競争に勝っても、利益では負けている
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2012年、アメリカの航空会社の片道運賃は平均178ドルでした。そのうち航空会社の利益として残ったのは、1人あたり37セントです。
ピーター・ティール氏が『ゼロ・トゥ・ワン』の刊行に合わせて、2014年に米ウォール・ストリート・ジャーナルへ寄せた論考で紹介した数字です。同じ年のグーグルは売上の21%を利益として残し、その利益率は航空業界の100倍を超えていたと同氏は書いています。
古い話に聞こえるかもしれません。ただ、国際航空運送協会(IATA)が2026年6月に公表した見通しでも、2025年の航空業界全体の純利益率は4.2%、乗客1人あたりの純利益は9.10ドルでした。年に50億人近くを運ぶ産業が、1人あたりこの額しか残せていません。
誰もが必要とするサービスで、これだけ利益が薄くなる。原因は、競争のしかたそのものにあります。
比べられるのが価格だけになると、利益は消えていく
経済学の教科書にある「完全競争」では、どの会社も同じ商品を売り、価格は市場が決めます。儲かる市場には新しい会社が入り、供給が増えて価格が下がり、利益は消えていきます。ティール氏は論考で「完全競争のもとでは、長期的にはどの会社も経済的利益を上げられない」とまとめています。
現実の市場は教科書ほど単純ではありません。ただ、同じ方向に近づく力は働きます。ジョアン・マグレッタ氏は、マイケル・ポーター氏の理論を解説した『〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略』で、この状態を「最高を目指す競争」と呼んでいます。
全社が同じ顧客を同じ基準で奪い合うと、商品は似ていきます。違いが見えなくなった顧客は、価格で選ぶしかありません。同書は航空業界やホテル業界を、各社の違いが薄れて収益性が落ちていった「競争の収斂」の例に挙げています。
航空会社は黒字です。それでも十分に儲かっているとは言えません。『ROIC経営』(KPMG FAS、あずさ監査法人)は、事業の合格ラインを「黒字かどうか」から「投下資本利益率(ROIC)が資本コスト(WACC)を上回るか」へ引き上げるべきだと説きます。
IATAは2025年12月の見通しで、2026年の業界全体のROICを6.8%、WACCを8.2%と見積もりました。帳簿の上では黒字でも、資金の出し手が求める水準には届いていません。
1%の値下げが、営業利益の11%を消す
違いが見えない市場で顧客を取りにいくと、まず使われるのが値下げです。そして値下げは、見た目よりずっと大きく利益を削ります。
マッキンゼーのマイケル・マーン氏とロバート・ロジエロ氏は1992年のハーバード・ビジネス・レビューで、米国企業2,463社の平均的な損益構造をもとに計算しました。販売数量を1%増やすと営業利益は3.3%増えます。価格を1%上げると、営業利益は11.1%増えます。
逆も同じです。数量が変わらないまま価格を1%下げると、営業利益の11.1%が消えます。値下げ分はそのまま利益から引かれますが、販売が増えればその分の原価もかかるからです。
たとえば、売上100、変動費60、固定費30、営業利益10の会社が5%値下げしたとします。販売数量が変わらなければ、利益は10から5へ半減します。元の利益に戻すには、販売数量を14%以上増やさなければなりません。しかも競合が同じだけ値下げすれば、その販売増は来ません。
これが業界全体で起きた例が、太陽光パネルです。世界最大級のメーカーである中国の隆基緑能(LONGi)の2024年の年次報告書によると、中国の業界全体でポリシリコン、ウエハー、セル、モジュールの生産量はいずれも前年から10%以上増えました。需要も伸びています。
それでも価格は、ポリシリコンが39%超、ウエハーが50%超、セルとモジュールが約30%下がりました。同社の売上高は36.23%減り、粗利率は10.82ポイント下がって7.44%になりました。2023年に107.5億元あった純利益は、2024年には86.2億元の赤字です。
