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『新 コーチングが人を活かす』鈴木義幸|「引き出す」という言葉に、上下関係が潜んでいる

コミュニケーション・文章術
『新 コーチングが人を活かす』

「なぜ目標を達成できなかったのですか?」──この問いかけを受けた瞬間、部下の頭には何が浮かぶでしょうか。答えではなく、言い訳です。「なぜ」という問いには、責める響きが内包されています。相手は防御態勢に入り、客観的な分析ができなくなります。

コーチングの世界では、こう問い直します。「なにが障害になったのですか?」。たった一語の変換ですが、思考の方向がまるで変わります。「なぜ」は過去の原因を追及し、「なに」は客観的な事実の探索を促す。

日本におけるコーチング分野の第一人者、鈴木義幸氏が提示するのは、コーチングに対するそもそもの認識の転換です。コーチングとは「答えを引き出す」技術ではない。「問いを二人の間に置いて、一緒に探索しながら、相手の発見をうながす」対等なパートナーシップである。この一点が腹落ちするだけで、部下との向き合い方が根本から変わります。本書は2000年の名著の大幅改訂版として、62の具体的スキルを体系的に解説する一冊です。

こんな人に読んでほしい

部下への指示が一方通行になっている自覚があるマネージャー。1on1の時間が「報告を聞くだけ」になっている上司。答えを教えるのではなく、自分で考えて動ける部下を育てたいリーダー。

「引き出す」をやめて、「一緒に探索する」に変える

コーチングの入門書や研修で最もよく聞くフレーズが「相手の答えを引き出す」です。著者はこの表現に潜む危険性を鋭く指摘します。「引き出す」という言葉には、コーチの側に答えがあり、相手はそれを言わされる側にいるという上下関係が隠れているのです。

著者が提示する代替は「問いを二人の間に置いて、一緒に探索する」というスタンスです。コーチも答えを知らない。知らないからこそ、本当に好奇心を持って問いかけることができる。相手は「試されている」のではなく「一緒に考えている」と感じ、防御を解いて自由に思考し始めます。

このスタンスの違いが最も顕著に現れるのが、「なぜ」と「なに」の使い分けです。「なぜ遅刻したの?」と聞けば、相手は責められていると感じて言い訳を探します。「なにがあったの?」と聞けば、事実を客観的に振り返る余裕が生まれます。著者はこれを「なぜの排除」と呼び、コーチングの基本原則として位置づけています。

さらに著者が重視するのが「チャンク・ダウン」──大きなかたまりをほぐす技術です。「最近どうですか?」という漠然とした問いは、相手の脳を疲れさせるだけです。「先週のプレゼンで、一番手応えがあったのはどの部分?」と具体的に問いかければ、相手はスムーズに話し始めることができます。反対に、具体的な話が出揃ったら「一言でまとめると?」と抽象概念を抽出する「チャンク・アップ」も使います。この往復運動が、相手の中に新しい気づきを生みます。

人のタイプを見極め、伝え方を変える

本書の2つ目の核心は、「相手に合わせる」ことへの徹底したこだわりです。

著者が提示するのが、コミュニケーションスタイルの「4つのタイプ」分類です。指示を嫌い自分で決めたい「コントローラー」。アイデアと自由を好む「プロモーター」。客観的なデータと慎重さを重視する「アナライザー」。人の役に立ちたくて評価を求める「サポーター」。同じ言葉をかけても、タイプによって受け取り方はまったく異なります。

たとえば「ここ、もう少し工夫してほしい」という一言。コントローラーには「方向性だけ伝えて任せる」のが有効ですが、アナライザーには「具体的なデータや基準を示す」必要があります。プロモーターには「すごいアイデアになりそう」と可能性を見せ、サポーターには「あなたの力が必要」と貢献を認める言葉が効きます。

