「あの人は天才だから」。 誰かのずば抜けた成果を見たとき、私はつい、そう言って片づけてきました。
でも、その一言で思考停止してしまうのは、もったいなかった。 許成準さんの『1日ごとに差が開く 天才たちのライフハック』は、その「天才」の中身を分解してくれる本です。
本書が紹介するのは、古今東西88人の天才たちの「習慣」です。 神格化された才能ではなく、真似できる行動として、彼らの成功を解体していきます。
こんな人におすすめ
- 自分には特別な才能がないと感じている人
- 集中力やアイデア、生産性を仕組みで底上げしたい人
- ストレスとの付き合い方を変えたい人
- 偉人のエピソードを楽しみながら学びたい人
この本の核心――習慣は、後天的に変えられる
本書の前提は、ひとつの数字から始まります。
雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」によれば、大人の知的能力のうち60%は先天的なもので、残りの40%は後天的なもの。 テキサス大学オースティン校の研究でも、学術分野の成功は約6割が先天的で、残りが後天的だとされています。
生まれつきの部分は、変えられません。 でも、4割は変えられる。その4割を左右する最強の道具が「習慣」だと著者は言います。
習慣を真似したからといって、すぐに天才になるわけではないが、彼らの成功の秘訣が日常に取り入れられることで、飛躍的な成長が可能となるだろう。
少年漫画で、主人公の技をコピーする敵がいます。 あのイメージに近い。すぐ天才にはなれなくても、習慣を盗めば差は縮まる。
本書はその習慣を、5つの課題に分けて整理しています。 集中力、アイデア、生産性、ストレス、学び。順番に見ていきます。
1. 集中力――選択を減らし、時間を意識する
天才たちは、自分の集中力という資源を、驚くほど大事に扱います。
象徴的なのが、オンライン決済サービスStripeを20代で立ち上げ億万長者になったパトリック・コリソン氏。 彼は自分のパソコンに、80歳までの残り寿命をカウントダウン表示させていました。
時間が無限ならテレビなどを楽しむでしょうが、人生の時間は限られているのです
もうひとつは、ノーベル物理学賞のリチャード・ファインマン氏。 彼はデザート選びで悩むのは人生の浪費だと考え、こう決めます。
私はこれから、デザートは常にチョコレートアイスクリームを食べる
ザッカーバーグ氏やジョブズ氏が毎日同じ服を着たのも、同じ発想です。 ささいな選択を固定して、決断のエネルギーを重要なことに温存する。
身体からのアプローチもあります。 ヘミングウェイ氏は立ったまま小説を書き、だらだら長くなるのを防いで簡潔な文体を磨きました。Facebookでも250人以上がスタンディングデスクを使っているそうです。
食事の管理も集中力に効きます。 ウォルト・ディズニー氏は午後の頭の働きが鈍るのを嫌い、昼はトマトジュースと軽食に減らしていました。満腹が眠気を呼ぶことを、経験で知っていたわけです。
環境の使い方には意外な例もあります。 天才数学者フォン・ノイマンは、あえてナイトクラブに紙と鉛筆を持ち込み、大音量の音楽の中で考えました。カフェのざわめきのような雑音(ホワイトノイズ)が、かえって創造的な仕事の生産性を上げることがあるのです。
2. アイデア――遊びと制約から生まれる
アイデアは、無から湧くものではありません。 本書はそれを、既存の組み合わせ・日々のインプット・遊びの産物として描きます。
抗生物質ペニシリンを発見したアレクサンダー・フレミング氏は、細菌で絵を描いて遊ぶ習慣を持っていました。 特別な目的はなく、ただ面白いから。その遊びの最中に、カビが細菌を殺す世紀の発見が生まれます。
知る人は好む人に勝てない。好む人は楽しむ人に勝てない
孫正義さんのやり方は、対照的に「制約」を使います。 留学資金を稼ぐため、毎日5分だけ、1日1つアイデアを考えると決めた。
無関係な単語を書いたカードを2枚引いて組み合わせる「強制結合法」を使い、音声つき翻訳機を発明してシャープに売却しました。 ラジオとカセットを組み合わせればラジカセになる、というあの発想です。
過去の自分を、未来の自分の味方にする方法もあります。 映画監督のクエンティン・タランティーノ氏は、友人のジョークや雑談での面白い話を、すかさずメモする習慣を持っていました。後でシナリオに活かすためです。
ふとした閃きは、その場でメモしないと消えます。 書き留めておけば、今のあなたが過去の自分の発想を借りて、2人分、3人分の力を一瞬だけ発揮できる。
歩くことも有効です。 ベートーヴェンは毎日3〜4時間散歩して曲想を得ていました。スタンフォード大学の2014年の研究でも、歩いているときは座っているときより創造性が平均60%高まるとされています。
3. 生産性――要領よく手を抜く
ここが、本書で一番痛快なパートかもしれません。 天才たちは、完璧主義より要領の良さを選びます。
『ドラゴンボール』の鳥山明さんは、殺人的な週刊連載を乗り切るために、描く手間を徹底的に省きました。 都市を破壊して廃墟にし、背景描写を消す。超サイヤ人の髪を白く塗って、塗りの手間をなくす。