報告書は原因を、需給の不一致と「非合理な低価格競争」、そして「同質化した競争の激化」だと説明しています。売れる量が増えても、全社が同じものを安く売り合えば、利益は残りません。
相手に合わせて動くほど、差は縮んでいく
値下げに限らず、競合を意識した打ち手には共通の弱点があります。相手が同じ手で応じられることです。
パメラ・ダーファス氏らは2008年、米国の11業界について、新聞や業界誌の記事およそ7万7,000本から4,700件を超える競争行動を拾い出し、業績との関係を調べました(Academy of Management Journal掲載)。価格の変更、新製品、設備の増強、地域展開、販促といった打ち手です。
結果は、鏡の国のアリスにちなんで「レッドクイーン効果」と呼ばれる形になりました。自社が動くと業績は上がります。ところがその動きは、競合の行動の数と速さも増やします。そして増えた競合の行動が、最初に動いた会社の業績を押し下げます。
著者らは、だから動くなとは言っていません。著者の一人は、ライバルの反応があっても動くほうが常によいと述べています。ただ、真似されやすい打ち手の利益は長く続きません。走り続けても、同じ場所に留まりやすくなります。
ティール氏も、競争に気を取られると相手の真似に走りやすいと書いています。たとえば、スクエアが正方形の小さなカード読み取り機を出すと、後発各社は半月形、筒形、三角形の読み取り機を出しました。形まで相手を意識した結果です。競合に反応するたびに、各社の違いは小さくなっていきます。
競争に巻き込まれているかを測る3つの方法
ここまでの話は「競争を避ければうまくいく」という意味ではありません。まずは、自分がどれだけ価格と模倣の競争に巻き込まれているかを数字で確かめることです。
誤解:少し安くすれば、販売が増えて取り返せる → 値下げを決める前に、元の利益を保つのに必要な販売増を計算してください。必要な販売増は「値下げ率 ÷(値下げ前の粗利率 − 値下げ率)」で出ます。たとえば粗利率40%で5%下げるなら、14.3%です。その数字を見てから、競合が追随しない理由を説明できるかを問います。5分でできます。
誤解:自社の市場を狭く定義すれば、競合はいない → ティール氏は、独占していない会社ほど「自分たちは唯一の存在だ」と言いたがると指摘しています。同氏の例では、パロアルトで英国料理店を開く人は「英国料理」なら独占できると考えます。でも客が実際に比べるのは、近所のレストラン全体かもしれません。自社の市場を、顧客が実際に比べている範囲で書き直してみてください。狭く定義したときにしか独自に見えないなら、実際には競争の中にいます。
誤解:競合の新機能や値下げには、すぐ追随すべきだ → この半年に出した施策を書き出し、競合への反応として始めたものに印をつけます。印が大半なら、自社の打ち手は相手が決めています。その施策が生んだ利益が、黒字かどうかではなく資本コストを上回っているかも確かめてください。
おわりに
競争の勝ち負けは、シェアや売上の順位で語られがちです。でも37セントや9.10ドルという数字が示すのは、順位を争っているあいだに、利益が顧客と資本の側へ流れ出ていく構造です。
相手と同じ基準で比べられるものからは、利益が残りにくい。自社の数字をこの視点で一度見直してみてください。
この記事で参考にした本
『ゼロ・トゥ・ワン』ピーター・ティール氏 → 完全競争では利益が消えるという議論、市場を狭く定義する「嘘」、スクエアの読み取り機が形まで真似された例。
『〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略』ジョアン・マグレッタ氏 → 「最高を目指す競争」が商品を似せ、顧客の判断基準を価格だけにしていく仕組み。
『ROIC経営 稼ぐ力の創造と戦略的対話』KPMG FAS、あずさ監査法人 → 事業の合格ラインを「黒字」から「ROICが資本コストを上回るか」へ引き上げる考え方。
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