要になる。「何もアドバイスせずに任せたら成果が出ないかもしれない」と備えることが、社員を無用な失敗から守る。だから性弱説は、むしろ愛のあるアプローチなのだと再定義しています。

高収益のカラクリは「価値の最大化」と「原価の最小化」

キーエンスの数字は、確かに異常です。営業利益率は2018年から2024年まで一度も50%を割っていません。一般的な製造業は10%を超えれば高収益と言われるので、その5倍です。売上高も2018年の5268億円から、2024年には9673億円に伸びています。

なぜここまで儲かるのか。秘密は「価値と価格の最大化」と「原価の最小化」を同時にやっているからです。

普通の会社は、原価に利益を乗せて売価を決めます。キーエンスは逆。

「売価が高くても売れる用途(使い方)を先に探して、そこから商品をイメージする」

高く売れる使い道を先に見つけ、その価値を顧客に伝えて高く売る。そして利益率80%以上を確保できる商品しか開発しないというルールがあります。一般的な企業では開発段階の利益率は40〜60%程度なので、ここでも基準が違います。

「値切る」のではなく「見切る」

原価を下げるとき、普通の会社は外注先に「もっと安く」と値切ります。キーエンスは「見切る」。不要な機能を論理的に判断して、丸ごと捨てる。

多くの会社は、競合に勝とうとして機能をどんどん盛り込みます。本書はこれを「足し算型のフルスペック商品開発(チャンピオンスペックの罠)」と呼びます。全部に対応しようとして原価が膨らみ、利益を圧迫する失敗パターンです。

「100%に対応するのではなく、80%に対応することを考えるべき」

たとえばノートパソコンが受ける衝撃は、「机からオフィスの床へ落下」が80%、「オフィス内で歩行中に落下」が15%、「屋外で落下」が5%。だったら発生頻度の高い80%に絞って、残りは見切る。これでコストも開発期間も劇的に下がります。

このとき面白いのが、見切りはウィンウィンを生むという点です。本書には、キーエンスが外注先のB社に「サイズは現行品と同じでいい」と見切って依頼したことで、B社の組立効率が上がり、利益を確保しながら安く出せた事例があります。無理に値切るより、賢く見切るほうが双方が得をする。

顧客ニーズの罠――「お客様の言う通り」は危ない

性弱説は、社員だけでなく顧客にも向けられます。顧客もまた、自分の困りごとを正確に言葉にできない弱い存在だからです。

本書には、ある企業が顧客の要望(価格は高くてもいいから小さいタブレットPCが欲しい)をそのまま製品にして、売れなかった事例が出てきます。なぜか。顧客の言葉には、客観的な事実と、根拠のない「意見」や思いつきの「作文」が混ざっているからです。

「それは、顧客の意見ですか、それとも事実ですか」

「顧客は自分の見える範囲、イメージできる範囲のことしか言語化できません」

だから顧客の要望をそのまま作る性善説に立つと、罠にはまります。本当に価値があるのは、顧客自身も気づいていない「潜在ニーズ」です。

それを引き出すのが「開発情報」というヒアリング技術です。「こういう商品が欲しい」という顕在的な要望ではなく、次の4つを聞き出します。

さらに、一時的なブームではなく「社会環境の変化」と連動する潜在ニーズを見つけると、ロングセラーになります。たとえば単身世帯の増加と電子ケトルのように。日本では単身と2人世帯が全世帯の50%以上を占めるので、この変化は強力な追い風になります。

ここで重要なのは、属人的な名人芸に頼らないことです。本書はこれを「簡単化」と呼びます。

「個人を育てながら、個人のスキルに依存しない『簡単化』された体制を築いているのです」

開発情報の収集も、ニーズの構造化も、特定のスーパー営業マンしかできないなら再現性がない。誰がやっても一定の成果が出る型に落とし込む。これも性弱説の発想です。

人を効果的に動かす――事前事後報告とメカニズム思考

ここからは人材育成の仕組みです。本書のキーワードは「人は効果的に動かし、情報は質を高める」。

事後報告ではなく「事前事後報告」

多くの会社は、商談が終わってから結果を聞く「事後報告」に頼ります。でもそれだと、聞き漏らしや認識のズレが分かったときには「後の祭り」です。

キーエンスは、行動する前に上司とすり合わせる「事前報告(外報)」を組み合わせます。商談前に「どんなシナリオで、何を聞いてくるか」を確認し、ロールプレイングまでやる。「面談時間には限りがある」「担当者のスキルが足りないかもしれない」という性弱説に立っているからです。

「『何もアドバイスや手伝いをせずに任せたら、成果が期待できないかもしれない』という前提が必要になるのです」

謝罪では終わらせず、真因を問う

目標未達の会議で、担当者が「私の努力不足でした」と謝る。多くの上司はそこで終わらせます。でもキーエンスは謝罪を許しません。

「何の努力がどう足りなかったのか」「なぜその施策が有効だと考えたのか」と、失敗の因果・メカニズムを徹底的に解明します。本書ではこれを重視するエピソードとして、12カ月連続で目標達成した営業を「1/2の確率で達成できる高い目標を掲げるべき。連続達成はおかしい」と指摘した話が出てきます。称賛ではなく、確率論で目標設定の甘さを見抜く。これがメカニズム思考です。

