食べる量を減らした。ジムにも通った。なのに、体重が落ちない。
その失敗を、あなたは「意志が弱いから」だと思っていませんか。本書は、その自己嫌悪を真正面から否定するところから始まります。痩せられないのは性格のせいではなく、体の中で起きているホルモンの異常のせいだ──と。
著者のジェイソン・ファン氏は、トロントで活動する腎臓病の専門医です。末期腎不全の最大の原因が2型糖尿病だと気づいたところから、肥満の根っこにある「インスリン」というホルモンにたどり着きました。原題は『The Obesity Code(肥満の暗号)』。長年信じられてきたカロリー神話を、人体のメカニズムから解体していく一冊です。
この本がひっくり返す常識
著者がまず壊しにかかるのは、「食べる量を減らして運動量を増やせば痩せる」という、誰もが疑わなかった黄金律です。
なぜそれが間違いなのか。理由はシンプルで、摂取カロリーを減らすと、体は消費カロリーも一緒に減らしてしまうからだといいます。
摂取カロリーを減らすと消費カロリーも必然的に減るので、「摂取カロリーを減らせば体重が減る」という理論の根幹となる仮定条件が、そもそも間違っているのだ。
私が読んでいて唸ったのは、この主張が単なる理屈ではなく、過去の有名な飢餓実験や過食実験のデータで裏づけられていく構成の巧みさでした。極端に食べさせなかった人、逆に無理やり食べさせた人──体がどう反応したかを知ると、「体重は足し算引き算では決まらない」という一文の重みがまるで変わってきます。具体的な実験の数字とその顛末は、ぜひ本書で確かめてほしいところです。読み手の常識が、序盤で気持ちよく崩されていきます。
肥満の黒幕は「インスリン」というホルモン
では何が体重を決めているのか。著者の答えがインスリンです。
インスリンは膵臓から出るホルモンで、血液中の糖を細胞に取り込ませる働きをします。同時に、余ったエネルギーを脂肪として蓄える「肥満ホルモン」でもある。だから著者は、過食と肥満の因果がそもそも逆だと言い切ります。
私たちは食べ過ぎるから太るのではない。太っているから食べ過ぎるのだ
ここで本書の核になる概念が登場します。脳が「維持しようとする体重」をあらかじめ決めている、という体重の設定値(セットポイント)の考え方です。インスリンがこの設定値のつまみを回し、高い状態が続くと体は代謝を落としてでも太った状態を守ろうとする。食べ過ぎは原因ではなく、設定値が書き換えられた結果にすぎない──。
この視点の転換が、本書を貫く背骨です。なぜ短期のダイエットがリバウンドするのか、なぜ意志の力では勝てないのかが、この一本の線で説明されていく。長年自分を責めてきた人ほど、ここで肩の力が抜けるはずです。設定値を上げ続ける「真犯人」が何なのか、その悪循環の正体は、本書でじっくり追ってみてください。
「何を食べるか」と「いつ食べるか」
本書のフレームワークは、太らない食事を二つの問いに分けます。何を食べるか。そして、いつ食べるか。
「何を食べるか」については、添加糖や精製された炭水化物が槍玉に挙がる一方で、味方になる食品も具体的に示されます。たとえば天然の脂質。オリーブ油やナッツ、アボカドといった「いい脂肪」は、三大栄養素の中で最もインスリンを刺激しないとされ、避けるべき敵から一転、頼れる存在として描き直されます。意外な悪役や、置き換えの発想の落とし穴など、食品をめぐる著者の評価は思い込みを揺さぶるものが多いのですが、ここで全部を並べると本書を読む楽しみを奪ってしまう。詳しくは本書で。
そして本書がもっとも独創的なのが、二つめの「いつ食べるか」です。私たちが信じてきた「こまめに食べると代謝が上がる」も、「朝食はしっかり」も、著者はあっさり退けます。1日中だらだら食べることで、インスリンが休む時間が消えてしまうことこそが問題だ、と。
お腹が空いていないなら、何も食べなくていい
このシンプルな一文に、本書の思想が凝縮されています。
食事だけではない、肥満という多因子の病
もう一つ、本書を単なる食事本と一線を画させているのが、肥満を「多因子的な疾患」として捉える視点です。
ストレスホルモンのコルチゾール、そして睡眠不足。これらがインスリンを介してどう体重に効いてくるかが、データとともに語られます。とりわけ睡眠の話は説得力があり、食事を整えても痩せない人が次に疑うべき場所を示してくれます。
運動についての評価も独特です。著者は減量の道具としての運動にはかなり懐疑的でありながら、ホルモンを整える手段としては価値を認める。「運動しても痩せないなら無駄なのか」というよくある問いに、本書はYesでもNoでもない、もう一段深い答えを返してくれます。
どんな人に効くか
この本が刺さるのは、カロリー計算を真面目にやり切ったのに報われなかった人、こまめな食事や朝食神話を信じて実践してきた人です。数字と格闘する根性論ではなく、「なぜ痩せないのか」の仕組みから腑に落としたい人にこそ向いています。
逆に、明日3キロ落とす裏ワザを探している人には地味に映るかもしれません。本書が変えるのは体重計の数字よりも先に、肥満そのものへの見方だからです。
読み終えて残るのは、カロリーの数字ではありません。痩せられなかったのは意志が弱かったからではない、という静かな赦しと、それなら戦い方を変えられるという手応えです。何を食べるかに加えて、いつ食べないかを設計する。その出発点になる一冊として、自信を持っておすすめできます。具体的な食事の指針やファスティングの始め方は、ぜひあなた自身の手で本書から受け取ってください。
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