本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『残酷すぎる成功法則』エリック・バーカー氏|成功法則の9割は、あなたには当てはまらない

キャリア・働き方
約5分で読めます

「成功するならエリートコースを歩め」「勝者は決して諦めない」「いい人は最後に損をする」。

こういう言葉を、私たちはどこかで信じています。でも、その根拠を聞かれたら答えられません。誰かの成功体験談だったり、偉人の逸話だったり。要するに「宝くじの当選者が、宝くじを買えば億万長者になれると言っている」ようなものなんです。

エリック・バーカー氏の『残酷すぎる成功法則』は、世間にあふれる成功法則を一つずつエビデンス(科学的なデータや証拠)で検証した本です。監訳は橘玲さん。原題は「Barking Up the Wrong Tree」、つまり「間違った木に向かって吠えている」。その的外れな努力をやめるための一冊です。

こんな人におすすめ

特に刺さるのは、こんな場面に心当たりのある人だと思います。真面目に頑張ってきたのに職場で抜きん出る感覚がない人。親切にしているのに損な役回りばかり引き受けてしまう人。「ここで諦めたら負けだ」と思って成果の出ないことを続けている人。そして、自己啓発本を何冊も読んだのに結局どれが正しいのか分からなくなった人。

精神論ではなく、データで「努力の方向」を確かめたい人に効きます。逆に、「これさえやれば100%成功する」という断言がほしい人には向きません。本書はそういう魔法の杖を、最初から放棄しているからです。

この本が壊そうとしている思い込み

著者がいちばん強く拒むのは、「普遍的な成功法則は存在する」という前提です。

ある環境で武器になる特性が、別の環境では致命傷になる。だから本書は「どんな状況でも成功する魔法の法則」を探しません。代わりに、自分の強み(あるいは欠点)を理解し、それがプラスに評価される環境を意図的に選ぶこと。それを成功の鍵だと言い切ります。

論の進め方は、裁判に似ています。まず世間の常識を取り上げ、そのメリットをデータで示す。次に、真逆の主張が成功をもたらす研究を出して常識を揺さぶる。そして両者を統合して現実的な結論を導く。賛否を検証してから判決を下すような、弁証法的な構成です。読んでいて気持ちがいいのは、著者が「結論ありき」で都合のいいデータだけを並べないからでしょう。

私がこの本でいちばん独創的だと感じたのは、自己啓発に進化生物学や統計学を持ち込んだ点です。ネガティブに見える特性が特定の文脈で圧倒的な力を持つ、という発想は、ただの自己肯定とはまるで違います。「あなたのままでいい」ではなく「あなたが輝く文脈を探せ」。優しいようで、かなり戦略的な提案なんです。

「増強装置」という考え方が、いちばん効く

本書には章ごとに対立軸が並びます。エリートか、はみ出し者か。いい人か、嫌なヤツか。やり抜くか、諦めるか。外向型か、内向型か。自信か、謙虚さか。仕事か、家庭か。どれも面白いのですが、ここで全部を紹介してしまうと、この本を読む楽しみを奪うことになります。代表として、私がいちばん膝を打った一つだけ取り上げます。

それが「増強装置(インテンシファイア)」という概念です。

普段は欠点とされる特性が、特定の環境下で圧倒的な強みへ反転する。そのメカニズムを指します。たとえばウィンストン・チャーチルの偏執的な防衛意識は、平時には危険人物扱いでした。けれどナチス・ドイツの脅威という極限状態では、国を救う指導力に変わった。同じ性質が、文脈次第で正反対の評価を受けるわけです。

本書はこれを「蘭とタンポポ」でも説明します。タンポポはどんな環境でもそこそこ育つ。蘭は劣悪な環境では萎れるけれど、最適な温室を与えられればタンポポを遥かに超える花を咲かせる。多くの「はみ出し者」は、この蘭なんです。

卓越した人になるには、一風変わった人間になるべきだ。

著者はそう書きます(エリック・バーカー『残酷すぎる成功法則』より)。自分の尖った部分を矯正するより、その尖りが武器になる場所を探す。この一点を腹落ちさせるだけで、読む価値があります。残りの対立軸――いい人は損なのか、諦めることは戦略になりうるのか、内向型はどう戦うのか――については、それぞれに驚く反転とデータが用意されています。ぜひ本書で確かめてほしいところです。

データが突きつける、いくつかの「残酷さ」

この本のタイトルが「残酷」なのは、私たちが信じたい物語を、容赦なくデータで切り崩してくるからです。

たとえば、短期的には利己的で協調性の低い人のほうが収入が高くなりやすい、という調査がある。一方で、他人に惜しみなく与える「ギバー」を調べると、成績が最下位なのもギバー、最上位なのもギバーだった。同じ「いい人」が、なぜ両極端に分かれるのか。その分かれ目になる戦略がきちんと示されていて、ここは読みながら何度もうなずきました。

幸福についての話も印象的です。お金で買える幸福には早々に天井が来る一方、感謝と幸福の相関は驚くほど高い。具体的にどのくらい高いのか――喫煙とガンの相関と比べてどうなのか――は、本書のページをめくって確かめてほしい。数字を自分の目で見た瞬間に、優先順位が少し変わるはずです。

著者がデータの最後に置く結論も、あえてここでは伏せておきます。長期にわたる研究が指し示した「人生で本当に重要な、たった一つのこと」。それを知ったとき、キャリアやお金という物差しがどう見えてくるか。その答え合わせは、読者一人ひとりの仕事です。

おわりに

本書を読み終えて残るのは、「正解の成功法則」ではありません。

残るのは、問いです。自分はどんな特性を持っているか。それが武器になる池はどこか。自分にとっての成功とは、誰の基準で測るものか。

世間の常識を一度脇に置いて、自分の基準で人生を選ぶ。他人から借りた物差しで「成功」を測るのをやめる。その出発点をくれるのが、この本でした。

明日、何かを「諦めようか、続けようか」と迷ったら、思い出してほしい。それは意志の問題ではなく、戦略の問題なんです。具体的にどう戦略へ落とし込むのか――そのための実践的な道具立ても本書の後半に詰まっています。読んだうえで、自分の池を一度見直してみてください。


合わせて読みたい

『科学的な適職』鈴木祐 本書の「自分の特性が評価される池を選ぶ」という主張を、仕事選びに特化して掘り下げた一冊です。「好きを仕事に」「やりたいことで選ぶ」がなぜ後悔につながるのかをエビデンスで解き明かしていて、本書の環境選択論と強く響き合います。

『RANGE』デビッド・エプスタイン 本書の「小さな賭けを数多く打つ」「専門に絞る前に幅広く試す」という戦略を、より体系的に論じた本です。早く専門特化するより、幅を持って試行錯誤するほうが長期的に強いという視点が、本書の戦略的放棄と補完し合います。

『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘玲 本書の監訳者・橘玲さんによる一冊で、「やればできる」という呪いから自由になる生存戦略を扱っています。本書の「弱みは環境次第で強みになる」「自分を変えるより環境を選べ」という核心を、別角度から立体的に理解できます。


この記事をシェア:

関連記事

前の記事
『無病法』ルイジ・コルナロ氏|102歳まで病気知らずだった貴族の「極少食」
次の記事
『右脳思考』内田和成|ロジカルシンキングの「その先」にあるもの