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『How To STARTUP』久野孝稔さん|起業は「金儲け」ではなく、あなたの怒りから始まる

戦略・経営・事業
約10分で読めます

「なぜそのビジネスは、あなたでないとダメなんですか」。

投資家にこう聞かれて、すぐに答えられる人はそう多くありません。市場が大きいから、流行っているから、儲かりそうだから。理由はいくらでも出てきます。でも、それは別にあなたでなくてもいい理由です。

本書が最初に突きつけてくるのは、この問いでした。著者の久野孝稔さんは、CYBERDYNEでロボットスーツを活用したトレーニングジムを社内起業し、武田薬品工業でも新規事業を立ち上げてきた人です。その実体験から、スタートアップを「個人的な感情を交え、社会に貢献し、金儲けも可能な仕事」と定義し直します。

金儲けの手段ではなく、あなたの想いを起点にする。そこからアイデアを育て、検証し、世の中に出していく。本書は、その一連の手順をフレームワークと起業家の生の声でつないだ一冊です。

こんな人におすすめ

特に効くのは、こんな場面にいる人です。

完璧な計画を立ててから動きたい人には、最初は居心地が悪いかもしれません。本書はその逆、「まず動いて、市場の反応から学べ」と言い続ける本だからです。逆に、頭でっかちで一歩が出ない自覚がある人には、強い後押しになります。

この本が問うていること

著者がいちばん拒むのは、ビジネスを「金儲けの手段」として淡々と進める姿勢です。

そのうえで、起業の原点に置くのは「社会をよりよくしたい」「人の役に立ちたい」という個人的な感情だと言い切ります。客観性や冷静な市場分析よりも先に、怒りや情熱という主観的なエネルギーを肯定する。ここが本書の出発点でした。

この想いを言語化するために使うのが、サイモン・シネック氏の「ゴールデン・サークル」です。

WHYを起点にすることが、起業家本人の内発的動機やエンゲージメント(思い入れ)を引き出し、事業の迫力や推進力を高めてくれる

何を作るか(WHAT)や、どう作るか(HOW)から考えると、仕事は作業になります。でも「なぜやるのか(WHY)」から始めると、本人のエネルギーが乗り、周囲を巻き込む力が生まれる。だから本書は、フレームワークの解説よりも先に、あなた自身の内面を掘る作業から始めます。

内省から「あなただけの強み」を取り出す

第1章のテーマは、アイデアの源泉です。

著者はまず「人生の棚卸し」を勧めます。内省(リフレクション)、つまり自分の過去の経験や心の動きを客観的に振り返り、そこから材料を集める作業です。

厚生労働省の「ジョブ・カード」のようなツールを使ってもいい。子どもの頃に熱中したこと、これまでの経験や知識、人脈、そして「何に怒りを感じるか」までを書き出します。

ここから、アイデアを2つの掛け算で組み立てます。

「やりたいこと」×「できること」=「起業資源」

「起業資源」×「業態」×「市場ニーズ」=「ビジネスアイデア」

著者自身の例がわかりやすい。「ロボットスーツを活用したい(起業資源)」×「人に直に接するリアルなサービス(業態)」×「退院後のリハビリ需要(市場ニーズ)」。これを掛け合わせて、ロボットを使ったトレーニングジムというオンリーワンの事業が生まれました。

面白いのは、内省には落とし穴があると釘を刺すところです。人は誰でも「アンコンシャス・バイアス」、つまり自分でも気づいていない思い込みを抱えています。だから棚卸しのときも、その偏りを意識する必要がある。

アイデアが出ないときは、A・F・オズボーン氏の「9つのチェックリスト」(転用、応用、変更、拡大、縮小、代用、再配置、逆転、結合)やマインドマップで、強制的にひねり出す手も紹介されています。

そして、こうして生まれたアイデアをA4一枚の「リーンキャンバス」に落とし込みます。顧客の課題、ソリューション、圧倒的な優位性など9つの項目だけに絞ったフレームワークで、事業の全体像を一枚で見渡せるようにする道具です。

OODAループ――「計画」を捨てて「観察」から始める

第2章の中心が、OODA(ウーダ)ループ思考です。

Observe(みる=観察)、Orient(腹落ちする=状況判断)、Decide(決める=意思決定)、Act(動く=行動)。この4つを高速で回し、最後にLoop(振り返る=改善)でつなぐ。これがOODAループです。

