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『歩く マジで人生が変わる習慣』池田光史さん|「座る人類」になった私たちへの処方箋

健康・メンタル ✍ 池田光史さん
約8分で読めます

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『歩く マジで人生が変わる習慣』
目次

仕事で行き詰まったとき、あなたはどうしますか。

たいていは、椅子に座ったまま画面とにらめっこして、もっと考えようとします。私もそうでした。動かないほうが集中できる、と思い込んでいたからです。

でも、それが間違いだったかもしれない。本書を読んで、頭が働かないのは能力のせいでも気合いのせいでもなく、「座って動かない」せいではないか、と疑い始めました。

著者はNewsPicks記者の池田光史さん。ジョブズやザッカーバーグといったテック界の偉人がなぜ歩きながら会議をするのか、という入口から、最終的には「便利になったのに、なぜ僕たちは幸せじゃないのか」という文明への問いまで歩を進めます。

この本のいいところは、「歩くと健康にいいですよ」で終わらないことです。歩くことを、脳・身体・足・街・靴・自然という6つの角度から解体し、人間が手放してしまった「身体性」を取り戻す本だと言い切ります。健康本の棚にありながら、読み味はむしろ文明論に近い。

図解

歩くのは「プラス」ではなく、マイナスをゼロに戻す行為

本書の出発点はこの問いです。

「文明やテクノロジーの進化は、果たして僕たちを幸せにしたのだろうか──?」

スマホもAIも自動車もある。なのに、なんとなく疲れている。著者はその違和感を放置しません。

ここで効いてくるのが歩数の話です。人間の身体は20万年以上、歩き回って暮らす前提で設計されてきました。狩猟採集の時代、人は1日およそ2万歩を歩いていたといいます。

ところが今、世界の平均的なスマホユーザーの歩数は約5000歩、日本人でも約6000歩。本来の3分の1以下です。並べられると、けっこう堪えます。

著者はこの落差を「都市化という人体実験」と呼びます。私たちは知らぬ間に、被験者として自分の身体を差し出しているわけです。

ここが本書の背骨になる視点だと思います。歩くことは、健康に「プラス」を足す活動ではない。歩かないことで生じた「マイナス」を、本来のゼロに戻す行為なんです

だから著者は、歩くことを特別な努力ではなく、人間の標準装備として語ります。「運動を頑張る」という構えそのものを解除してくれるのが、私にはありがたかった。

ジムに通う気力がなくても、これなら言い訳が立たない。

机で唸るより、歩いたほうがアイデアは降ってくる

最初の柱は「脳」です。

歩くと創造性が上がる。これは精神論ではなく、実験で確かめられています。スタンフォード大学のチームが176人の学生に「ある道具の新しい使い方」を考えさせたところ、歩いているときの創造性スコアは座っているときより平均60%高く、81%もの学生で成績が上がりました。

8割が伸びるなら、もうこれは個人差ではなく仕組みの話です。

歴史を見ても、歩きながら考えた人だらけです。ジョブズは重要な交渉や買収を「長く歩きながら」進め、ザッカーバーグは歩く会議を習慣にし、新本社の屋上にウォーキングトレイルまで整備した。

ワットは蒸気機関の改良案を、テスラは交流モーターの着想を散歩中に得たと伝えられます。ニーチェも「真に偉大な思想はすべて、散歩中に浮かんでくる」と書いています。

裏づけとなる脳科学もはっきりしています。歩くと、記憶を司る「海馬」で新しい神経細胞が生まれる。海馬は何もしなければ毎年1〜2%縮んでいくのに、週3回のウォーキングを続けたグループでは逆に体積が約2%増えた、という研究があります。

脳が1〜2歳分若返る計算です。この働きを後押しするのがBDNF(脳由来神経栄養因子)という「脳のスーパー栄養剤」で、歩くとこれが増える。なぜ歩くと頭がほぐれるのかという体感に、ちゃんと理屈が付くわけです。