KPIパラメーターでスキルを絞り込む

「もっと売上を上げろ」「いろんなスキルを勉強しろ」では人は動きません。キーエンスは営業や接客のプロセスを5〜6個の要素に分解し、メンバーごとに数値化します。そして改善する項目を2つだけ本人に選ばせる。

本書には、あるコスメショップが美容スタッフのスキルを可視化し、改善項目を絞った結果、半年であるスタッフのフェイスタッチ回数が1回から36回に増えた事例があります。再来店率は常時60%超。漠然と頑張らせるのではなく、何を直すかを絞る。それだけで人は動きます。

時間チャージで生産性を数字にする

「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」という理念を、現場の行動基準にしたのが「時間チャージ」です。社員1人が1時間あたりに生み出すべき付加価値額を、等級ごとに数字で示します。

キーエンスの人時生産性は1時間あたり3万円。社員1人が年間で約7000万円の粗利益を生む計算です。この数字があるから、「自分で20時間かけるより、20万円で外注したほうが得だ」という判断を、誰もが迷わずできます。ちなみに業務の密度も、一般企業が5割(実働4時間)なのに対し、キーエンスは9割(実働7.2時間)だと本書は説明しています。

仕組みを動かす仕組み――決めただけでは誰もやらない

ここが本書でいちばん重要な概念かもしれません。どんなに優れたルールも、作っただけでは形骸化します。なぜなら人は弱いから。だからルールを機能させ続けるための、二段目の仕組みが要ります。これが「仕組みを動かす仕組み」です。

たとえばニーズ収集。キーエンスには毎年数万件のニーズを集める「ニーズカード」がありますが、

「『集めてください』という号令だけでは集まらない」

現場は日々の販売で忙しく、商談に直接関係ないニーズ収集を積極的にはやりません。だから提出件数を人事評価(KPI)に組み込み、優秀なニーズには賞金(ニーズカード大賞で50万円ほど)を出す。やらない人がマイナスになり、やる人が得をする設計にする。

評価制度も同じ思想です。「予算達成率」だけで評価すると、目標を低く設定して達成率を高く見せるズルをする人が得をします。

「真面目に仕事に取り組んだ人が損をするような評価指標を採用しない」

だから「前年からの伸び率」や「絶対金額(グロス)」など、トレードオフの関係にある複数の指標を組み合わせる。小手先の策が効かなくなり、まっとうに成果を出す人が報われます。ハーズバーグの動機付け・衛生理論を参考に、不公平感という最大のやる気低下要因を消しているのです。

「『頑張る人に損をさせない』『嘘をつく人に得をさせない』」

面談が本当に行われたかを上司が顧客に直接確認する「ハッピーコール」も、この仕組みの一例です。報告の真偽を確かめる二段目があるから、報告制度が形骸化しない。

明日から何を変えるか

本書を読んで、今日から試せることを3つに絞りました。

1. 「それは事実ですか、意見ですか」と分けて聞く 顧客でも同僚でも、相手の発言を「実際に起きた事実」と「個人の意見・感想」に分解して聞くクセをつける。間違った情報に振り回されるのを防げます。

2. 重要な仕事に「事前報告」を入れる 大事な商談や資料作成の前に、「こういう方針で進めます」と上司や先輩に5分だけ事前共有する。後戻りのムダと「言った言わない」を防げます。ここで形だけの報告会にしないこと。シナリオの中身まで確認するのがコツです。

3. 自分の「時間チャージ」を計算してみる 自分の給与から1時間あたりのコストを出し、今やっている作業がその単価に見合うかを問う。算出して満足せず、見合わない作業を外注やツールに回すところまでやって初めて意味があります。

おわりに

この本がすごいのは、「人は弱い」というネガティブに見える前提から始めて、最後には前向きな結論にたどり着くところです。意志や才能に頼らず、弱い自分でも確実に動ける仕組みを作る。それは自分を責めることをやめて、設計に頭を使うということでもあります。

高杉さんは最後にこう書いています。

「『性弱説の視点で今より少しだけ緻密に考えてみる』。これこそ、企業やそこで働く一人一人に求められている姿勢ではないでしょうか」

完璧な意志の力に頼るのをやめて、少しだけ緻密に仕組みを考える。それだけで、掛け声倒れだった施策が動き出すかもしれません。


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『付加価値のつくりかた』田尻望さん 同じくキーエンス出身コンサルタントが、値下げせずに売れる「付加価値」の構造を解説した一冊。本書の「価値からの逆算」「見切り」を、付加価値という切り口でさらに深掘りしたい人に。

『キーエンス 高付加価値経営の論理』 同じキーエンスを、「顧客の期待を超える価値づくり」という別の角度から分析した本。性弱説の仕組み論と並べて読むと、この会社の強さが立体的に見えてきます。

『ユニクロの仕組み化』宇佐美潤祐さん カリスマがいなくても成長し続ける「仕組み化」をユニクロで描いた本。本書の「仕組みを動かす仕組み」と響き合い、属人性を排して組織で勝つ発想を補強してくれます。


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