「スキマ時間を活用しましょう」。学び直しの本を開くと、必ずこの言葉に出会います。
でも、5分10分をかき集めて、本当に力がついた実感がありますか。私は正直、なかったのです。本書はそこに釘を刺します。スキマ時間を過大評価してはいけない、と。
著者の三輪裕範さんは、伊藤忠商事で働き続けた現役のビジネスマン。学者でも評論家でもない人が、忙しい毎日からどう学ぶ時間を絞り出すかを、泥臭く書いた一冊です。
こんな人におすすめ
- 学び直したいのに「時間がない」が口癖になっている会社員
- 学者が書いた高尚な読書論を読んで、現実と違いすぎて挫折した人
- 本を図書館で借りてばかりで、なぜか知識が積み上がらないと感じる人
- 新聞やニュースを毎日追っているのに、大局がつかめず疲れている人
一つでも当てはまるなら、本書はあなたの「学べない理由」を具体的に潰してくれます。
この本の核心――学びの土台は、まとまった時間にある
本書は3つの柱で組み立てられています。時間の作り方、本の選び方、新聞・雑誌の読み方。この順番自体に意味があります。
まず大前提として、著者は能力主義の時代を直視します。
「『どのような人なのか』という人柄重視から、『何ができる人なのか』という、能力や実力重視の時代になってきた」
年功序列で自動的に給料が上がる時代は終わった。だから市場価値を高める学びが要る。でもその学びには、まとまった「絶対的な時間」が必要だ、と。
ここで著者は通説に逆らいます。スキマ時間を称賛する本が多いなかで、スキマ時間は不規則で断片的だから、それだけを核にしてはいけないと言うのです。学びの土台は、まとまった時間。スキマ時間はあくまで補助。この優先順位が本書の出発点です。
年間600時間を、朝と昼休みで作り出す
では、まとまった時間をどう作るか。著者の答えが「年間600時間方式」です。
計算はシンプルです。平日に毎日1時間、これで年間約260時間。土日のどちらか、あるいは両日に各3時間で年間約312時間。祝日も足せば、合計で年間約600時間になります。
この600時間がどれくらいの密度か。著者によれば、大学の入門レベルの講義時間に匹敵する。一つの分野に集中すれば、1年で専門家レベルの基礎知識を得るのに十分な量です。
カギは時間帯です。著者は朝型を強く勧めます。
「朝1時間の知的作業は、夜の3時間に匹敵する」
仕事で疲れ切った夜に勉強しても頭に入らない。一晩眠ってクリアになった朝のほうが、3倍効率がいい、と。
もう一つの宝の時間が昼休みです。著者自身、人間ドックで血糖値を指摘されたのをきっかけに、昼食をおにぎり2つで済ませるようにしました。すると静かなオフィスで、昼休みのほぼ1時間が勉強時間に変わった。昼休みの活用だけで、年間100〜200時間が生まれる計算です。
そしてここでもう一つ、本書らしい泥臭い知恵が出てきます。時間を守るには、誘いを断る勇気が要る、と。
「いったん勉強すると決意したのなら、まわりの人間からの誘いに対しては、心を鬼にして『ノー』と言う勇気がいる」
著者は「3回に1回は断る」ルールを勧めます。どうしても出る飲み会では、元日銀理事の吉野俊彦氏が実践した「逃げの大家」の技を紹介します。身軽な格好で行き、出口に近い席に座り、頃合いを見てサッと抜ける。ここまで具体的だからこそ、真似できます。
スキマ時間には「適時適書」を
スキマ時間を否定したわけではありません。著者が言うのは、時間の性質に本を合わせる「適時適書」です。
5分10分のスキマには、語学の単語暗記や、一区切りで読み切れる短編、雑誌の切り抜きを充てる。まとまった時間には専門書を腰を据えて読む。時間と本を適材適所で組み合わせる発想です。
著者は雑誌を丸ごと持ち歩くのをやめ、読みたい記事だけをカッターで切り取って内ポケットに入れたといいます。同じ工夫を作家の池澤夏樹氏もしている。重い雑誌をばらして必要なページだけ持つ。こうした小さな最適化が、スキマ時間を生きた時間に変えます。
本は「身銭を切って」買う
第2章の主張は明快です。読書こそ勉強の王道であり、本は借りずに買え。
「本は図書館や人から借りるのではなく、多少無理をしてでも、身銭を切って買っていただきたい」
理由は3つあります。
ひとつ、身銭を切ると真剣に選ぶようになり、「選書眼」が養われる。借りた本は痛みなく返せるので、見る目が育たない。
ふたつ、身の回りに本が増えることで「精神の巣」とも呼べる読書環境ができる。背表紙を毎日眺める空間が、読書への心理的抵抗を下げてくれます。
みっつ、読みたいと思った瞬間に手元にないと、その本との縁が切れる。知的好奇心が湧いた一期一会を逃さないためにも、買って手元に置く。
著者はこの姿勢の極端な例として、マイクロソフト日本法人元社長の成毛眞氏を挙げます。入社後3年間、服も娯楽も我慢し、1食200円の宅配で食費を削ってまで、給料の大半を本に注ぎ込んだ。その投資が今の自分を作ったと考えているそうです。
良書を見抜く、4つのチェックポイント
買うべき本をどう見極めるか。著者は具体的なチェックポイントを示します。