そして実務に直結するのが「ウォーキングミーティング」です。横に並んで歩くとアイコンタクトが減り、堅苦しさが消えて会話が弾む。スマホにも邪魔されない。

ある調査では、歩く会議の参加者は「創造的な仕事ができている」と答える確率が5.25%高く、エンゲージメントも8.5%高かったといいます。LinkedInのエンジニアたちが、会議室で何時間も解けなかった検索機能の問題を、全員で散歩に出たら帰り道に答えが降ってきた、というエピソードは、座って粘る派の私にはほとんど耳が痛い話でした。

行き詰まったら、座ってもっと考えるのではなく、立ち上がって外に出る。試すコストはゼロなのに、効きそうな度合いがいちばん高い施策だと思います。

あなたは1日9時間、座っている

2つめの柱は「身体」。ここは正直、ぞっとしました。

現代人は1日平均9.3時間も座っています。睡眠時間の7.7時間より長い。起きている時間の6割を座って過ごしている計算です。著者は、本来「歩く人類」だったはずの私たちを、皮肉を込めて「ホモ・セデンタリウス(座る人類)」と呼びます。

直立二足歩行で世界に広がった種が、いつのまにか椅子に縛りつけられた。

「座ることは新しい喫煙である」

長く座り続けることは、心臓病・特定のがん・2型糖尿病のリスクを高めます。しかも怖いのは、座りすぎのダメージは「あとで運動すればチャラ」にはならない点。

ジムで頑張っても、日中ずっと座っていればリスクは相殺しきれない。一方で歩くことの効果は地味に見えて強烈で、週7時間以上の歩行で乳がんリスクが14%、毎日30分以上の速歩で心臓病リスクが18%、1日20〜30分の速歩で脳卒中リスクが27%下がる、と数字が並びます。

著者はこれを、あらゆる不調を遠ざける「スーパーフード」と表現します。

ここで本書は、おなじみの常識をひとつ覆します。「健康のために1日1万歩」という、あの数字です。実はこれ、医学的な根拠から生まれた目標ではありません。

1960年代に日本のメーカーが「万歩計」を売り出したときの、語呂のいいネーミングが由来です。近年の研究では7500歩ほどで十分な効果が得られるという見方もあり、数字に追われるより、日常に歩く習慣を埋め込むほうがずっと大事だと著者は言います。

歩数アプリの通知に追い立てられてきた人ほど、ここで肩の力が抜けるはずです。

対策はシンプルです。1時間に1回は立ち上がる。食後に15分ゆっくり歩いて血糖値の急上昇を抑える。たったこれだけで、座りすぎの害を「中断」できる。完璧にやめるのではなく、こまめに途切れさせる、という発想が現実的でいい。

「歩けば痩せる」「高機能な靴」という二つの常識を壊す

3つめと4つめの柱は「足」と「靴」。ここで本書はさらに常識を壊しにきます。

まず「歩けば痩せる」。著者ははっきり否定します。ある研究では、毎日140分(約8km)歩いた女性の体重は半年で2.5kgしか減らず、210分歩いた人にいたっては食事量が増えて1.5kgしか減らなかった。

理由は明快で、人間は長距離を歩いてもエネルギーを使いすぎないよう超高効率に進化しているから。歩行で使うエネルギーのうち実際の運動に回るのは2〜2.5割だけで、残りの7〜8割は熱として逃げます。

「痩せるために歩く」発想は、人体の省エネ設計と最初から噛み合っていない。目的を体重に置くと効果が薄くて続かない、というのは挫折経験のある身に刺さりました。

それでいて足そのものは驚くほど精巧です。足の骨は左右で56個、全身の骨の約4分の1がここに集中し、歩く衝撃はアーチと足首だけで54%も吸収される。足は単なる土台ではなく、衝撃を受け流すバネであり、地面の情報を脳に送るセンサーでもある精密機器なんです。

