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『お金と銭』中野善壽さん|貯め込むほど、お金は汚れていく

投資・資産形成 ✍ 中野善壽さん
約7分で読めます

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『お金と銭』
目次

通帳の残高を見て、なぜか安心できなかったことはありませんか。

増えているはずなのに、心のどこかがざわつく。もっと貯めなきゃ、という焦りだけが残る。私にもその感覚があります。

本書は、そのざわつきの正体を言い当てようとする一冊です。著者の中野善壽さんは、80歳を超えてなお現役の経営者。国内外で数々の企業再生を手がけてきた人です。

その中野さんが、稼いだお金にはもともと「汚れ」がついている、と言い切ります。だから、ただ貯め込むほど、その汚れは溜まっていく。お金との付き合い方を、根っこからひっくり返してくる本です。

図解

この本の核心――「お金」と「銭」を分ける

本書のすべては、ひとつの区別から始まります。「お金」と「銭」を分けて考えることです。

中野さんによれば、私たちが稼ぐ営みには、人の欲や恐れを刺激する側面がある。だから稼いで得たお金には、業(カルマ、行いによって生じる目に見えない負の力)が染みついている。

これを彼は「銭」と呼びます。この銭を私欲のためだけに使えば「不徳」――幸せを遠ざけるマイナスの力――を積むことになる。

ところが、ここからが面白い。同じお金でも、使い方しだいで性質が変わる、というのです。

「他人の幸せのため」と意識して正しく使えば、お金と相思相愛に。(本書より)

他人の幸せを意識して正しく使えば、汚れた「銭」は浄化されて輝く「お金」になり、運や良縁を呼ぶ「徳」を積める。逆に私欲のためだけに溜め込めば、汚れは積もっていく。

つまり、お金がきれいか汚いかは、稼いだ金額では決まらない。使い方で決まる。これが本書を貫く一本の軸です。

だから著者は、貯め込むことをはっきり否定します。将来が不安だから、とにかく貯める――その行為そのものを不徳だと言う。善く使えばお金は人とのつながりをつくって巡り、必要なぶんは自然と戻ってくる。

だからこそ「貯金は悪」とまで言い切る。ここまで断言されると当然反発も覚えますが、貯めても不安が消えないという私自身の実感と照らすと、妙に芯を食っている。

読んでいて一番、自分の常識が揺さぶられた箇所でした。

個人の財布から、会社の経営まで――一本の原則

私がこの本を単なる精神論で終わらせていないと感じたのは、「使い方が先」という発想が、個人の財布から会社の経営まで一貫して貫かれているからです。

たとえば経営。会社が苦しくなると、たいていの人はまず「何を削るか」を考えます。でも中野さんは、コストカットから新しいものは生まれないと言う。

立て直しの場面でも、まず手元のお金を「何にどう使うか」という攻めの戦略から決める。進む方向が定まると、新たな縁や運が動き、応援してくれる人が現れる――。

彼が手がけてきた企業再生は、削ることでなく使うことから始まっていたわけです。

個人の側では、出発点になるのが「暮らしを満たす最少金額」を知ることです。自分が過不足なく生きるのに、月にいくらあれば足りるのか。その線を正確に引き、超えた分は他者のために回せるお金として割り切る。

中野さん自身の場合、それは月50万円――生活費30万円に、お手伝いさんの費用20万円を足した額だといいます。

ここで大事なのは、これが我慢や禁欲の話ではないということ。著者はむしろ欲そのものを肯定します。欲はお金を回す原動力だから悪ではない。ただし足るを知らない過剰な物欲は身を滅ぼす毒になり、物欲を表に出せば物欲まみれの人間を吸い寄せ、人間関係まで濁らせる。

だから上限を決める。線を引くからこそ、その内側では伸び伸びお金を回せる――この発想の転換が、本書の心地よさの正体だと思います。

お金への執着を手放す作法も具体的です。困っている知人にお金を渡すときは「お貸しする」のではなく「さしあげる」。返してもらう前提を捨て、渡したらさっぱり忘れる。お金を「独占するもの」ではなく「流れていくもの」と捉え、流れを止めないために握らない、というわけです。

一番、手に取りやすい哲学――レジで「ありがとう」

数ある実践のなかで、私が一番好きなのはこれでした。

中野さんは、キャッシュレス全盛の時代にあえて現金派です。理由はふたつ。画面をかざすだけだと「お金を使った」実感が薄れて無意識の浪費につながること。

そして機械音だけで支払いを済ませると、モノやサービスを提供してくれた相手への感謝が遠のくこと。だから財布を「お金の家」として清潔に保ち、お札の向きを揃える。

買い物のときは店員の目を見て「ありがとう」と伝える。

レジで支払うときに「ありがとう」。必要なものを買えることに感謝を。(本書より)

