机に向かった。やる気はある。なのに10分でスマホを触っている。
その原因を、あなたは「自分の意志が弱いから」だと思っていませんか。本書はそこをきっぱり否定します。集中できないのは、脳が「自分を守ろう」として正常に働いた結果なんです。
著者の林成之さんは脳神経外科医。北京オリンピックの競泳日本代表(北島康介選手など)や平昌オリンピックの選手たちに、脳の仕組みに基づいた集中の作り方を伝えてきた人です。本書が言うのは一貫してこれだけ。集中力は根性ではなく、脳の「機能」だから、仕組みを知れば誰でも鍛え直せる。
「気合」を真っ向から否定する一冊
本書がいちばん強く拒むのは、「気合で頑張れば集中できる」という発想です。
脳には、入ってきた情報に「好き・嫌い」「おもしろい・つまらない」のレッテルを貼るA10神経群という部分があります。ここで「イヤだ」というマイナスのレッテルが貼られると、その先の思考はもう深まらない。
「『イヤだ!』と思うことに集中力はゼッタイ働かない」
著者の言葉です。なぜそんな仕組みになっているのか。背景には自己保存の本能、つまり「自分を守りたい」という最も根本的な本能がある、と本書は説きます。聞いたことのない話をすぐ受け入れられないのも、失敗しそうな仕事から逃げたくなるのも、この本能の働きだという見立てです。
ここがこの本の出発点であり、強みでもあります。著者は脳低温療法という治療法を6年かけて開発し、回復が難しいとされた重篤な脳障害の患者を社会復帰へ導いてきた人物。極限のプレッシャーの中で集中力を使い続けた実体験が、全編の土台になっています。だから主張に妙な熱と説得力があるんです。
集中力の正体は「自己報酬神経群」
本書の中心にあるのが、自己報酬神経群という神経の集まりです。
これは「自分からやってやる」「自分を認めてほしい」という気持ちを生み出す部分。集中力や意欲の源は、ここが働くかどうかで決まると本書は言います。そしてこの神経は、A10神経群が「好き」「おもしろい」とプラスのレッテルを貼った情報に対して活性化する。
つまり、「おもしろい」と感じる→プラスのレッテルが貼られる→自己報酬神経群が動く→集中力が出る、という順番です。気合はこの流れのどこにも出てこない。集中の引き金は損得ではなく「好き」という感情だ、という話に、私はひとり頷いてしまいました。
ちなみに本書は「人間の脳は何%まで力を発揮できるか」という象徴的な数値を出してくるのですが、その答えはぜひ本書で確かめてほしい。ここを読むと、「自分はまだ全然出し切っていなかったのか」と背筋が伸びます。
いちばん刺さるのは「集中力を奪う敵」の話
私が読んでいて手が止まったのは、集中力は「足す」より「引く」が大事だ、という章でした。本書は集中力を奪う敵をいくつか挙げるのですが、ここでは一つだけ紹介します。それは否定語です。
「ムリ」「疲れた」「できない」「でも」。こうした言葉が耳から入ると、脳が「この情報は必要ない」とマイナスに反応する。だからネガティブな言葉を口にするほど、集中力は静かに削られていく。
ただ、ネガティブな感情が湧くこと自体は止められません。そこで本書が出すのが、否定の感情を言葉で打ち消すという技術です。「無理だ」と思ったら、すぐに「……と思ったけれど、今日はやり遂げる」と言い直す。言語の力で瞬時にプラスへ変換するわけです。プロ野球選手にこの秘策を授けたエピソードも登場しますが、その中身は本書で。
このほかにも、損得勘定や「反省」といった、一見まじめで正しそうな態度が実は集中力の敵になっている、という指摘が続きます。とくに「反省」をめぐる本書の言い切りは、まじめな人ほどギクッとするはずです。残りの敵が何なのかは、本書でひとつずつ確かめてみてください。
「コツコツ」を捨てて一気に駆け上がる
本書でもっとも常識を覆すのが、「コツコツ努力する」を集中力の大敵だと断じるくだりです。
「コツコツやろう」という言葉の裏には、「慎重にいこう」という安全策と、「そろそろ終わりだな」という気の緩みが潜んでいる。どちらも自己保存の本能を過剰に働かせ、パフォーマンスを落とす——というのが著者の見立てです。代わりに勧めるのが、期限を切って一気に達成する「即行」。通常1時間の作業を「30分でやり切る」と自分に課すと、脳は一気に集中モードに入るといいます。
このあたりから本書は、チームの集中を高める「同期発火」、どこでも集中に入る「マイゾーン」、雑念の消えた「無心レベル」、ライバルを味方に変える発想、そして「心技体」ならぬ「技体心」という逆転の哲学へと進んでいきます。一個一個が独立したテクニック集ではなく、自己保存の本能をどう手なずけるか、という一本の道としてつながっているのが、この本の見事なところです。具体的な手順は、本書で順を追って味わうのがいいと思います。
どんな人に効くか
精神論ではなく、脳の理屈から「なぜ自分は集中できないのか」を知りたい人に、本書はよく効きます。とくに、練習ではできるのに本番で頭が真っ白になる人、まじめにコツコツやってきたのに成果が出ずに苦しんでいる人には、視界がひらける一冊になるはずです。
逆に、すぐ使える小技を数十個リストで欲しいタイプの人には少し回りくどく感じるかもしれません。本書はまず「集中できない根っこ」を脳の本能から解き明かし、そこから処方箋へ進む構成だからです。
読み終えて残るのは、テクニックの一覧ではなく、一つの態度です。集中できないのは意志が弱いからではなく、脳が正常に自分を守っているだけ。だったら、脳に「これは好きだ」「やってやる」と思わせる側に回ればいい。「年のせいで集中力が落ちる」は大ウソだ、と本書は言い切ります。落ちたのは脳の力ではなく、脳の使い方なのだと。明日、「面倒だな」と思った瞬間にこの本のことを思い出せたら、それだけでもう半分は変わり始めています。
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『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン 本書が「集中力を奪う三つの敵」を脳の本能から説いたのに対し、こちらは集中を最も激しく奪う現代の装置=スマホの正体を進化の視点から解剖します。マイゾーンからスマホを排除する理由を、生物学的に裏づけたい人に。
『集中力がすべてを解決する』樺沢紫苑 本書の「無心レベル」やマイゾーンと同じ、ゾーンに入る技術を扱った一冊です。脳科学者である林さんの本能アプローチと、精神科医の樺沢さんの実践アプローチを並べると、集中の入り口が立体的に見えてきます。
『整える習慣』小林弘幸 「実力を120に上げても、70しか出せなければ意味がない」という問題意識が、本書の「本番で力を出す集中力」とまっすぐ重なります。自律神経のコンディショニングという別ルートから、同じゴールへ近づける本です。