その精密機器を、私たちは良かれと思って弱らせている──というのが「靴」のパートで、本書でいちばん独創的な議論です。クッションが効いて、つま先がすっきり細い靴。「足にやさしい」と思って選びますよね。著者は、それこそが落とし穴だと言います

つま先の狭い靴は足の指を不自然な位置に固定して外反母趾やアーチの崩れを招く。著者はこれを「現代の纏足(てんそく)」と呼びます。過剰なクッションや固い靴底も、足のバネとセンサーの働きを奪い、ギプスのように筋肉を弱らせる。

鍵になるのは2つの言葉です。かかととつま先の高低差がない水平な「ゼロドロップ」、そして足本来の形に合わせてつま先を広く取る「フットシェイプ」。

重心が自然な位置に保たれ、足の指が自由に開き、本来の筋肉を使って大地をつかむように歩けます。この流れを作ったのがアルトラ(ALTRA)というブランドで、靴屋で働く2人の青年がランニングシューズのかかとを削ぎ落とした靴を自作し、大手に却下されたので自ら立ち上げた、という出自も語られます。

著者の同僚がフットシェイプの靴で1ヶ月・計30万歩を歩いたら、外反していた親指が自然な位置に戻った、という実験も紹介されます。ただし注意点があり、弱った足をいきなりゼロドロップに全切り替えするのは危険で、移行は短い時間から少しずつ。

ここは焦らないほうがいい。外反母趾や膝・腰の不調で靴を本気で見直したい人には、この章だけでも読む価値があります。

自然を歩くと、脳は静まる

最後の柱は「自然」。本書がいちばん伝えたかった場所です。

同じ歩くでも、人工的な都市と自然の中とでは効果が違う。スタンフォードの実験では屋内のルームランナーより屋外、都市より自然の中を歩くほうが創造性がさらに高まり、千葉大学の研究チームが15年かけて都市歩行と森林歩行を比較したところ、自然の中ではストレスが下がり、脳の前頭前野の活動が鎮まる──つまりリラックスすることが分かったといいます。

ここで著者が放つ一文が、現代の常識を真正面から覆します。

「脳は働かせたほうがよい、という考え方が現代では蔓延していますが、間違いです」

私たちの脳は、すでに強い覚醒とストレスのなかで働きすぎている。だから必要なのは、もっと鍛えることではなく、自然を歩いて鎮めることだ、と。

そして著者はもう一歩踏み込みます。便利で効率的な都市生活は、お腹が空く・疲れる・足りないといった「欠乏」の感覚を私たちから奪った。著者はアイスランドの過酷なトレイルを実際に歩き、重い荷物を背負って極端な疲労や空腹を味わい、それを自分の力で満たした瞬間に、手触りのある幸福がやってくる、と書きます。

この感覚を支えるのが、登山で荷物を極限まで軽くする「ウルトラライト(UL)思考」。本当に必要なエネルギーとモノだけを見極める哲学で、歩くことは所有や情報を減らして本質に近づくミニマリズムの実践でもある、というところまで論は伸びていきます。

便利さが奪った「肉体の実感」を歩いて取り戻す、という終盤は、もはや健康の話を超えて生き方の話です。

総じて本書は、「歩く健康法」を期待すると裏切られ、「身体を起点にした文明論」を期待すると当たる一冊です。提示される数字や逆説は刺激的ですが、著者自身が「数字に追われるな」と言う通り、読み終えての宿題はいたってシンプル。

歩いても痩せなかった人、座りっぱなしで頭が鈍る人、靴選びに迷う人。心当たりがあるなら、まずは今日、机を離れて15分。そこから景色が変わるかもしれません。


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『歩くという哲学』 こちらは科学ではなく哲学の側から「歩く」を掘る一冊。本書が最後に行き着いた「歩くと幸福が戻る」という感覚を、思想として味わいたい人にぴったりです。

「カロリーを減らしても、痩せない。」 本書の「歩いても痩せない」と相性のいいテーマ。痩せない理由が意志でもカロリー計算でもないと分かると、運動や食事との付き合い方が楽になります。


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