頼まれた仕事に、すぐ取りかかる。データを集めて、資料を作って、夜遅くまで手を動かす。なのに返ってくるのは「で、結局何が言いたいの?」。
私も長いことこのパターンでした。原因は努力の量ではなく、もっと手前にありました。解く問題そのものを、選び間違えていたんです。
『イシューからはじめよ[改訂版]』の著者、安宅和人さんはこう言い切ります。
「世の中で問題かもしれないと思われているもののなかで、今この瞬間に解を出すべき問題というのは100個のうち2、3個だ」
残りの97個に全力を注いでいたとしたら。考えるだけで、ぞっとしませんか。
こんな人におすすめ
本書が特に効くのは、こんな場面に覚えがある人です。
- 「とりあえず調べてから考えよう」と言って、調べたまま終わったことがある
- 頼まれたタスクを全部同じ熱量でこなし、気づけば毎日残業している
- 分析もデータも揃えたのに、報告の場で相手の反応が薄かった
- MECEやフレームワークは勉強したのに、成果につながっている実感がない
逆に、すぐ使える資料作成のテクニックを探している人には、遠回りに見えるかもしれません。本書が扱うのはその一段手前。「そもそも何に答えを出すべきか」という、仕事の根っこの部分です。
「解の質」より先に、「課題の質」を問う
著者の安宅さんは、マッキンゼーでコンサルタントとして働いたあと、イェール大学で脳神経科学の博士号を取得した人です。平均7年弱かかるプログラムを、3年9カ月で修了しています。その後はヤフーのCSO(最高戦略責任者)を務め、現在は慶應義塾大学の教授です。
ビジネスと科学研究。毛色の違う2つの知的生産の現場に共通していた法則を体系化したのが本書です。だから汎用性と説得力が高い。
時代背景も効いています。2001年に『ロジカルシンキング』が出版されて以降、MECEやフレームワークといった論理的思考のスキルは、20年以上かけてビジネスパーソンの常識になりました。
つまり「解の質」を上げる技術は、もうコモディティ。差がつくのはその手前にある「それは本当に解くべき課題なのか」という、課題設定の質。これが本書の立ち位置です。
本書の全体像――何を解くか、どう検証するか、どう伝えるか
本書のプロセスは、実際の仕事の流れに沿って4段階で進みます。
1. イシュードリブン 「なんちゃってイシュー」に惑わされず、真に解くべき課題を見極める。
2. 仮説ドリブン イシューを答えの出せるサイズに分解し、ストーリーラインと絵コンテを組み立てる。
3. アウトプットドリブン いきなり分析せず、結論への影響が大きい部分から検証する。
4. メッセージドリブン あいまいなものを排除し、受け手に力強く伝わる形に仕上げる。
What(何を解くか)からHow(どう検証するか)、そしてDeliver(どう伝えるか)へ。イシューを見極めたあとの3段階は、解の質を高める「三段ロケット」とも呼ばれます。
この順番そのものが本書のメッセージです。ここからは各段階を見ていきます。
世の中の問題の大半は「なんちゃってイシュー」
イシューとは、今この瞬間に明確な答えを出すべき本質的な問題のこと。冒頭の通り、それは100個のうち2、3個しかありません。残りは、今答えを出す必要のない「なんちゃってイシュー」です。
本書の事例がわかりやすいです。ある飲料ブランドの売上が長期的に低迷している。ここで「今のブランドで戦い続けるか、新ブランドにリニューアルすべきか」と議論を始めるのが、典型的な落とし穴です。
低迷の要因はどこにあるのか。市場自体が縮小しているのか、競合に負けているのか。それがわからない段階では、ブランドの方向性修正が解くべき問題かどうかすら判断できません。
問いの立て方を間違えたまま走ると、どれだけ分析が精緻でも報われない。だから最初の仕事は、解くことではなく見極めることになります。
「やってみないとわからない」を禁句にする
では、どうやってイシューを見極めるか。本書の答えは「スタンスをとる」です。情報を集める前に、強引にでも具体的な仮説を立てる。
「『やってみないとわからないよね』といったことは決して言わない。」
思考停止を戒める、プロフェッショナルとしての覚悟の言葉です。
たとえば上司に「A市場を調べて」と言われたとします。そのまま調べ始めるのではなく、「A市場は縮小に入りつつあるのではないか?」という仮説に変えてから取りかかる。著者の表現を借りれば「仮説が単なる設問をイシューにする」わけです。
仮説を立てると、検証に必要な情報と分析が明確になります。結果として、無駄な作業が激減します。
なお、よいイシューには条件があります。答えを出す必要のある本質的な選択肢であること。深い仮説があること。そして、答えを出せること。ありふれた問題に見えても、解く方法がはっきりしない問題には手を付けないほうがいい、と著者は釘を刺しています。
情報は「集めるほど良い」わけではない
イシューを見極めるための情報収集にも、本書独自のコツがあります。
1つ目は、一次情報に触れること。誰のフィルターも通っていない情報です。モノづくりなら生産ライン、データなら加工前の生データ。数日間、集中的に現場に浸って肌感覚を作ります。
2つ目は、基本事項をダブりもモレもなく素早くスキャンすること。事業環境なら、業界内の競争関係、新規参入者、代替品、事業の下流と上流、技術・イノベーション、法制・規制という「7つのひろがり」を押さえます。
