本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『苦しかったときの話をしようか』森岡毅さん|「やりたいことがない」の本当の正体

キャリア・働き方
約8分で読めます

「やりたいことが見つからない」。この悩みの原因は、世界を知らないからだと思っていませんか。

著者の森岡毅さんは、それは違うと言います。原因は、世界ではなく自分のほうにある。自分の中に、選ぶための「軸」がないからだ、と。

本書は、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)を劇的なV字回復に導いた稀代のマーケターが、就職を控えた自分の娘のために書きためたキャリアの「虎の巻」です。

学者の整ったキャリア論ではありません。我が子の成功を願う父親が、本音で書いた生々しい手紙です。だからこそ、世界の残酷さも、そこで勝つための冷徹な戦略も、包み隠さず書かれています。

こんな人におすすめ

就活や転職で「自分のやりたいこと」を聞かれて、毎回詰まってしまう人 やりたいことがないのではなく、選ぶ基準がないだけかもしれません。本書の「軸」の作り方が、その詰まりをほどきます。

今の会社にいることに、漠然とした不安を感じている人 会社に依存することのリスクと、その代わりに何を磨けばいいのか。「職能と結婚せよ」という考え方が、不安の正体を言葉にしてくれます。

自分の長所が何なのか、いまだにわからない人 強みは「好きな動詞」の中にある。本書の方法を使えば、付箋とペンだけで自分の特徴が見えてきます。

面接やプレゼンで、いつも緊張して実力を出せない人 緊張するのは話し方が下手だからではなく、中身が定まっていないから。その対処法が具体的に書かれています。

この本の核心――特徴を「強み」に変える文脈を探す旅

本書の主張を一言でいうと、こうなります。

人は生まれながらに不平等で、みんな違う「特徴」を持っている。その特徴が「強み」として活きる「文脈(環境や職能)」を選び、自分をひとつの商品としてマーケティングして売り込め。

「神様のサイコロで決まった“もって生まれたもの”を、どうやってよりよく知り、どうやって最大限に活かし、どうやってそれぞれの目的を達成するのか?」

ここで大事なのは、特徴そのものに良し悪しはない、という点です。「空気が読めない」という特徴は、ある場所では弱点ですが、別の場所では「場に流されず主張できる」という宝物に変わる。

つまりキャリア戦略とは、自分を無理に変えることではなく、自分の特徴が宝物になる場所を探す旅。森岡さんはこれを、ナスビとキュウリのたとえで語ります。

「ナスビをキュウリに変えることは不可能だ。ナスビをもっと立派なナスビにするための行動変化は極めて重要だ。」

成功は必ず強みから生まれ、弱みからは生まれない。だから自分という「ナスビ」を、立派なナスビに育てられる畑を探すのです。順番に見ていきます。

やりたいことがないのは、世界を知らないからじゃない

冒頭の問いに戻ります。やりたいことが見つからない本当の理由。

森岡さんの答えは、選択肢を知らないからではなく、自分の中に判断の「軸」がないから、です。

「君の悩みの本質はオプションがわからないことではない。問題の本質は、君が世界のことをまだよく知らないことではなく、君が自分自身のことをよく知らないことだと気づけば、解決への扉が開くだろう。」

森岡さん自身、就活生のとき、恩師にこう言われたそうです。「阿弥陀くじで選べ」。都市銀行か商社かP&Gか迷っていた彼に、軸がないなら何を選んでも同じだ、と突きつけたわけです。

そこで森岡さんは軸を「成長のスピード」に定め、P&Gを選びました。軸さえ決まれば、選択は自動的に決まる。

ここで一つ、よく言われる反論があります。「経験がないんだから、考えても仕方ない」。森岡さんはこれを愚かな言葉だと切り捨てます。経験がないから考えないのではなく、考えないから経験に踏み出せないのだ、と。

