「食べる量を減らして、運動を増やす」。
ダイエットの王道とされてきたこの方法で、一時は体重が落ちても、結局リバウンドした。そんな経験はありませんか。私もそうでした。意志が弱いせいだと、ずっと自分を責めていました。
本書は、その前提そのものを引っくり返します。肥満の原因はカロリーの摂りすぎではなく、インスリンというホルモンの過剰分泌にある。だから解決策は「食べない時間を作る」ファスティング(断食)だ、と。著者は腎臓専門医のジェイソン・ファン氏、臨床研究者のメーガン・ラモス氏、そして自身が大幅な減量に成功した起業家のイヴ・メイヤー氏。医学・臨床・当事者という3つの視点が交差する構成になっています。
「正しいダイエット」を疑うところから始まる
本書の面白さは、私たちが「当たり前」と信じてきた前提を、片っ端から疑ってかかる点にあります。
たとえば「摂取カロリーより消費カロリーが多ければ痩せる」という、ほとんど物理法則のように扱われてきた等式。著者はこれを真っ向から否定します。あるいは「運動すれば痩せる」という常識。健康のためには大切でも、肥満のコントロールという一点に限れば、ほとんど役に立たないと言い切る。
ここを読んでいて、私はずっとモヤモヤしていたことに名前がついた感覚がありました。なぜあんなに走ったのに体重が動かなかったのか。なぜ食事量を減らした分、かえって体がだるく省エネになっていったのか。著者の答えは一貫しています。体重を握っているのはカロリーの足し算ではなく、ホルモンなのだ、と。
カロリー制限がなぜ高い確率で失敗するのか、その具体的な数字は本書のなかでも一番ショッキングな箇所です。あえてここでは伏せておきます。実際の数値を自分の目で確かめたとき、これまでの失敗が「意志の問題ではなかった」と腑に落ちると思います。
真犯人としての「インスリン」という視点
では何が体重を決めているのか。著者の答えがインスリンです。
インスリンは、食事(特に炭水化物)を摂ったときに分泌され、余ったエネルギーを体脂肪としてためこむよう体に指令を出すホルモンです。つまり「ためこめ」のスイッチ。問題は、1日に何度も食べているとこのスイッチが入りっぱなしになり、体がずっと「蓄積モード」から抜け出せなくなることです。
著者はエネルギーの貯蔵を、冷蔵庫と地下の冷凍庫にたとえます。肝臓にためる分はすぐ出し入れできる冷蔵庫、体脂肪は容量無限だが取り出しにくい冷凍庫。常に食べていると冷蔵庫ばかり使い、冷凍庫の脂肪を燃やす出番が一度も来ない。だから太る。このたとえは秀逸で、自分の体のなかで何が起きているかが一枚の絵として腑に落ちます。
このほかにも、空腹がなぜ「胃の中身と無関係」に湧いてくるのか、なぜ朝食を抜くのが入口として理にかなっているのか、といった話が続きます。どれも「なるほど」と膝を打つ説明ですが、ここで全部明かしてしまうと本書を読む楽しみが消えてしまうので、メカニズムの核心は本書で確かめてほしいと思います。
ファスティングは「飢餓」ではなく「修復」
個人的に一番の逆転ポイントだと感じたのは、ファスティングが代謝を下げるどころか、むしろ上げるという主張でした。
無理なカロリー制限は体を省エネモードに追い込みますが、食べない時間を作ると話が変わる。インスリンが下がり、入れ替わりに脂肪を燃料として取り出すホルモンが働き始める。だから空腹のさなかに頭がぼんやりするどころか、むしろ冴える、と著者は言います。
食事は楽しいものでなくてはならない。罪悪感を抱かずに食べることを楽しめるようになれば、ファスティングもうまくできるようになる
この一文に、本書の思想が凝縮されています。断食というと禁欲や苦行のイメージがありますが、著者の語り口はその逆。空腹を「敵」ではなく「やり過ごせる波」として捉え直させ、食べることへの罪悪感から読者を解放しようとします。狩猟採集時代、空腹はむしろ獲物を探すための合図だった——そんな進化の話まで持ち出して、「食べない時間」を人間にとって自然なものとして描き直していく手つきは見事です。
具体的にどれくらいの時間で脂肪が燃え始めるのか、何時間のファスティングでどんな変化が起きるのか。象徴的な数字がいくつも出てきますが、それは本書を開いてのお楽しみにしておきます。
意志ではなく「環境」で勝つ、という発想
本書がただのダイエット本と違うのは、心理と環境にまで深く踏み込む点です。
著者は「食べ物を見たり、匂いをかいだりすると我慢できなくなるのは、意志の弱さではなく人間の自然な反応だ」と認めます。だから戦うのではなく、環境のほうを変える。家じゅうの誘惑を片付け、買い物は空腹時を避け、悪い習慣は「やめる」のではなく「別の報酬に置き換える」。臓器提供の同意率がデフォルト設定ひとつで国ごとに極端に変わる、という行動経済学の事例も引きながら、「健康的な選択を初期設定にしてしまえばいい」と説きます。
実践パートは、いきなり丸一日の断食を求めたりしません。間食をやめるところから始め、筋トレのように少しずつ負荷を上げていく階段状の設計です。私が試して一番手応えがあったのは、最初の一段——間食をやめて、口寂しいときは水や無糖の飲み物に切り替えるというものでした。ここだけでも体の感覚が変わります。残りのステップや、ファスティング明けに「何を食べるか」の指針は本書に詳しいので、そちらに預けます。手順を丸暗記するより、なぜそうするのかという理屈ごと本書で受け取ったほうが、続けられるはずです。
どんな人に効く本か
この本が特に刺さるのは、カロリー計算と運動を真面目に続けたのにリバウンドした人、健康診断で血糖値を指摘されて薬を増やしたくない人、そして何より「自分は意志が弱い」と落ち込んできた人だと思います。
本書の通奏低音は、罪悪感からの解放です。肥満は意志が弱いからではなく、間違った情報を与えられた結果である——その視点に立つと、不思議と肩の荷が下ります。巻末には、糖尿病や不妊に悩んでいた人々が立て直していく当事者の物語がいくつも収められていて、それが理屈に体温を与えています。
一方で、過食症など摂食障害の傾向がある人には注意が必要です。本書自身、ファスティングがドカ食いの引き金になりうるリスクを認め、その場合は専門家の受診を勧めています。また「食事制限なしで一瞬で痩せる裏ワザ」を探している人には向きません。これはあくまで、体の仕組みを理解し直し、習慣を組み替えていくための本です。
明日の朝、いつもの朝食に手を伸ばす前に、一度だけ「これは本当に空腹か、ただの習慣か」と問うてみてほしい。その小さな問いに引っかかった人にこそ、本書を開いてみてほしいと思います。
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