そして3つ目が意外でした。意図的にざっくりやる。つまり「やり過ぎない」。
「『知り過ぎ』はもっと深刻な問題だ。ある量を超すと急速に生み出される知恵が減り、もっとも大切な『自分ならではの観点』がゼロに近づいていくのだ。」
情報量と知恵は比例しません。ある水準を超えると、常識に染まって独自の観点が消えていく。情報過多の時代のど真ん中にいる私たちには、かなり効く警告だと思います。
大きな問いは「答えの出せるサイズ」まで砕く
イシューが見えたら、仮説ドリブンの段階に入ります。
大きなイシューには、いきなり答えを出せません。だから「サブイシュー」と呼ばれる、答えの出せるサイズの問いに分解します。
コツは、ダブりもモレもなく、かつ本質的に意味のある固まりで砕くこと。事業コンセプトなら「狙うべき市場ニーズ」と「事業モデル」に分ける、といった具合です。
ここでフレームワークに頼りすぎると、罠にはまります。型に無理やり当てはめると本質的なポイントを見失い、自分なりの洞察が生かせなくなるからです。
「カナヅチをもっていればすべてのものがクギに見える」
その状態になるくらいなら、フレームワークなど知らないほうがよい。フレームワーク解説書では、まず出てこない一言です。
ストーリーラインは「最大の友人」、絵コンテは「欲しい結果」から
分解したサブイシューは、人に伝わる論理の流れに組み立てます。これがストーリーラインです。
型は2つ。理由や具体的なやり方を並列に立てる「WHYの並び立て」と、「空・雨・傘」です。西の空が晴れている(事実)、当面雨は降らなさそうだ(解釈)、だから傘は要らない(行動)。事実から解釈、行動へつなげる流れです。
ストーリーラインは一度作って終わりではありません。検討が進んで新しい気づきが出るたびに、書き換えて磨いていく。著者はこれを「問題を検討するすべての過程に伴走する最大の友人」と呼んでいます。
そのうえで「絵コンテ」を作ります。ストーリーラインに沿って、どんなグラフや図表があれば仮説を証明できるかをデザインした設計図です。
「『どんなデータが取れそうか』ではなく、『どんな結果がほしいのか』を起点に分析イメージをつくる。」
手元のデータから考えるのは本末転倒。欲しい結果から逆算して、大胆に描く。アンケートを設計する前に、プレゼンで使いたいグラフを先に描いてしまうイメージです。
いきなり分析をはじめない
絵コンテまで描けたら、ようやく検証です。ただし、ここにも鉄則があります。「いきなり分析や検証の活動をはじめない」。
サブイシューには軽重があります。先に手を付けるべきは、最終的な結論や話の骨格に最も大きな影響力を持つ部分。カギとなる「前提」と「洞察」です。
理由はシンプルで、そこが崩れるとストーリー全体を組み替える羽目になるからです。重要な部分を後回しにすると、終盤で根底が覆ったときに手の打ちようがなくなります。
だから、粗くてもいいから、肝となるサブイシューが本当に検証可能かを最初に見極める。大量のデータ分析を任されたら、全部を処理する前に、結論を左右しそうな一部だけで仮検証してみる、という具合です。
「早く終わるものから片付ける」という、多くの人の習慣とは真逆の優先順位でした。
最後は、あいまいなものをすべて排除する
仕上げがメッセージドリブンです。
ゴールは、聞き手や読み手が語り手と同じように問題意識を持ち、納得し、興奮してくれること。そのために、あいまいなものをすべて排除します。
「『本当にこれは面白い』『本当にこれは大切だ』というイシューだけがあればよい。」
「念のため」で入れた補足データ。本筋と関係ない冗長なスライド。これらを思い切って削り、研ぎ澄まされたメッセージだけを残す。「何に答えを出すのか」という意識を前面に出し、ストーリーラインとチャートをシンプルに磨き込むほど、受け手の理解度は上がります。
明日からの4つのアクション
本書のアクションプランから、そのまま使える4つを紹介します。
1. 作業の前に「イシュー度」を問う 新しいタスクに直面したら、手を動かす前に「これは今、本当に答えを出すべき問題か?」と自問する。なんちゃってイシューなら、勇気を持って捨てるか後回しにします。
2. 強引にでも仮説を紙に書き出す 「調べてから考えよう」を捨て、「〇〇が原因ではないか?」と現時点の仮説を書き出す。これが検証の指針になります。
3. 空・雨・傘でストーリーの骨格を先につくる 誰に何を伝えたいのかを見据えて、事実→解釈→行動の流れで企画書やプレゼンの骨格を先に作ります。
4. 骨格に関わる最重要ポイントから検証する 網羅的にやらない。ストーリーが根底から崩れるリスクのある前提・洞察の部分から、粗くてもいいので最優先で検証します。
全部を一度にやろうとすると、それ自体がなんちゃってイシューになります。まずは1番から。
おわりに
読み終えて残ったのは、「真面目さ」の定義が変わる感覚でした。
目の前の問題を全部解こうとするのは、誠実なようでいて、実は見極めから逃げているだけかもしれない。100のうち2、3を選ぶ痛みを引き受けることが、知的生産の出発点なんだと思います。
512ページの改訂版には、ここで紹介しきれなかった思考の手順やビジネスケースが詰まっています。「とりあえず調べてみよう」と言いかけた次の瞬間に、思い出してみてください。
それは本当に、今解くべき問題ですか。
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