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「20代は株より自己投資」は、半分だけ正しい

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約6分で読めます 投資・資産形成
目次

「年収400万円の人が500万円になれば、利回り25%の投資に成功したのと同じ」。

20代向けのお金の話で、よく見かける計算です。株の期待リターンが年に数%なら、自分に投資したほうが桁違いに得だ、という結論につながります。

方向としては、半分くらい当たっています。ただ、この計算には費用と因果の2つが抜けています。そして「株か、自分か」という二択の立て方そのものに、もっと大きな見落としがあります。

「年収25%アップ=利回り25%」に足りないもの

投資の利回りは、払った費用に対して何が返ってきたかで測ります。年収が100万円上がったという話には、この分母がありません。講座代はいくらで、何百時間を使ったのか。その時間で残業や副業をしていれば得られたはずの収入も、費用に入ります。

もう一つは因果です。学び続ける人は、もともと意欲や能力が高いのかもしれません。そういう人は、講座を受けなくても昇給した可能性があります。年収の伸びのうち、どこまでが学んだことの効果なのかは、比べる相手がいないと分かりません。

たとえば、同じ職場で英語の講座に通ったAさんと、通わなかったBさんがいたとします。Aさんの年収のほうが高くても、Aさんがもともと昇進しそうな人だったなら、講座の効果はその差より小さいはずです。

経済学者は、この2つの問題に何十年も取り組んできました。その結果を見ると、「自己投資」とひとくくりにされているものの中身は、かなりばらついています。

学校教育のリターンは、確かに高い

まず、自己投資の代表である教育から見ていきます。

中室牧子さんの『「学力」の経済学』は、教育を投資として扱い、株式投資と同じように収益率で考える教育経済学の見方を紹介した本です。同書は、教育投資の収益率がもっとも高いのは就学前の幼児教育で、年齢が上がるほど下がっていくという、ヘックマン氏らの研究も取り上げています。

では、学校にもう1年通うことの見返りはどのくらいか。ジョージ・サカロプロス氏と世界銀行のハリー・パトリノス氏が2018年に発表したレビューでは、139か国の1,120件の推計を集めた結果、学校教育1年あたりの個人の収益率は世界平均で年9%前後でした。高所得国に限ると8.2%です。しかも、この数字は何十年もほとんど変わっていません。

「もともと賢い人が長く学校に行っているだけでは」という疑いにも、検証があります。デビッド・カード氏は2001年の論文で、義務教育の年限の変更や、近くに大学があるかどうかといった、本人の能力とは関係なく就学年数を動かす条件を使った研究を整理しました。そうして推計した収益率は、単純な比較と同じか、それより大きいことが多かったのです。

ただし、この9%は「若いうちにフルタイムで学校に通った1年」の数字です。費用の大部分は、その1年に働いていれば得られた収入です。週末に受ける数万円の講座に、そのまま当てはまる数字ではありません。

社会人の「自己投資」は、当たり外れが大きい

社会人になってからの研修や講座はどうでしょうか。

オランダの経済学者エドウィン・ルーベン氏とヘッセル・オースターベーク氏は、2008年の論文で、仕事のための研修が賃金に与える効果を測り直しました。研修を受けた人と受けなかった人を単純に比べると、賃金は10〜17%高く見えます。

そこで比較の相手を、研修を受けたかったのに、家庭の事情や急な病気、同僚の欠勤といった偶然で受けられなかった人に絞りました。すると効果は、ほぼゼロまで縮みました。対象は中央値で40時間ほどの研修です。比較相手が77人と少ないので、この1本で断定はできません。ただ、「受ける人はもともと伸びる人」という偏りを除くと、短い講座の効果は見た目よりずっと小さいかもしれない、という結果です。

一方で、時間をかけた学び直しには、はっきりした効果も出ています。米カリフォルニア州のコミュニティカレッジで職業系の資格や学位を取った人を追ったスティーブンス氏らの研究(2019年)では、収入の伸びは平均で14〜45%でした。もっとも大きかったのは看護などの医療系で、それ以外の分野は15〜23%です。

効果が出るまでの時間も見ておく必要があります。カード氏らが200以上の評価研究を統合した2018年のメタ分析は、主に失業者向けの公的な職業訓練を対象にしたものです。修了直後の効果は平均するとほぼゼロで、2〜3年たつと大きくなり、技能の習得を重視したプログラムほど伸びていました。

