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『マルチ・ポテンシャライト』エミリー・ワプニック氏|「好きを一つに絞れない」は欠陥ではなく才能だった

キャリア・働き方 ✍ エミリー・ワプニック氏
約7分で読めます

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『マルチ・ポテンシャライト』
目次

「大人になったら何になりたい?」

子どもの頃、何度も聞かれたはずです。そのたびに、一つ選ばないといけない気がして、なんだか落ち着かなかった人はいませんか。

新しいことに飛び込んで、夢中で学んで、ある程度できるようになると急につまらなくなる。また別のことを始める。その繰り返しで、「自分は飽きっぽい」「何をやっても中途半端」と思ってきた人もいるでしょう。

『マルチ・ポテンシャライト』は、そういう人に向けて書かれた本です。著者のエミリー・ワプニック氏は、音楽、アート、映画制作、法律と分野を渡り歩いてきた当事者。

本書を貫くのは、「やりたいことを一つだけ選んで、残りを全部捨てるなんてイヤだ」と考える人への、はっきりした肯定でした。一冊を通して著者がやろうとしているのは、慰めではなく、絞らないまま食べていくための設計図を渡すことです。

図解

この本が壊そうとしている思い込み

著者がまず解体するのは、「天職は一つ」という社会のロマンティックな思い込みです。

幼い頃から「一つの職業に絞ることが成功への道」と刷り込まれてきた。だから多くのことに惹かれる自分を、「器用貧乏」「飽きっぽい」と責めてしまう。著者は、この責めの構図そのものを疑います。

そして、多くのことに興味を持ち、次々と探求したくなる人をマルチ・ポテンシャライトと名づけました。マルチ(多くの)、ポテンシャル(潜在能力)、アイト(人)。複数の可能性を持つ人、という意味です。

この特性は欠陥ではなく、複雑な問題を解き、新しいものを生む強みなのだ、というのが出発点になります。バラバラに見えるキャリアでも、獲得したスキルや経験は別の分野でちゃんと活きている。著者はこんな言い方で、回り道を歩いてきた読者を安心させます。

紙の上ではでたらめでめちゃくちゃな道に見えても、人はたいてい自分が思うより堅実な道を歩んでいるのだ。

(エミリー・ワプニック『マルチ・ポテンシャライト』より)

私がこの本を信頼できると感じたのは、著者が「気の持ちよう」で終わらせなかった点です。

「1万時間の法則」への科学的な反論

本書がはっきり敵に回すのが、「一流になるには1万時間の練習がいる、だから一つに絞れ」という有名な法則です。著者はこれを「うそっぱち」だと真っ向から言い切ります。

成果を決めるのはスキルの量だけではない。創造力や情熱、創意工夫も、同じくらい結果を左右するからです。ここで引かれるのが、アダム・グラント氏の指摘。クリエイティブな貢献は知識や経験の「深さ」だけでなく「幅広さ」にも左右される、と科学的に証明されているというのです。

数字も添えられます。一般的な科学者と比べて、ノーベル賞受賞者は俳優やダンサーやマジシャンとして舞台に立つ割合が二十二倍、詩や芝居や小説を書く割合は十二倍、美術・工芸をかじる割合は七倍も高い。

トップの研究者ほど、研究以外にも幅広く手を出している。専門性を極めることと多分野に触れることは、対立するどころか相乗するのだと数字で迫ってきます。「幅を持つことは深さの敵だ」という思い込みが、ここで静かに崩れていきます。

弱点が裏返る五つのスーパーパワー

本書の核心は、マルチ・ポテンシャライトが持つ五つの強みの整理です。短所とされてきた性質を、まるごと裏返してみせます。

一つめはアイデアの統合。異なる分野のコンセプトを掛け合わせ、その交差点で新しいものを生む力です。科学・植物学・ストーリーテリング・アート・デザインを混ぜ合わせ、ガラス瓶の中に苔や多肉植物や小さなフィギュアを配した「生きた立体アート」の店を立ち上げた二人組の例が鮮やかでした。

二つめは学習速度の速さ。過去のスキルを新しい分野に応用でき、初心者の壁を恐れず突っ込めるから吸収が速い。テレビ広告のプロデューサーだった人物が、WordPressと広告運用を独学で覚えて自社サイトを自前で立ち上げ、外注費を何千ドルも節約した、という実例が描かれます。

三つめは適応能力の高さ。状況に応じて役割やアイデンティティを使い分ける柔軟さです。四つめは大局的な視点。さまざまな分野を経験しているから、専門家が見落とす全体像や根本問題に気づける。

問題解決に携わる顔ぶれが多彩になるほど問題は解決されやすくなる、という研究もここで紹介されます。

そして五つめが、専門用語も思考回路も違うスペシャリスト同士の間に立つ「通訳」になれる力。デザイナーと技術者という意思疎通の難しい二グループの橋渡しを務める劇場技術者の例が挙がります。両方を経験していたからこその役割でした。

並べてみると、どれも「いろいろやってきた」ことを資産として読み替えた強みだと分かります。ただ列挙して納得するより、「自分のどの経験がどの強みに化けるのか」と引き寄せて読むほうがずっと効きます。