元アメリカ戦闘機パイロットのジョン・ボイド氏が、宮本武蔵の『五輪書』を参考に確立した意思決定の手法だと紹介されています。

よく比べられるPDCAとの違いがはっきりしています。PDCAは最初に「計画(Plan)」を立て、変化の少ない環境で品質を管理するのに向いている。でも前提がすぐ崩れるスタートアップでは、計画から入るとそこで止まってしまう。

だからOODAは「観察」から入り、直感で素早く決めて動く。誤りがあることを前提にした思考法です。

この観察のときに効くのが、クレイトン・クリステンセン教授の「ジョブ理論」でした。

お客が買ったのはドリルではなく、壁に穴を開けること

顧客が本当に欲しいのは製品の機能ではなく、その先で済ませたい用事(ジョブ)です。しかも著者は「企業が考えるニーズと、実際の顧客ニーズは、基本的に乖離している」と警告します。

だから、たった一人の顧客(N1)を徹底的に分析する。膨大なデータより、目の前の一人の「ジョブ」を見抜くほうが先だ、という順番です。

決断のスピードを上げる訓練も具体的です。著者はお昼ご飯をコンビニで買うとき、直感に従って5秒で決めるルールにしている。日常の小さな選択を即断即決して、決断力という筋肉を鍛えるわけです。

そして方向転換を恐れない。Instagramは、前身の位置情報アプリ「Burbn」が機能過多でユーザーが定着しなかったとき、画像共有機能だけが使われていることに気づいて、画像共有アプリへピボット(方向転換)して大成功しました。

失敗したら「4M」(Man, Machine, Method, Material)で原因を素早く分析し、次の観察へ戻る。これがループの回し方です。

完璧主義を捨てる「アジャイル型人間」になる

第3章は、事業を離陸させるためのソフトスキルです。

著者が目指せと言うのは「アジャイル型人間」。考え込むより先に手が動く人のことです。具体的な習慣が3つあります。

1. とにかくやってみる 机に向かって完璧な計画を練るより、まずMVP(必要最小限の機能を持つ試作品)を作って世に問う。「いろいろ考え込むよりもまずは行動なのだ」という一言が、本書の姿勢を象徴しています。

2. 「いいね」を口癖にする 他者の提案にまず肯定から入る。「『いいね』を口癖にすると、あなたのファンが自然と増えます」。承認と共感が、周囲を巻き込み味方を増やす力になります。

3. 完璧を目指さない 「世の中に完璧や100%があったら気持ちが悪いという感性を持ってください」。完璧主義はプレッシャーと遅れを生むだけ。70〜80%でスピーディーに出して、フィードバックで磨くほうが速い。

ただし、ここで「妥協」と「あきらめ」を混同するなと釘を刺します。前進するための妥協は必要だけれど、放棄する「あきらめ」は可能性を完全に潰す。似て非なるものだという指摘でした。

対人スキルでは「アサーティブネス」が出てきます。攻撃的でも受け身でもなく、相手を尊重しながら自分も主張する誠実なコミュニケーションです。

著者は「時間=命」とも書いていて、相手の限られた命をいただいている意識が、密度の濃いやりとりを生むと言います。積極的傾聴では、相手が7割、自分は3割(7:3)で話すのがいい、という具体的な比率まで示されます。

社会課題型のスタートアップに特有のスキルとして「パブリックアフェアーズ」も挙げられます。行政や業界団体を巻き込み、ルールメイキング(規制緩和や新ルールの創造)に自ら参画する動きです。技術や製品だけでなく、市場のルールごと作りにいく視点でした。

イノベーションは「新しい組み合わせ」から生まれる

本書を貫く考え方が、イノベーションの捉え方です。

イノベーションの父シュンペーターは、馬車と機関車を比べて「馬車を10台つないでも機関車にはならない」と語りました。改良の延長線上に飛躍はない。

本書はイノベーションを「現在みんなが普通に思っているものを、創造的に破壊して、経済発展を促すこと」と定義します。新しい組み合わせ(新結合)こそが源泉だという立場です。

そしてスタートアップが狙うべき領域をはっきり区別します。大企業が得意なのは、既存顧客の要望に応えて製品を改良する「持続的イノベーション」。ここでスタートアップに勝ち目はありません。

狙うべきは「破壊的イノベーション」です。

破壊的イノベーションには2種類あります。新しい価値基準で新しい顧客層を開拓する「新市場型」と、既存製品より低価格でシンプルなものを出す「ローエンド型」です。

NTTドコモの「iモード」は、携帯でネットにアクセスする市場をゼロから作った新市場型の例。後にAppleやGoogleがスマホのアプリ経済圏を作るとき参考にしたほどでした。