商品が手元に届くまでには、作る人、運ぶ人、売る人がいる。その背景に想いを馳せながら支払う。たったこれだけのことで、お金のやり取りが決済から温かいコミュニケーションに変わる。本書の壮大な哲学が、もっとも小さく、もっとも今日から真似できる形で現れているのがこの習慣です。

難しい理屈を抜きにしても、ここだけ持ち帰る価値があると感じました。

「期待」を先に払い、数字と感性の両輪で見る

経営編に入ると、お金の使い方はさらに独特になります。象徴的なのが「期待給」という考え方です。

普通、給料は働いた成果に対して後から払うもの。でも中野さんが導入したのは、「あなたにはこれだけ期待していますよ」という思いを金額にして先に分配する給与でした。

成果を見てから払うのではなく、期待を込めて先に払う。人は期待し合うことで伸びる、という信念が根にあります。その背景には、どんなに有能でも一人でできることは限られている、無力で無知な自分を自覚するリーダーこそが強いチームを生む、というリーダー観がある。

だから給料も上から「与える」ものではなく、共に稼いだ収入を感謝とともに「分配する」ものになる。著者自身は経営報酬を受け取らず、責任と決断の自由を守っているといいます。

もうひとつ強調されるのが「簿記と感性の両輪」です。経営者はまず数字を頭に入れる。その上で現場を歩き回り、五感で空気を感じ取る。数字の上では黒字でも、現場の空気に違和感があるなら早く気づいて手を打つ。

論理(数字)と直感(現場の違和感)の両方を回せるかどうかが、潜在的なリスクを察知できるかを分ける、と。AIやデータへの過信にも釘を刺します。

AIの予測は結局、過去データの延長線でしかない。非連続な変化に向き合うには、不完全な人間の感性が欠かせない――。データ全盛の時代に、あえて人間の直感を持ち場に据える主張は、古びた精神論というより、むしろ今読むべき逆張りに見えました。

「意味」を売り、運は「人」が運んでくる

稼ぎ方そのものについても、本質的な転換が語られます。モノが溢れた現代では、顧客はもう単なる「機能」を買わない。求めているのは、自分だけが分かる満足感やストーリー、つまり「意味」だ、と中野さんは言う。

アパレル業界にいた彼の言葉を借りれば、無難なセーターを100枚売るより、どこにもない一着に10倍の値をつけて10枚売りたい。広く浅く万人受けするものはすぐ飽きられるが、「高くてもこれが欲しい」と熱烈に支持するファンに向けて価値をつくれば、小さくても強い商売になる、という発想です。

そして人生全体に関わる話として、運と縁の磨き方があります。中野さんいわく、運は地面から生えるものではなく「人」が運んでくる。だから運を良くしたければ、人との関わり方を選ぶ。

明るく前向きな人に寄り添い、依存心の強い人とは距離を置く。見分け方はシンプルで、初対面のとき体を正面に向け、相手の目の奥を10秒見て挨拶する。

それだけで縁の入り口になる、と。

運を遠ざける最大の敵は「執着」だとも言います。不安や恐れ、妬みや恨みが募ると執着に変わり、心を濁らせて判断を狂わせる。だから負の感情に気づいた段階で早めに手放し、「今、目の前」に集中して自分をリセットする。

本書にはこうした行動の指標として「TOKUBUN(徳分)」という言葉も登場します。自分が気持ちよく、かつ他人を必要以上に不快にさせない行為。

自己犠牲でも利己でもない、そのちょうどいいバランスの総量を日々積み上げることが幸福の基盤になる、という考え方です。

どんな人に効くか

正直に言えば、本書は万人向けではありません。業(カルマ)や徳といった精神性の語りが随所に出てくるので、今すぐ使える節約術や運用テクニックを求める人には肩透かしでしょう。「銭が汚れる」といった言い回しを、比喩として受け取れるかどうかでも評価は割れると思います。

逆に深く刺さるのは、収入は増えたのに満たされない経営者やリーダー、そして人生の後半でお金の「使い切り方」を考え始めた人です。「もっと稼げば解決する」と思ってきた人ほど、稼ぐ側ではなく使う側に答えを置くこの本に、足元をすくわれるはずです。

稼ぎ方の本は世にあふれています。でも、使い方の哲学を、ここまで実務の手触りとともに語る本は多くない。通帳の残高を見て、もし今日また少しざわついたら。

その額をどう増やすかではなく、どう使えば誰かが喜ぶかを、一度だけ考えてみる。その問いの答えを、ぜひ中野さんの言葉で確かめてみてください。


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『ユダヤ人大富豪の教え』本田健 「幸せな金持ち」と「不幸な金持ち」を分けるものは何か。お金の量ではなく付き合い方が幸福を決める、という本書の主張をもう一段深めたい人に。

『アート・オブ・スペンディングマネー』モーガン・ハウセル 高級品を買っても満たされないのはなぜか。「使い方」そのものを正面から扱った一冊で、足るを知り意味にお金を使う本書の実践編として読めます。


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