「お金・意義・多様性」と四つの働き方

では具体的にどう食べていくのか。著者はまず、幸せで経済的にも恵まれているマルチ・ポテンシャライトに共通する土台として、人生全体を通して「お金」「意義」「多様性」の三つを満たすよう設計していることを挙げます。

ポイントは「人生全体を通して」のところ。すべての仕事に三つを完璧に求める必要はなく、生活費を稼ぐ割り切った仕事と、無報酬でもやりがいを感じる活動を組み合わせて、トータルで満たされればいい。お金を絶対視せず、自由や選択肢を得る道具として捉え直す視点には、肩の力が抜けます。

その三要素を満たす働き方として、著者は四つの型を提示します。

グループハグ型は、一つの多面的な仕事の中で複数の役割や分野を行き来する型。調べ物・地図作り・実地調査・インタビュー・報告書作成・イベント企画と、多様な業務を一つの仕事の中でこなす都市計画立案者が例に出ます。

スラッシュ型は、複数のパートタイムを掛け持ちして飛び回る型。広告会社で燃え尽きかけた後、NPO職員・フリーランスのマーケター・空中演技のパフォーマーを掛け持つようになった人物が登場し、著者は「パートタイムこそ夢の仕事」とまで言います。

アインシュタイン型は、生活を支える「ほどよい仕事」で安定と時間を確保し、空いた時間で情熱を追う型。由来はもちろん、スイス特許庁で働きながら相対性理論を組み立てたアインシュタイン本人です。経済的な安定と時間的余裕があったからこそ、世界を変える研究に打ち込めた。

フェニックス型は、数年ごとに業界を移り、一つの興味を深く掘ってから次へ転身する型です。

著者がここで「フェニックスは、でたらめに生まれ変わるのではない」と釘を刺すのが印象的でした。家庭内暴力防止からHIV関連、刑事司法へと転職を重ねた人物にも、「社会で見過ごされている人を助ける」という一貫した「なぜ」があったといいます。

どれが優れているという話ではなく、自分に合うものを選び、組み合わせるための地図として提示されている点が誠実です。

「飽きる」ことの正体

本書でいちばん救われる人が多いのは、ここだと思います。新しいことを覚えると急につまらなくなる。途中で投げ出す。それを「根性なし」と責めてきた人へ、著者は別の見方を渡します。

マルチ・ポテンシャライトが辞めるのは、物事が朝飯前になったときだ。

(エミリー・ワプニック『マルチ・ポテンシャライト』より)

あなたが興味を失うのは、そのプロジェクトで自分なりの終点に達したから。求めていたスキルや理解を手に入れ、目的を果たしたからだ、というのです。世間の「終了」が学位取得や定年なら、マルチ・ポテンシャライトの「終了」は目的の達成。だから飽きは、次へ進む準備が整った健全なサインなのだ、と。

ただし著者はここで甘くしません。目的達成による健全な飽き(終点)と、新しい挑戦への恐れからくる逃げ(抵抗)は見分けが必要だ、と注意を添えます。

基準は身体の感覚。徐々にやってきた退屈なら終点、突然の強い恐れなら抵抗の可能性が高い。辞めたくなったとき、頭で理屈をこねる前に自分の身体に問い直す、という実践的なものさしです。この一線があるおかげで、本書は「飽きてもいい」という都合のいい免罪符にとどまっていません。

手を広げすぎない仕組みと「自分なんて」対策

興味が多い人ほど、手を広げすぎてパンクします。著者はそこにも手当てをします。やりたいことを今取り組む優先プロジェクト(一〜五個)待機プロジェクトに分け、待機リストのものをやりたくなったら「試行錯誤の時間」として時間を区切って触れる。

「選ばないことも選択だ」と言い切り、完璧な選択肢を探し続けて何も始めないことのほうが重い、と背中を押します。毎週末の朝にカフェで金融ブログを書くのを儀式にして四年も執筆を続けた人物の例が、地味だけれど効きました。

とりあえず一つ選んでタイマーをセットして動く、それだけで前に進めるのです。

もう一つ、新しい分野に飛び込む人を縛るインポスター症候群(自分は能力を偽る詐欺師でいつかバレる、という恐れ)への切り返しも効きます。本当に詐欺師なら、詐欺師症候群にはならない。これは大きなチャンスが目の前に来たときに生じる、むしろ良い人間のしるしなのだ、と。

ささやかな成功を毎日ノートに記録する習慣も勧められます。「本を一ページ読んだ」「メールを一通送った」で十分。他人の評価ではなく自分の小さな行動を書き留めることで、自信が削られるのを防ぐわけです。

著者は「大事なのは一流になることより、現場で役に立つこと」とも言います。世界一でなくていい、目の前の相手の課題を解決できればいい、というわけです。

一点だけ留保を添えるなら、本書の事例の多くは欧米のフリーランス的な働き方が前提で、日本の組織や雇用慣行にそのまま重ねると摩擦もあるでしょう。

それでも、自分の多面性を隠すものではなく軸にしていい、という許可の手応えは普遍的です。次に「で、お仕事は何を?」と聞かれたら、詰まる代わりに、こう思えるかもしれません。

色々やっている、それでいい、と。


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