一方、QBハウスは髭剃りもシャンプーもせず、カット以外を徹底して簡略化して、速く安く髪を切るサービスを定着させたローエンド型です。

大企業が参入してこないうちに、市場シェアを素早く取りにいく。このタイムラグの利用が、スタートアップの戦い方になります。

起業家のマインドは「視座の高さ」でできている

第4章は、最前線で戦う起業家5名へのインタビューです。理屈ではなく、生の言葉に学びがあります。

線虫がん検査「N-NOSE」を実現したHIROTSUバイオサイエンスの広津崇亮さんは、悩みについてこう言います。

「悩みはずっとそのままだと思うからつらい。解決するものだと思えば、それは悩みではなくなる」。悩みを「解決すべき課題」と捉え直すだけで、つらさが消えるという視点の転換でした。

月面探査に挑むispaceの袴田武史さんの言葉も強烈です。

「自分がどんな人生を送ろうが、何を成し遂げようが、または何かを成し遂げられなくても、この宇宙の歴史とか、そういうスケールで考えたら誤差だな」。

スケールを宇宙規模まで上げると、失敗への恐怖が小さくなる。だから自分が本当に価値を感じることに集中できる、という究極の視座です。

新世代バイオ素材のSpiberを創業した関山和秀さんは、高校時代にルワンダのジェノサイドの映像を見て「人類の普遍的な価値に貢献できることに時間を使おう」と決めたと言います。原点にある感情が、その後の人生の方向を決めていました。

共通して浮かび上がるのは、「自分でなければダメなものは何か」を突き詰める姿勢です。流行りや他人の真似ではなく、自分にしか提供できない唯一無二の武器を持つこと。

そして「想うこと、思い続けることが成功の秘訣」というように、成功するまで執念を持って思考し続けること。圧倒的なのは技術力よりも、この粘りでした。

なぜ今この本なのか

背景にあるのは「失われた30年」です。日本はこの30年、諸外国に比べて給与がほとんど増えませんでした。

そんな中で、政府は2022年度補正予算に総額1兆円のスタートアップ育成5か年計画を組み込みました。第2の創業ブームの只中にあります。

一方で、失敗への恐怖心の強さを調べた2014年の調査では、70か国中で日本がトップだったという数字も紹介されます。失敗を「不名誉」と見なす文化が、挑戦を止めている。

だからこそ著者は、失敗を成長の糧にする組織文化と、一人ひとりのマインドの転換を訴えます。

そして勇気をくれるのが、この一言でした。

自分が今いる組織の中で何かちょっとでも変化を起こすことができれば、それはもうイノベーションです

起業や壮大な事業だけがイノベーションではない。今の職場の不便なルールを一つ改善することも、立派な変革だ。本書が起業志望者だけでなく、組織内で変化を起こしたいすべての人に向けて書かれている理由が、ここにあります。

明日から動かせる4つのアクション

本書を実務に落とすなら、この順番が現実的です。

1. ノート1冊で「人生の棚卸し」をする カフェで好きな飲み物を用意して、子どもの頃に熱中したこと、これまでの経験・知識・人脈、そして「何に怒りを感じるか」を書き出す。「やりたい」×「できる」で起業資源を見つけます。

2. 日常の決断を5秒で済ませる コンビニのお昼や着る服など、小さな選択を直感で即決する。これがOODAループの「決める」スピードを鍛える訓練になります。

3. アイデアをN1の一人にぶつける ターゲットになるたった一人を見つけ、「なぜ今の代替品を使っているのか」を聞く。製品の機能ではなく、その人の「ジョブ」を探します。

4. 提案には、まず「いいね」から返す 部下や同僚の案に、否定の前に肯定から入る。心理的安全性が上がり、巻き込める人が増えていきます。

一度に全部やろうとすると続きません。1番から始めて、習慣になったら次へ。それくらいでちょうどいいです。

おわりに

読み終えて残るのは、フレームワークの名前ではありません。

完璧な計画を待たずに動く姿勢。失敗を差分(経験値)として次に活かす感覚。そして、自分の怒りや情熱を起点にしていいという許可です。

著者は、起業を一部の天才のものにしませんでした。「思考とやる気さえあれば誰でも参加できる」と書いています。大企業の中で小さな変化を起こすことも、その第一歩です。

明日、職場で「これ、おかしいな」と感じたら、嘆く前に一つだけ動かしてみてほしい。その小さなActが、あなたのOODAループの最初の一周になります。


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