頭の中にない選択肢は選べない。だからまず、自分が何を大切にするのかを考える。これが出発点です。

学校が教えてくれなかった「残酷な世界」

軸を持って戦う前に、戦場のルールを知る必要があります。

森岡さんは、学校が建前として隠してきた現実を娘に突きつけます。人間は平等ではない。先天的にも後天的にも、極めて不平等だ、と。

「資本主義とは、無知であることと、愚かであることに罰金を科す社会のことである。」

たとえば税金。サラリーマンの所得にかかる最高税率は5割を超えますが、資本家の株式配当への税は2割しかかかりません。同じ社会で、立つ場所によってルールがまるで違う。

だからこそ森岡さんは、ただ働くだけのサラリーマンでいるか、資本家側にも回るか、自律的に職能を磨くか、戦略を持てと言います。

ここで本書のもう一つの核心が出てきます。

「会社と結婚するな、職能と結婚せよ!」

会社は、都合が悪くなれば社員を放り出すし、買収もされ、消えることもある。依存先としては不安定です。一方、自分の頭の中に蓄積した「職能(プロとしてのスキル)」は、健康な限り誰にも奪われない個人財産になる。

AIの時代でも同じだと森岡さんは言います。AIが得意なのは過去のデータをまとめる「下ごしらえ」。意志を持って未来を創ることはできない。だからAIが普及するほど、代替できない高度なスキルを磨く価値が上がるのです。年収もまた、職能の価値・業界の構造・その中での成功度合いという3つで、職業を決めた瞬間にほぼ決まってきます。

強みは「好きな動詞」に隠れている――T・C・L

では、磨くべき自分の強みは、どう見つけるのか。

森岡さんの方法はシンプルです。強みは必ず「好きなこと」の中にある。それも、名詞ではなく動詞で探す。

「“強み”を見つける最大の近道は、社会との関わりで気持ちよかった文脈(=自分が好きなことをしている文脈)をどんどん列挙することだ。」

「バッグが好き」では強みは見えません。「作戦を考えることが好き」「人と会って話すことが好き」のように、自分が没頭できた「〜すること」を書き出す。幼少期から今までを振り返り、付箋に50〜100枚書きます。

書き出した動詞を、3つの系統に分類します。本書の中心となるフレームワークです。

T(Thinking):考える力・戦略性 作戦を立てる、分析する、構造を見抜くことが好きなタイプ。

C(Communication):伝える力・人とつながる力 人と会う、話す、つなぐことが好きなタイプ。

L(Leadership):変化を起こす力・人を動かす力 人を巻き込む、決断する、引っ張ることが好きなタイプ。

どこに付箋が多く集まるか。それがあなたの特徴の偏りであり、磨くべき職能の方向を示します。Tが強ければマーケティングや財務、Cなら営業やPR、Lならマネジメント、というように。

大事なのは、3つ全部を平均的に持つ必要はないこと。むしろ突出したジェネラリストより、特定の系統に尖った人のほうが評価される。ヴァイオリンが50台あるより、いろんな音色が組み合わさったオーケストラのほうが豊かな音楽を奏でられるのと同じです。

自分を売り込む「My Brand」の設計図

強みがわかったら、それを売り込みます。森岡さんは、自分を一つのブランドとして設計する「My Brand」を提案します。

面接やプレゼンで緊張するのは、話し方が下手だからではない。中身(WHAT)が薄弱だからだ、と言い切ります。

「『伝え方(HOW)』よりも『中身(WHAT:何を伝えるか)』こそが、遥かに重要な意味を持つ」

My Brandは、次の要素で設計します。

WHO(誰に) 自分を「買って」もらいたい相手は誰か。面接官か、上司か。

WHAT(何を) 相手が自分を選ぶ本質的な理由、つまり「便益(ベネフィット)」。そして、それを信じさせる根拠が「RTB(Reason To Believe)」。実績やエビデンスです。

HOW(どうやって) その価値を、どんな振る舞いで届けるか。

そして「スピン」。これは嘘をつくことではありません。同じ事実を、自分の本質と矛盾しないベクトルの上で、最大限魅力的に見せる演出です。

本書には、ある就活生の例が出てきます。趣味のクロスワードパズルを武器に、「問題解決力に抜群の才能を持つ」というブランド設計図を作り、面接に臨んだ。狙い通り、大手都市銀行に内定したそうです。趣味すら、文脈を与えれば強みの証拠になるのです。