もう一つ著者が重視する承認の技術が「Iメッセージ」です。「君は優秀だ」は上からの評価(Youメッセージ)であり、相手の心にはストレートに届きません。「君のプレゼンを見て、私は安心した」と、「私」を主語にして自分に与えた影響を伝える。これがIメッセージです。評価ではなく影響を伝えることで、相手は「認められた」と感じます。オウム返しで安心感を与え、枕詞で対話のハードルを下げ、Iメッセージで承認する。この組み合わせが信頼関係の土台を作ります。

「失敗する権利」を与え、行動に火をつける

3つ目の視点は、相手の行動を引き起こす仕掛けです。

目標達成に向けて部下を動かしたいとき、多くの上司がやりがちなのは「プロセスの説明」です。「まずAをやって、次にBをやって……」。著者はこのアプローチを否定します。人が動くのは、行動のプロセスをイメージしたときではなく、「行動の先にあるいいこと」をありありとイメージできたときです

面白いのが「not want」の活用です。「やりたいこと」が見つからない相手に対して、著者はあえて「やりたくないこと」を30分間徹底的に語らせます。嫌なことを語ることで感情にエネルギーが生まれ、その対比として本当にやりたいことが浮かび上がってくる。正面から「やりたいこと」を問うよりも、はるかに深い本音に到達できる方法です。

そして行動が決まった瞬間に著者が使うのが「ファイアー」です。低く真剣な声で「絶対にやってくださいね」とストレートにリクエストする。ここで遠慮してしまうと、相手のコミットメントは曖昧なまま消えていきます。ただし、その前提として不可欠なのが「失敗する権利」を与えることです。「結果はどうあれ、いつでもサポートするから」と伝えることで、挑戦のハードルが下がります。失敗を許容する安心感と、行動を求める真剣さ。この両方があって初めて、人は自発的に動き出します。

実践アクション:今日から始める3ステップ

1. 「なぜ?」を封印し、「なに?」に置き換える

明日から意識してほしいのは、部下が失敗したときの最初の一言です。「なぜミスしたの?」を「なにが障害になったと思う?」に変えてください。「なぜ」は原因追及の響きがあり、相手を防御モードに入れます。「なに」は事実を客観的に探索する問いであり、一緒に問題を見つめるキャンバスを広げる効果があります。よくある失敗は、言葉だけ「なに」に変えても、表情や声のトーンが「なぜ」のまま変わっていないケースです。問いかけの言葉と、「一緒に考えよう」という姿勢をセットで切り替えることが重要です。

2. 褒めるときは「I(アイ)メッセージ」で伝える

「さすが」「すごい」で終わらせるのをやめてください。代わりに「あなたの〇〇を見て、私は△△と感じた」と、自分への影響を主語を「私」にして伝えます。「今日の提案書、読んで私はワクワクしたよ」。この一言で、相手は「評価された」ではなく「影響を与えた」と感じます。よくある失敗は、Iメッセージのつもりで「私はすごいと思う」と言ってしまうこと。これは評価を「私は」で包んだだけです。「あなたの行動が、私にどんな影響を与えたか」を具体的に言語化する練習が必要です。

3. 行動が決まったら「ファイアー」で火をつける

1on1やコーチングの最後に、相手が「やります」と言ったら、そこで終わりにしないでください。声のトーンを落として、真剣に「絶対にやってくださいね」と伝える。この一言がコミットメントの強度を劇的に高めます。よくある失敗は、ファイアーの前に「失敗する権利」を伝え忘れることです。「結果はどうあれサポートする」という安心感がないまま「絶対にやれ」と言えば、それはただの命令になります。許容と真剣さ、両方を伝えてこそ、自発的な行動が生まれます。

おわりに

「コーチングとは、問いを二人の間に置いて、一緒に探索しながら、相手の発見をうながすこと」。本書のこの定義が、すべてを集約しています。答えを教える人は二流。答えを引き出そうとする人もまだ足りない。本当に人を活かすのは、自分も答えを知らないまま、一緒に探索する覚悟を持てる人です。その姿勢を持った瞬間から、目の前の人は「教えられる側」から「共に創る仲間」に変わります。


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