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『忘我思考』伊藤東凌|「自己肯定感を高めよう」が、あなたを苦しめている

思考法・問題解決
約8分で読めます
『忘我思考』

「自己肯定感を高めよう」。この言葉を、もう何度聞いたでしょうか。

でも、頑張って自分を肯定しようとして、うまくいかず、かえって落ち込んだ経験はありませんか。その苦しさには、ちゃんと理由があります。

『忘我思考』は、京都の禅寺・両足院の副住職、伊藤東凌さんによる一冊。問題は「肯定が足りない」ことではなく、肯定しようとしている「自分」のかたちそのものにある、と本書は言います。

こんな人におすすめ

どれか一つでも心当たりがあれば、本書はあなたの考え方の前提を一度ほぐしてくれます。

この本の核心――「梅干し」をやめて「トマト」になる

本書を貫く比喩が「梅干しからトマトへ」です。

梅干しは、固い種を真ん中に一つ抱えています。この種が、私たちが守ろうとする「確固たる自我」。ブレない芯を持つのは強そうに見えます。でも、固い核は、強い圧力がかかるとあっけなく砕けます。

「固い種を閉じ込めた梅干しのような自己を、柔らかな果肉にいくつもの小さな種を散らしたトマトのように、解きほぐす」

トマトには、柔らかい果肉の中に小さな種がいくつも散らばっています。一つの強い核ではなく、小さな強みが分散している状態。一部が潰れても全体は損なわれません。著者はこれを「多極分散的な自己」と呼びます。

ここで著者が突くのは、自己肯定感をめぐる根本的な勘違いです。多くの人は狭い「自我」を真ん中に据え、それを肯定するか否定するかで苦しんでいる。

「『自我』を肯定しようとして『自己否定感』に苦しんでいる」

つまり、肯定が足りないのではなく、問いの立て方が間違っている。一つの固い自分を肯定しようとするから、否定感が湧く。だったら、自分を一つの核として握りしめるのをやめればいい。本書はそういう発想の転換から始まります。

心を「認識の王座」から引きずり下ろす

第1章のテーマは、心の置き場所です。

私たちは「心」や「目に映るもの」を、自分という人間の本体だと思い込んでいます。でも、心を真ん中に置きすぎると、自分のマイナス面ばかりが気になってしまう。著者はこれを「心中心主義」の落とし穴と呼びます。

仏教には「六根」という考え方があります。眼・耳・鼻・舌・身・意。視覚から触覚までの五感に、心(意)を加えた六つが、人間の認識のよりどころです。現代人はこのうち「心」と「眼」だけを王座に据え、残りを軽んじている。

著者の提案はこうです。心のスペースを六分の一に縮小して脇へずらし、空いた部分に五感からの情報を満たす。

「心のスペースを6分の1に縮小し、それを周縁にずらした上で、空いた部分に五感からの情報を満たす」

これを著者は認識の「民主化」と表現します。心という独裁者に支配された状態から、五感に権限を分け与える。鳥の声、風の匂い、お茶の味。それらを味わうと、頭に閉じ込めていた「自己」の感覚が全身へ、さらに外部へと広がっていきます。

面白いのは、この感覚を広げる練習に最適な場所として、サウナや満員電車を挙げているところです。静かでないと瞑想できない、というのは思い込み。100度に迫る熱気や、地下鉄のがやがやした雑音の中では、理屈をこねる余裕がなくなり、強制的に感覚が開かれます。

脳科学が裏づける「私は一人ではない」

「自分は一つの存在だ」という感覚を、脳科学の側から崩してくれるのが受動意識仮説です。

慶應義塾大学の前野隆司教授が唱えた説で、本書でも重要な位置を占めます。脳は中央集権的なシステムではなく、神経細胞のモジュール、いわば「小びとたち」の自律分散的なネットワークだと考えます。

意思決定は、その小びとたちの多数決のようなもの。そして「意識」は、決定が下されたあとに川下からそれを眺め、「自分が決めた」と錯覚しているだけの存在にすぎない。

意識が脳の独裁者だという常識を、この仮説はひっくり返します。そしてこの「中心のなさ」が、禅の「無我・多我」の洞察と見事に符合する。だから著者は言います。

「人はとかく自分を『一』なる存在と思いたがるものですが、仏教的にいえば、それは大きな間違いです。あらゆる『多』との絡み合いの結果として存在するのが(中略)人間なのだ」

作家・平野啓一郎さんの「分人」という概念も、ここに重なります。相手や状況に応じて、自然に複数の顔が立ち上がる。一つのキャラクターに縛られないこの生き方が、人間関係のストレスを受け流す力になります。

美とアートが、かたくなな心をほぐす

第3章で著者は、禅における美の役割を語ります。

美とは「五感に心地よさを届けるもの」。それに触れて心が動くとき、人はかたくなな感情や排他的な姿勢を手放す。対立より歩み寄り、違いより共通点へ。美にはそういう力がある、と。

象徴的な事例があります。2003年、元米国務長官のコリン・パウエル氏が国連でイラク戦争を正当化する演説をした際、本部に飾られた反戦の象徴、ピカソの『ゲルニカ』のタペストリーを暗幕で隠させました。アートの力を恐れ、封じ込めたわけです。後に本人は、この演説を「人生の汚点」と振り返っています。

