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『心を鍛える』藤田晋、堀江貴文|洗面器から最初に顔を上げた奴が負ける

キャリア・働き方 藤田晋、堀江貴文
約7分で読めます

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『心を鍛える』
目次

大学生の藤田晋さんは、広告代理店のアルバイトで飛び込み営業をしていました。訪ねる先は1日100軒。話を聞いてもらえるのは、そのうち5軒ほどしかありません。

残る95軒は、玄関先で断られて終わります。心が折れてもおかしくない比率ですが、藤田さんはこれを「必要経費」と割り切っていたそうです。

その割り切り方を、もう一人の共著者と並べて掘り下げたのが『心を鍛える』です。書き手はサイバーエージェントを率いる藤田晋さんと、実業家の堀江貴文さん。10代から40代までにそれぞれが通過した修羅場をもとに、後天的にハートを強くする方法を語っています。

心の強さを扱う本は他にもたくさんあります。ただ、心理学の理論やビジネス書の統計から入る本が多いなかで、本書の材料は二人が実際にくぐった修羅場そのものです。

株価の急落、ネット上の中傷、逮捕、収監。理屈より先に、生身の出来事が置いてあります。しかも著者二人は本書の中で「静・農耕型」「動・狩猟型」と自称するほど気質が正反対で、孤独への対処ひとつとっても答えが真逆になる。

読者は自分の性格に近いほうを選べる作りになっています。

精神力は生まれつきの資質ではなく、鍛えれば伸びる筋肉に近い。これが二人に共通する前提です。今のあなたが弱く感じているとしても、それは一生変わらない性質ではない、という宣言から本書は始まります。

図解

こんな人におすすめ

万人向けの自己啓発書ではありません。編集部が読んで、次のような状況に心当たりがある人にこそ刺さる内容だと感じました。

反対に、静養や休息でメンタルを立て直したい人には向きません。本書が勧めるのは、休むことより前に進み続けること、そして耐えることだからです。心身の不調がすでに長引いている場合は、本書のような自己啓発の枠組みより先に、専門機関への相談を優先してください。

「先に音を上げたほうが負ける」というルール

タイトルの由来になっている考え方の出どころは、藤田さんが18歳の頃に通った麻雀道場です。指導者は「雀鬼」の異名を持つ桜井章一さん。

道場で教わったのは、水を張った洗面器に顔をつけたとき、苦しさに耐えられず先に顔を上げたほうが負けというルールでした。麻雀もビジネスも運の要素が絡むので、実力に関係なく劣勢に立たされる瞬間があります。

そこで焦って無理な手を打つか、感情的になるか、放り出すか。どれを選んでも、待っているのは自滅だけです。

「キレたらそこでゲームオーバー」

その一言に、道場のルールが集約されている、と本書は振り返ります。

同じ道場でもう一つ叩き込まれたのが、起きたことはすべて自分の責任だと捉える姿勢でした。ただしこれは自分を責める話ではありません。藤田さんが繰り返し強調するのは、言い訳を口にした瞬間に緊張感が切れ、次の一手への備えが止まるという因果関係です。

「景気のせい」「人材のせい」と言い出した時点で、徹底的に準備している競合には勝てなくなる、というのが藤田さんの理屈です。

社会人になってからの飛び込み営業も、この耐性づくりの延長線上にありました。95%断られる日々を繰り返すことで、拒絶そのものへの耐性がついていく。

堀江さんの側にも似た話があり、大学時代のヒッチハイクでサービスエリアの見知らぬドライバーに声をかけ続け、10台から30台に1台は乗せてもらえるという確率を体で覚えたことが、誰に対しても物おじしない土台になったといいます。

本書がおもしろいのは、失敗そのものも同じ枠組みで扱う点です。藤田さんは大学の単位を数え間違え、通えるはずのないキャンパスの近くに引っ越してから留年が発覚するという凡ミスをしています。

ただ、親にどう説明するかを必死で考える過程で交渉力が身についたと振り返っており、こうした「大誤算」を、避けるべき事故ではなく無料の耐性トレーニングとして再定義しているところに、この本らしさがあります。

小さな成功体験の作り方にも同じ思想が通じています。藤田さんは学園祭でバンドの出番欲しさに生徒会長に立候補して当選し、堀江さんは中学時代に塾のシステム移植を任されて報酬を得た。

どちらも「やればできる」という感覚の原点として語られます。同時に藤田さんは、才能のある幼馴染を間近で見て自分の限界を悟り、音楽の道を自分の意志で降りてもいます。

親に反対されて渋々やめたのではなく自分で決めたことが、後悔を残さなかったポイントだと本書は言います。続けることだけでなく、見切りをつける判断まで含めて「鍛える」対象にしているのが誠実に映りました。

ハッタリを先に言って、あとから帳尻を合わせる

心を折れにくくする仕掛けとして本書が挙げるのが、目標を先に公言してしまう手法です。

藤田さんは起業から1ヶ月足らずの時点で、新聞記者に「来期は5億円を狙う」とほぼ勢いで語りました。結果として、その期の実際の売上高はぴたりとその金額に到達します。

さらに社員がまだ一人もいない段階で、会社のサイトに「2年後に上場」と掲げ、実際に26歳で東証マザーズへの上場を果たしました。この間、平日は朝から深夜まで、休日も半日以上働く生活を自分に課していたといいます。