弱点は克服しない――不安は「進軍ラッパ」

最後に、戦い続けるための心構えです。

自分の弱点を、どう克服するか。森岡さんの答えは意外でした。克服しなくていい、です。

「自分の強みの裏側にある弱みを自分で克服する努力などは無駄の極みである。」

努力すべきは、自分の強みの「周辺領域」だけ。それ以外の弱点は、きっぱり諦める。その代わり、自分の弱みを強みとして持っている人を探し、頭を下げて力を借りる。人の力でチームの死角をなくす「組織力」こそが、本当の強さだと説きます。

そして、挑戦につきまとう「不安」について。森岡さんは、不安を歓迎しろと言います。

「不安は、本能を克服して挑戦している君の勇敢さが鳴らしている進軍ラッパのようなものだ。」

不安とは、現状維持しようとする本能を乗り越えて挑戦している証拠。あなたの勇敢さと、未来を予測する知性が正常に働いている証なのです。

「“挑戦しないから失敗もしない自分”よりも、“挑戦するから失敗してしまう自分”の方が、圧倒的に強くなれるのだ。」

森岡さん自身、P&G時代に誰も成功を信じないプロジェクトを任され、惨敗し、クビになりかけた苦しい経験があります。人が最も苦しいのは、自己評価が極端に下がり、自分の存在価値を疑うとき。その苦しさを知っているからこそ、この言葉には重みがあります。

明日から何を変えるか

本書の知恵を、行動に落とします。

1. 好きな「動詞」を付箋に書き出し、T・C・Lに分類する 幼少期から今まで、没頭できた「〜すること」を思いつくだけ書き出す。それをT・C・Lに分けて、自分の偏りを見つけます。

2. 自分の「My Brand」を一枚に書く WHO(誰に)、WHAT(どんな価値とその根拠)、HOW(どう届けるか)を一枚の紙に書き出す。次の面談や面接の前に、これを見直します。

3. 自分の苦手を得意とする人を、一人見つけて頼る 弱点を自力で直そうとするのをやめ、それが得意な同僚や友人に一つだけ仕事を任せてみる。組織力を試す第一歩です。

おわりに

私がこの本でいちばん救われたのは、「選んではいけない数少ない不正解があるだけで、それ以外はすべて正解なのだ」という一節でした。

たった一つの天職を探さなくていい。不向きな道さえ避ければ、あとは自分の覚悟と努力で正解にできる。そう思えると、選ぶことが少し怖くなくなります。

子どもの自立を願う父の手紙として始まった本書は、読み終えると、自分自身への手紙のように感じられます。

まずは付箋を一枚。好きな「〜すること」を、書いてみてください。あなたの宝物は、たぶんもうそこにあります。


合わせて読みたい

『科学的な適職』鈴木祐さん|「やりたいこと」で仕事を選ぶと、なぜ後悔するのか 「やりたいことで選ぶな」という主張は、本書の「軸」や「職能」の話と鋭く響き合います。森岡さんの実務家の論理を、科学的な研究データの側から裏づけたい人に。

『世界一やさしいやりたいことの見つけ方』八木仁平さん|「好き×得意×大事」で人生のモヤモヤが晴れる 本書の「好きな動詞からT・C・Lを見つける」自己分析を、別のワーク形式でやり直したい人に。同じ「やりたいことがわからない」悩みに、補完的なアプローチを与えてくれます。

橘玲『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』――「やればできる」の呪いから解放される生存戦略 本書の「残酷な世界」と「強みで戦え」という思想を、別の論客が別の角度から語った一冊。不平等な前提を直視したうえでの生存戦略を、より深く考えたい人に。


この記事をシェア:

関連記事

前の記事
『最強知名度のつくり方』西村誠司さん|知られていなければ、存在しないのと同じ
次の記事
【cis】『一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学』──本能に逆らう3つの勝つルール