文化を継承する鍵として、著者は「コードとモード」を挙げます。コードは時代を超えて変わらない本質、モードはその時々の表現方法。

「伝統の『コード』を守り、時代の『モード』を追求する」

本質さえ守れば、表現は時代に合わせて柔軟に変えていい。むしろそうしてこそ、伝統は生き残る。これは組織や仕事のやり方を見直すときにも、そのまま使える視点です。

「ないもの探し」をやめ、「あるもの」に気づく

第4章は、禅とは可能性を信じ抜くことだ、という話です。

人間の意識には、放っておくと「ないもの探し」をする性質があります。生きるために不足を埋めようとする本能ですが、これが寂しさや欠落感を生む。優秀な人ほど欠けを補う能力が高いので、かえって「ないもの」に目が向きがちです。

著者が紹介するのは、ADHDと診断されいじめに苦しんでいた小学4年生の話です。「自分のいいところを考えよう」という学校の課題に、その子はただ一言「生きてる」と書いた。思い詰めていた母親は、ただ生きていることの尊さを再認識し、深い幸福を感じたといいます。

「無限の可能性は何もない状態の向こうにこそ開けているといえます」

何もないことは、虚無ではない。新しい縁や機会を迎え入れる余白なのだ、と著者は視点を反転させます。

答えのない問いを、問い抜く

第5章のテーマは、正解のない時代との向き合い方です。

「生きる上で、ただ一つの正解が用意されている問題はまずありません」

「正解か不正解か」に線を引こうとする二元論のパターン思考が、現代人の心を損なっている。本書はそう指摘します。答えを出すこと以上に、問い続けるプロセスそのものに価値がある。

その実践として、著者は「座右の問い」を持つことを勧めます。簡単には答えが出ない、一生考え続けられる自分だけの問いです。著者にとっては「今日来た人も100年後の人も心を動かす、両足院の美とは何か」。トラブルに直面したときの「これは何のレッスンだろうか」も、強力な座右の問いの一つです。

第6章では、思考を深める対話の技術が語られます。ソクラティック・メソッド。相手の言葉の定義を丁寧に問い、質問を重ねることで、互いの思考の幅を広げる方法です。ここで著者は意外なことを言います。

会話を本当に支配しているのは、ペラペラ喋る人ではなく、聞き上手でたまにボソッと質問をする人だ

喋る人は、むしろ喋らされている。的確な問いを投げる人こそが、対話の展開を握りブレークスルーを生む。だから対話の基本ルールは「疑問点は必ず質問する。わかったふりをしない」になります。

言葉をほぐす4ステップ――EXPメソッド

第7・8章で提示されるのが、本書の実践的な中心、EXPメソッドです。経験値(EXP)を高める4つのステップで構成されます。

まず、自分が気になる言葉、あるいはあえて苦手な言葉を一つ選びます。「優しさ」「挫折」「成功」「ストレス」など。それを次の順で深掘りします。

1. 探索(Exploration) その言葉について、これまでの人生の出来事や、反対の意味を自分で考えます。目安は7分。

2. 表現(Expression) その言葉を色や形、温度で表すと何か。イメージを膨らませます。これも目安7分。

3. 実験(Experiment) その言葉を、服のコーディネートやアート作品など、具体的な行動にどう活かせるかを試します。目安10分。

4. 展開(Expansion) それを他者とどう共有するか、世界がどう変わるかへと広げます。目安10分。

普段なんとなく使っている言葉を、こうして因数分解していく。すると曖昧だった概念の輪郭がはっきりし、自分の中の空白領域、つまり思い込みに気づけます。

このメソッドの種になったのが、著者がコロナ禍の2020年4月に始めたオンライン坐禅会「雲是」です。「愛」などのテーマを設定し、参加者に多面的な問いを投げかけた。約2年半で47カ国の人が参加する場へと育ち、そこからEXPメソッドが生まれました。

ここまで問いを重ねた先にあるのが、タイトルの「忘我」です。答えが出ようが出まいが問い抜く。そのプロセスの突き詰めた先で、固い自我の枠が外れ、我を忘れる境地に至る。EXPメソッドは、そこへ向かう具体的な訓練なのです。

長期目線の「利己」は、めぐって「利他」になる

本書がもう一つ強調するのが、視野の広さです。

「自分がすでにいない未来と、自分の目の前にはない遠い土地に思いを馳せて、今、この場でできることに力を注ぐ。実はこれが、禅の精神としっかり合致するのです」

時間的にも空間的にも視野を広げると、他者のために動くこと(利他)が、めぐりめぐって自分のため(利己)になることが自然と理解できる。著者の知人の経営者は、惜しげもなくお金を使ってライバルすら利するような行動を取り、結果として好循環を引き寄せているといいます。これは禅の「すべてはつながっている」という実感に根ざした、長期目線の超利己的な行動です。SDGsの発想とも、ここで深く重なります。

明日から何を変えるか

本書の提案のなかから、今日始められるものを三つ。

1. 寝る前か信号待ちの1分、心を脇にずらして五感に集中する 聞こえる音、風の匂い、肌触りだけに意識を向けます。考えるのを一旦やめ、感覚に明け渡す時間を作ります。

2. トラブルが起きたら「これは何のレッスンか」と紙に書く 正解を探して右往左往する前に、この座右の問いに状況を放り込みます。短期の損得から距離を取れます。

3. 週に1回、気になる言葉を一つ選んでEXPの「探索」を7分だけやる 「成功」でも「不安」でもいい。反対の意味は何か、過去のどんな出来事と結びつくかを書き出します。いきなり4ステップ全部でなくていい。まず探索だけ試します。

おわりに

自己肯定感が足りないのではなく、握りしめている自分のかたちが固すぎる。本書を読むと、力みがふっと抜けます。

固い梅干しの種を、柔らかいトマトの果肉に散らした種へ。明日まず一つやるなら、寝る前の1分、考えるのをやめて、聞こえてくる音に耳をすませてみてください。我を少し忘れる。その小さな練習から始まります。


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