「大人になったら何になりたい?」
子どもの頃、何度も聞かれたはずです。そのたびに、一つ選ばないといけない気がして、なんだか落ち着かなかった人はいませんか。
新しいことに飛び込んで、夢中で学んで、ある程度できるようになると急につまらなくなる。また別のことを始める。その繰り返しで、「自分は飽きっぽい」「何をやっても中途半端」と思ってきた人もいるでしょう。
『マルチ・ポテンシャライト』は、そういう人に向けて書かれた本です。著者のエミリー・ワプニック氏は、音楽、アート、映画制作、法律と分野を渡り歩いてきた当事者。本書を貫くのは、「やりたいことを一つだけ選んで、残りを全部捨てるなんてイヤだ」と考える人のための、はっきりした肯定でした。
この本が壊そうとしている思い込み
著者がまず解体するのは、「天職は一つ」という社会のロマンティックな思い込みです。
幼い頃から「一つの職業に絞ることが成功への道」と刷り込まれてきた。だから多くのことに惹かれる自分を、「器用貧乏」「飽きっぽい」と責めてしまう。著者は、この責めの構図そのものを疑います。
そして、多くのことに興味を持ち、次々と探求したくなる人をマルチ・ポテンシャライトと名づけました。マルチ(多くの)、ポテンシャル(潜在能力)、アイト(人)。複数の可能性を持つ人、という意味です。この特性は欠陥ではなく、複雑な問題を解き、新しいものを生む強みなのだ、というのが本書の出発点になります。
私がこの本を信頼できると感じたのは、著者が「気の持ちよう」で終わらせなかった点です。たとえば「一つに絞って打ち込め」の根拠としてよく引かれる例の法則に、著者は真っ向から反論します。スキルの量だけが成果を決めるわけではない、と。ここで持ち出される、ノーベル賞受賞者ほど研究以外の芸術にも手を出しているという比較データは、専門性と多分野の探求がじつは相乗するのだと数字で迫ってきて、思わず引き込まれました。どれくらいの差がついていたかは、本書のページで確かめてほしいところです。
「弱点」が裏返るとき
本書の核心の一つが、マルチ・ポテンシャライトのスーパーパワーと呼ばれる強みの整理です。短所とされてきた性質を、まるごと裏返してみせます。
たとえば「学習速度が速い」。あちこちかじってきたからこそ、過去のスキルを新しい分野に応用でき、初心者の壁を恐れずに突っ込める。だから吸収が速い、という見立てです。本書では、別業界出身の人がWordPressや広告運用を独学で覚え、外注費を大きく節約しながら自前で形にしていく実例が紹介されます。「いろいろやってきた」ことが、ここでは明確な資産として描かれるわけです。
ほかにも、異分野のアイデアを掛け合わせて新しいものを生む力や、専門家同士の「通訳」になれる力など、強みはいくつも挙げられます。ただ列挙して納得するより、「自分のどの経験がどの強みに化けるのか」と引き寄せて読むほうがずっと効きます。残りの強みと豊富な実例は、本書でじっくり味わってください。
「飽きる」ことの正体
本書でいちばん救われる人が多いのは、ここだと思います。
新しいことを覚えると急につまらなくなる。途中で投げ出す。それを「根性なし」と責めてきた人へ、著者は別の見方を渡します。
マルチ・ポテンシャライトが辞めるのは、物事が朝飯前になったときだ。
(エミリー・ワプニック『マルチ・ポテンシャライト』より)
あなたが興味を失うのは、そのプロジェクトで自分なりの終点に達したから。求めていたスキルや理解を手に入れ、目的を果たしたからだ、というのです。世間の「終了」が学位取得や定年なら、マルチ・ポテンシャライトの「終了」は目的の達成。だから飽きは、次へ進む準備が整った健全なサインなのだ、と。
ここを読んで肩の力が抜けた、という人は多いはずです。同時に著者は、目的達成による健全な飽きと、新しい挑戦への恐れからくる逃げを、きちんと見分けるよう促します。その見分け方の基準が興味深いのですが、それは本書で確かめてもらうのがいいでしょう。
どんな人に効くか
この本が刺さるのは、「で、お仕事は何を?」と聞かれて毎回詰まってしまう人、新しい分野を覚えるたびに興味が冷めて自分を責めてきた人、そして「いいかげん一つに絞りなさい」と言われ続けて自分を狭めてきた人です。複数の興味を抱えたまま、どう食べていくか――その問いに、本書は具体的なワークモデルと多数の実例で応えてくれます。
逆に、一つの専門を極めて頂点を目指したい人や、いまの仕事を安定して続けたい人には、あまり噛み合わないかもしれません。本書は最初から、「絞らないまま、どう人生を設計するか」に照準を合わせているからです。
読み終えて残るのは、働き方のリストそのものではありません。自分の多面性を、隠すものではなく軸にしていい、という許可です。次に「で、お仕事は何を?」と聞かれたら、詰まる代わりに、こう思えるかもしれません。色々やっている、それでいい、と。その設計図のディテールは、ぜひ本書で受け取ってください。
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