先ほどの「年齢とともに収益率が下がる」という見方にも、異論が出ています。デビッド・レア氏とトニー・バートン氏は2020年、米ワシントン州の研究所が集めた施策ごとの費用対効果を使って検証し、幼い時期の施策ほど費用対効果が高いという傾向は確認できなかったと報告しました。

つまり、「20代だから自己投資は得」とは言い切れません。何を、どれだけ時間をかけて学ぶかで、見返りは大きく変わります。

人生をバランスシートで見ると、答えは「両方」になる

では、株と自己投資のどちらを選ぶべきか。ここで、二択の立て方そのものを見直してみます。

ロジャー・イボットソン氏らが2007年にCFA協会の研究財団から出した『Lifetime Financial Advice』は、個人の資産を2つに分けて考えます。一つは預金や株などの金融資本。もう一つは人的資本で、これから働いて得る収入を今の価値に直したものです。

同書によると、人的資本は多くの場合、個人がもつ最大の資産です。若い人は働ける年数が長く、まだ貯蓄する時間がなかったので、金融資本より人的資本のほうがはるかに大きい。そして、働いて貯蓄することは、人的資本を少しずつ金融資本に置き換えていく作業だと説明しています。

この見方では、株と自己投資は役割が違います。自己投資は、最大の資産そのものを大きくする行為です。金融資産は、その資産が抱えるリスクを分散する役を担います。同書には、証券会社の営業のように収入が株式市場と連動しやすい人は、学校の先生よりも金融資産に占める株の割合を低めにすべきだ、という例も出てきます。

グラットン氏とスコット氏の『LIFE SHIFT』も、スキルや知識といった無形の資産とお金を切り離しません。お金がなければ無形の資産に投資する余裕がなく、無形の資産がなければ長く稼ぎ続けられない。両者は支え合う関係だと書いています。

しかも、この2つは多くの場合、同じ資源を奪い合っていません。自己投資でいちばん大きな費用は時間です。橘玲さんは『シンプルで合理的な人生設計』で、低コストのインデックスファンドへの積み立てを自動化して資産運用を考える時間をなくし、浮いた時間を仕事の専門性に回すよう勧めています。積み立ては、一度設定すればほとんど時間を使いません。

20代のお金と時間の置き場所

ここまでの話を、行動に置き換えます。

誤解:株と自己投資は、同じ3万円の奪い合い → 自己投資の主な費用は時間で、積み立ては設定したあとほぼ時間を使いません。財布の配分より先に、時間の配分を決めるほうが実態に合っています。

正しいアプローチ:お金は低コストの積み立てで自動化し、時間は人的資本に回す → 積立額は、学びに使うお金を確保したうえで決めればかまいません。何にいくら積み立てるかは収入や家計で変わるので、迷うなら特定の商品を売る立場にない専門家に相談してください。

誤解:講座や資格は、受ければ年収に効く → 40時間ほどの研修は、偶然受けられなかった人と比べると、賃金への効果がほぼ消えました。

正しいアプローチ:市場で値段がついている技能に、長い時間をかける → 見返りは分野によって大きく違います。効果が見えるまで2〜3年かかる前提で、翌年の昇給だけで判断しないことです。

5分で始められることもあります。学ぼうとしている技能の名前で求人サイトを検索し、その技能が応募条件や給与の差として出てくるかを確かめる。出てこなければ、その講座代は楽しみのための出費と割り切るか、別の分野を探すかを決められます。

おわりに

20代で決めるべきなのは、株と自分のどちらを取るかより、お金と時間をそれぞれどこに置くかです。積み立ては自動で回しておき、自分の時間は、値段のつく技能を何年もかけて育てるほうに使う。人生のバランスシートで見れば、この2つは同じ方向を向いています。


この記事で参考にした本

『「学力」の経済学』中室牧子 → 教育を投資として扱い、収益率で比べる教育経済学の見方

『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット → お金とスキルなどの無形の資産は、互いを支え合う関係にあるという視点

『シンプルで合理的な人生設計』橘玲 → 資産運用を自動化し、浮いた時間を人的資本に回すという時間の配分


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