公言は退路を断つ装置として機能します。撤回すれば恥をかくとわかっているからこそ、実務量でつじつまを合わせにいく。この目標設定の原型は、大学時代に読んだ経営書から得たビジョンだったと本人は振り返っています。

対照的な結末も本書は隠しません。同時期に上場したもう一方の会社は、公募価格を大きく割り込む形で取引を終えており、勢いだけでは結果が保証されないことも、あわせて記録されています。

どん底でも顔を上げなかった二人

本書でもっとも重い章が、それぞれの転落と再起です。

ネットバブル崩壊で藤田さんの会社の株価は上場時の8分の1まで沈み、本人はネットで罵倒され、殺害予告を受け、体重を9kg落としました。会社を丸ごと買って清算したほうが儲かるという歪んだ状況に陥り、ある投資ファンドが株を買い占めて清算を迫る場面まであります。

ここで手を差し伸べたのが楽天の創業者でした。厳しい状況下でも自社の株を買い支え、こう声をかけたそうです。

「藤田君はもっと中長期の経営を目指してるんだろう? それなら、自分の信念を貫けよ」

藤田さんは自分の役員報酬を返上し、保有株を社員に無償で分け与え、数年後に黒字化へ持っていきました。この一件から時間が経った今も批判と無縁になったわけではなく、買収したサッカークラブのチーム名をめぐって騒動になった際は、案をすぐに取り下げ、一人ひとりと直接話して収拾を図っています。

かつて手に入れた「外野の声はスルーする」という耐性が、そのまま実戦投入されている場面です。

堀江さんの転落はさらに大きく、球団買収の失敗、株の大量取得、強制捜査、実刑、収監へと続きます。刑務所では高齢者や体の不自由な受刑者の世話をする係に配属され、そこで真面目に働いた結果、想定より早く仮釈放されました。獄中で体重は30kg減ったといいます。

他人からどう見られるかは自分でコントロールできない領域だから、そこに時間を使わないと言い切る堀江さんの姿勢は、藤田さんの「批判はスルーする」という結論と重なります。二人に共通するのは、外野の評価を材料にしないという一点です。

孤独の消し方と、忙しさの正体

心が弱る背景にはたいてい孤独があります。ここで二人の処方箋は真逆になります。

堀江さんは離婚直後、一人暮らしの家に帰るのが怖くなるほどの孤独を経験し、酒でごまかす時期があったそうです。抜け出すきっかけは子どもの写真を見つけたことで、そこから依存を断ち、身の回りの持ち物や人間関係のしがらみまで手放していきます。

所有や関係が多いほど、身動きが取りにくくなるという発想です。

藤田さんは逆に、関係を厚くする方向に動きます。社内の懇親の場や表彰、若手の抜擢に投資し、会社が社員を大切にすれば社員も会社を大切にするという循環を作る。どちらが正解というより、自分の気質に近いほうを選べばいいという書き方が本書らしいところです。

もう一つ、堀江さんが持ち出す区別が「多忙」と「多動」です。予定が埋まっていても、それが他人のための時間なら心は乾いていく。逆に自分の関心だけで時間を埋め尽くしている状態なら、スケジュールが過密でも心はすり減りません。

ロケット開発ベンチャーや飲食店経営、会員制コミュニティの運営など、堀江さんの事業の広げ方は、この「遊んでいる感覚」に支えられているようです。

他人の予定で埋まった手帳と、自分の関心で埋まった手帳は、同じ「忙しい」でも心への効き方がまったく違う。ここが本書でいちばん実務に転用しやすい指摘だと編集部は感じました。

今日からできることと、この本の限界

正直に書くと、このエピソードをそのまま真似するのは難しいです。週110時間の労働も、1日100軒の飛び込みも、多くの人には現実的ではありません。二人の突出した個性込みの成功談だからです。

取り出せるのは、エピソードの裏にある因果関係のほうだと思います。言い訳を言った瞬間に準備が止まる。撤退の基準を先に決めておくから挑戦できる。予定を減らさずに新しいことを足せば、忙しさが増えるだけで終わる。この構造だけを抜き出せば、自分の規模でも応用できます。

明日から試すなら、理不尽な出来事に遭遇した直後の一手を決めておくことです。愚痴や言い訳が口をつきそうになったら止めて、「次はこれをやる」と声に出す。それだけで、その日の行動が変わります。

読み終えて残るのは、洗面器の比喩です。苦しいときほど、人は早く楽になりたくて顔を上げたくなります。でも、先に上げたほうが負ける。

二人がやってきたのは、特別な精神力を持っていたことではなく、顔を上げずに耐える回数を積み重ねてきたことでした。理不尽な出来事に当たったとき、「自分は弱いから」で終わらせず、耐久力を鍛える機会だと捉え直す。まずはそこから始められそうです。


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