1. 目次・前書き・解説文を読む これで本の問題設定や内容が自分に合うか判断できます。本文をめくる前に、まずここを読む。
2. 文章が論理的で明晰か見る 接続詞が適切に使われ、筋が通っているか。読みにくい本は、たいてい中身も濁っています。
3. 形容詞の多用を警戒する 形容詞で飾り立てた本は、内容の薄さを「厚化粧」でごまかしている可能性がある、と著者は言います。
4. 著者の略歴を見る 大学教員の本なら、一番勉強している准教授・講師、あるいは執筆意欲の衰えない65歳以上の教授が書いたものを選ぶ。年齢で選ぶこの基準は、かなり独特です。
入門書については、意外な助言があります。「〇〇入門」と銘打った本が、必ずしも初心者向けにやさしいとは限らない。むしろ図解の多い「お手軽本」や、高校の学習参考書、子供向けの本やマンガから入るほうが、全体像をすんなりつかめる。
「本の価値というのは、その本が現在の自分にとって役に立つのか立たないのか、その一点だけにかかっている」
大人が子供向けの本を読むのは恥ずかしい、という見栄を捨てさせる一言です。
新聞は読みすぎない――週末まとめ読みで鳥瞰する
第3章のテーマは、情報との距離の取り方です。著者の主張は、新聞は読みすぎてはいけない。
毎日すべてを精読すると、時間を奪われるうえ、断片的な情報を追うだけの「虫瞰的視点」に陥ります。虫の目で地面を這うように、細部しか見えなくなる。
代わりに勧めるのが「週末まとめ読み」です。平日は見出しとリード部分だけを流し読みし、じっくり読みたいコラムや特集に赤ペンでマークしておく。週末にそれを一気に読む。すると、点として散らばっていた情報が線でつながり、物事を高い空から俯瞰する「鳥瞰的視点」、つまり大局観が育ちます。
記事の読み方にも注意点があります。
ひとつは、事実と記者の憶測を区別すること。観測記事に振り回されないためです。
ふたつは「論理の連鎖」を自分で補うこと。
「最初と最後だけは書いてあるのですが、その途中の『論理の連鎖』がすっぽり抜け落ちている不親切な記事が、いまだに散見されます」
日本の新聞は字数の制約で、原因から結果までの中間が抜けがちだから、読者が補助線を引いて読む。
みっつは「ベタ記事」に注目すること。紙面の隅の小さな記事、特に国際面のベタ記事には、後に大ニュースに化ける情報が潜んでいることがある、と。
そして本書は、新聞の限界もはっきり言います。
「新聞を読んで得た知識だけでは、単なる『物知り』にすぎません」
断片情報をいくら集めても専門性にはならない。気になったテーマは本で深掘りする。ジャーナリストの池上彰氏が「フロー」と「ストック」と呼ぶこの往復が、教養を血肉に変えます。
時間より「量と密度」、そして異ジャンルの組み合わせ
著者は学びの成果を、時間そのものでは測りません。
「勉強量=時間×密度であり、最も重要なことは、どれだけ勉強できたかという勉強量です」
「今日は2時間やる」ではなく「今日は問題集を20ページ進める」。時間目標ではなく成果目標を立てる。精神科医の和田秀樹氏も、やった時間より残した量を重視せよと説いています。
密度を保つコツが、異ジャンルの組み合わせです。同じ分野を長時間続けると飽きる。だから英語の本を1時間読んだら次は日本語の本、というように意図的に切り替える。能率が上がるうえ、知識の幅も広がります。
学びの行き着く先は「ホームグラウンド」
本書が最後に置くゴールが「ホームグラウンド」です。
ホームグラウンドとは、一生をかけて探求したいと思える、自分だけのテーマや専門領域。様々な勉強を試行錯誤した末に行き着く、知的活動の拠点です。
著者は文豪・谷崎潤一郎の例を挙げます。西洋かぶれの作品を書いていた谷崎が、関西へ移り住み、その風土と『源氏物語』に没入することで、「関西」と「平安期」という二つの井戸を掘り当て、『細雪』などの傑作を生んだ。
勉強の最終目的は、資格やスキルアップそのものではない。一生問い続けられる軸を一つ持つこと。そこに本書は収斂します。
明日から何を変えるか
本書の提案のなかから、今日始められるものを三つ。
1. 明日の朝、30分早く起きて本を開く 夜のスマホやテレビを少し削って早く寝る。クリアな頭で30分だけ読む。まず朝型の入口を作ります。
2. 昼休みの昼食を軽くして、残りを読書にあてる おにぎりやサンドイッチで手早く済ませ、静かなオフィスで本を読む。年間100時間以上が、ここから生まれます。
3. 新聞・ニュースは平日は見出しだけ、週末にまとめ読みする 気になる記事に印をつけて寝かせ、週末に一気に読む。断片を線でつないで、大局観を作ります。
おわりに
スキマ時間をかき集めて疲れていた人ほど、本書は楽にしてくれます。学びの主役は、まとまった時間。スキマは脇役でいい。
「最も大切なことは、とにかく毎日続けるということです」
難しいことは一つもありません。明日まず一つやるなら、いつもより30分早く起きて、買って積んだままの本を1冊、開いてみてください。あなたのホームグラウンドは、その繰り返しの先にあります。
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