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ブクドリ | BOOK DRIP

新しく学ぶより、いったん捨てるほうが難しい

約4分で読めます 学習・インプット
目次

学び直しという言葉を、私はずっと足し算だと思っていました。

知らないことを増やす。資格を取る。新しい分野の本を読む。

でも認知科学と教育史を並べて読むと、話が変わります。大人の学習でいちばん時間を食うのは、新しい知識を入れることではなく、すでに持っている枠組みを外すことでした。

起業家の孫泰蔵さんは『冒険の書』を、「なぜ学校の勉強はつまらないのか」という素朴な問いから始めています。そこから出てきた答えが、なかなか強烈です。

「基礎から順番に」は、歴史のどこかで作られた

私たちは、学びには正しい順序があると信じています。基礎を固めてから応用へ。

孫さんは、この順序を「基礎という神話」と呼びます。

彼が歴史をたどって示すのは、現在の学校システムが、産業革命や戦争という特定の状況の中で設計されたものだ、という事実です。決められた順序で、決められた内容を、年齢で区切って教える。この形は、システムに従順な労働者を効率よく育てるために有効でした。

つまり「基礎から順番に」は、真理ではなく、当時の課題に対する解決策だった。

たとえば、楽器やプログラミング。基礎練習を延々やってから曲を弾く、文法を全部覚えてから何か作る。この順序で挫折する人は多い。一方、好きな曲をいきなり弾こうとした人が続く、という話もよく聞きます。

孫さんは、初心者こそ基礎練習ではなく自由に遊ぶところから始めていい、と言います。

ただし、ここは条件つきで受け取るべきです。型を知らないまま我流を続けても、ある地点で頭打ちになります。孫さんの主張は「基礎は不要」ではなく「順序を絶対視するな」です。

大事なのは、いま自分が守っている順序が、誰のために作られたものかを一度疑うことのほうです。

「能力がある」は、結果からの後付けだった

もうひとつ、孫さんが崩しにかかるのが「能力」です。

彼の指摘は、こういう構造をしています。良い結果が出た。だから「あの人には能力がある」と評価する。そして「能力を高めれば良い結果が出るはずだ」と信じる。

よく見ると、これは循環しています。能力という実体を先に確かめたわけではなく、結果から逆算して名前をつけているだけです。

ここが効いてくるのは、自分を評価するときです。

たとえば、企画が通らなかったとき。「自分には企画力がない」と考えるのは、結果から能力を逆算する典型です。実際に起きているのは、その企画がその会議で通らなかった、という一件だけなのに。

メリトクラシー、つまり能力主義は、もともとマイケル・ヤングがディストピア小説で描いた概念でした。それが今では、格差を正当化し、人を競争に駆り立てる仕組みとして働いている。孫さんはそう見ています。

能力という言葉を使わずに自分を説明してみると、案外いろいろ書けます。「あの場面で、この判断をした」。実体があるのは、こちらのほうです。

知識は貼りつけるものではなく、組み替えられるもの

では、学ぶとは何をすることなのか。

認知科学者の今井むつみさんは『学びとは何か』で、知識を暗記すべき事実の寄せ集めと捉える見方を「ドネルケバブ・モデル」と呼んで批判しています。回転する肉に少しずつ肉を貼り足していくイメージです。

今井さんの立場では、知識は要素同士が関連づけられた動的なシステムです。だから学習は、貼り足しではなく再編になります。

面白いのは、その再編を邪魔するのが「自分で作った枠組み」だという点です。

今井さんはこれをスキーマと呼びます。スキーマがあるから、人は少ない情報から意味を推論できる。学習を加速させる装置です。ところが同じものが、次の段階では足枷になる。

わかりやすい例が、割り算です。「数とは自然数である」という思い込みを持っていると、割ると必ず小さくなると考えてしまう。0.5で割ると答えが大きくなる、という事実がうまく飲み込めません。

新しい知識が入らないのではありません。古いスキーマが、入り口で弾いている。

これは仕事でも起きます。前の会社の進め方が体に染みついていると、新しい職場のやり方が「非効率」に見える。実際には、前提が違うだけです。

アーリック・ボーザーも『Learn Better』で、学習の最終ステップに「再考する」を置いています。学びは苦労を伴い、失敗を通じて概念のつながりを組み替える過程だ、と。楽に進む学習は、たいてい何も動かしていません。

明日からできること

誤解:学び直しとは、新しい知識を増やすこと → 入れる前に、古い枠組みが入り口を塞いでいることがあります。足し算だけでは、量が増えて動きが鈍くなるだけです。

正しいアプローチ:「当たり前」を1つ選んで、由来を調べる → 自分の仕事で疑わずに守っているルールを1つ挙げ、「これは誰が、いつ、何のために決めたのか」を確かめる。多くは、今と違う前提のもとで作られています。

もうひとつ、5分でできることがあります。

最近うまくいかなかったことを1つ書き、「自分に◯◯力がないから」という説明を禁止して書き直してみる。使えるのは、実際に起きた出来事と自分がした判断だけです。

書けたものが、次に変えられる場所です。能力は変えられませんが、判断は変えられます。

おわりに

学びが進まないとき、私たちはインプットの量を疑います。

でも詰まっているのは、たいてい入り口のほうです。捨てるのは、増やすより地味で、時間がかかって、達成感もありません。

それでも、空けたぶんしか入りません。


この記事で参考にした本

『冒険の書 AI時代のアンラーニング』孫泰蔵 → 学校、基礎、能力といった当たり前が歴史の中で作られたものだと解きほぐす。思い込みを外すための一冊。

『学びとは何か-〈探究人〉になるために』今井むつみ → 知識は貼り足すものではなくシステムとして再編されるもの。スキーマが学習を助け、同時に妨げる構造がわかる。

『Learn Better』アーリック・ボーザー → 学習を体系的なプロセスとして捉え、最後に「再考する」を置く。楽な学習が定着しない理由を裏づけてくれる。


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『冒険の書 AI時代のアンラーニング』孫泰蔵|学校がつまらなかったのは、設計通りだった このコラムの前半で使った本の紹介記事です。教育システムの成り立ちをもっと詳しく知りたい人へ。

『学びとは何か-〈探究人〉になるために』今井むつみ|知識を「貼る」のをやめた人から、伸び始める スキーマと知識システムの話を正面から扱った記事。学習の仕組みを理解したい人におすすめです。

「Learn Better」アーリック・ボーザー著|学びの質を劇的に変える6つのステップで、あなたの人生を変える学習術 学び方を手順に落としたい人へ。価値づけから再考までの6ステップを具体的に解説しています。