これは怠慢ではなく、最小の労力で最大の結果を出す合理的な工夫です。
仕組みを極限まで簡略化したのが、Amazonのジェフ・ベゾス氏。 顧客からのクレームメールに「?」を一つだけ付けて担当者に転送し、数時間以内の解決を義務づけました。
仕組みは極限まで簡略化するほど定着しやすくなる
イーロン・マスク氏は1日を5分単位で区切ってスケジュールを管理し、昼食すら5分で済ませます。 感情を排したいなら、マリッサ・メイヤー氏のように選択肢を要素分解して点数化するチェックリストが効きます。
大きな仕事に詰まったときの定石もあります。 ギタリストのイングヴェイ・マルムスティーン氏は、速弾きを習得するために、右手のピッキングと左手の運指を別々に練習しました。
難しい全体を簡単な部分に分けて解決し、後で結合する。 「分けて征服する」という考え方です。
着手の順番を変えた人もいます。 推理小説の女王アガサ・クリスティーは、物語の核心である殺人シーンから書き始め、前後を後から補完しました。
最も重要な部分を先に片づけ、残りをそれに合わせる。 完璧主義の逆をいく合理性です。
4. ストレス――視点を変え、ルーティーンで守る
精神的な負担を、天才たちは視点の操作とルーティーンで管理しました。
ユリウス・カエサルは『ガリア戦記』で、自分を「私」ではなく三人称の「カエサル」と呼んで書いています。 当事者の立場を離れて自分を観察すると、感情を客観視でき、ストレスがやわらぐ。落ち込んだとき、自分を「彼/彼女は〜」と書き出すだけでも効果があります。
イチローさんのルーティーンは、苦行ではありませんでした。
いちばんストレスがない1日の過ごし方を追求した結果
ストレスを最小化する設計として日課があった、という順番です。 ここを誤解すると、ルーティーンが新たな苦しみになってしまいます。
意外なのは、ドナルド・トランプ氏の思考法。
私は楽観的な思考の力を信じていると思われているが、実は悲観的な思考の力を信じている。つまり、いつも最悪の事態を考慮している
最悪を5〜6個想定して代案を用意しておけば、何が起きても耐えられる。 水泳のマイケル・フェルプス氏も、トラブル込みのレースを脳内で秒単位でシミュレーションし、本番でゴーグルに水が入っても動じませんでした。
5. 学び――異分野へ越境する
最後は、才能を枯渇させないための学びです。
MicrosoftのCEOサティア・ナデラ氏は、超多忙でも毎朝15分、オンライン講座で最新テクノロジーを学びます。 1日のほんの断片を、未来の自分に天引きする発想です。
イーサリアムを開発したヴィタリック・ブテリン氏は、理系のプログラマーでありながら、趣味で外国語や経済学という文系の知識に触れます。 異なる刺激を脳に与えることで、疲労を防ぎ新しい発想を生む。
読書で異世界に触れる人もいます。 ビル・ゲイツ氏は外部との連絡を絶って山荘に籠もる読書休暇をとり、大量のビジネス書や新聞を読みました。理系のエンジニアたちに対し、経営戦略で優位に立つための時間です。
毎日の振り返りを習慣にしたのが、アメリカ建国の父ベンジャミン・フランクリン。 朝は「今日はどんな有益なことをしようか?」、夜は「今日はどんな有益なことをしたか?」と自問自答していました。問いを立てるだけで、1日の密度が変わります。
着手のハードルを下げる工夫もあります。 AlphaGoを開発したデミス・ハサビス氏は、寝る前に翌日の仕事に少しだけ手をつけておく。翌朝のスタートがぐっと楽になります。
そして、すべての土台にあるのが、行動でした。 ブルース・リー氏の言葉が、本書全体を貫いています。
知るだけでは不十分だ。実際に応用しなければならない。意志があるだけでは不十分だ。実行しなければならない
読んで、私が変えたこと
私がまず取り入れたのは、ナデラ氏の「毎朝15分」です。 大きな勉強時間は取れなくても、15分なら罪悪感なく続きます。
そして、ファインマン氏のチョコアイス。 朝に着る服と昼に食べるものを固定したら、地味に頭が軽くなりました。
ゴッホが弟テオへ生涯668通の手紙を書き、頭の中を整理していたという話も心に残っています。
偉業は衝動的に成就するものではなく、ひとつひとつの小さなことがひと繋ぎとなって成される
天才の成果は、ドラマチックな閃きではなく、地味な習慣の積み重ねだった。 それがわかると、自分にもできることが一気に増えます。
88人ぶんの習慣カタログから、自分に効く1つを選んで明日試す。 そういう使い方ができる、楽しくて実用的な一冊でした。
合わせて読みたい
『がんばらない戦略』川下和彦さん・たむらようこさん 本書の「要領よく手を抜く」が刺さった人へ。努力を努力と感じなくなる仕組み化を扱っていて、鳥山明さんの工夫やベゾス氏の「?メール」と同じ方向を向いています。
『複利で伸びる1つの習慣』ジェームズ・クリアーさん 「成功の40%は習慣で決まる」を科学的に深掘りしたい人に。小さな習慣の複利という考え方が、ナデラ氏の毎朝15分と地続きです。
『整える習慣』小林弘幸さん イチローさんの「ストレスゼロのルーティーン」に惹かれた人へ。実力を出し切るために自律神経を整える具体策がまとまっていて、本書のストレス管理を補強してくれます。


