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『歩く マジで人生が変わる習慣』池田光史さん|「座る人類」になった私たちへの処方箋

健康・メンタル
約5分で読めます
『歩く マジで人生が変わる習慣』

仕事で行き詰まったとき、あなたはどうしますか。

たいていは、椅子に座ったまま画面とにらめっこして、もっと考えようとします。私もそうでした。動かないほうが集中できる、と思い込んでいたからです。

でも、それが間違いだったかもしれない。本書を読んで、頭が働かないのは能力のせいでも気合いのせいでもなく、「座って動かない」せいではないか、と疑い始めました。

著者はNewsPicks記者の池田光史さん。ジョブズやザッカーバーグといったテック界の偉人がなぜ歩きながら会議をするのか、という入口から、最終的には「便利になったのに、なぜ僕たちは幸せじゃないのか」という文明への問いまで歩を進めます。

この本のいいところは、「歩くと健康にいいですよ」で終わらないことです。歩くことを、脳・身体・足・街・靴・自然という複数の角度から解体し、人間が手放してしまった「身体性」を取り戻す本だと言い切ります。健康本の棚にありながら、読み味はむしろ文明論に近い。

図解

歩くのは「プラス」ではなく、マイナスをゼロに戻す行為

本書の出発点はこの問いです。

「文明やテクノロジーの進化は、果たして僕たちを幸せにしたのだろうか──?」

スマホもAIも自動車もある。なのに、なんとなく疲れている。著者はその違和感を放置しません。

人間の身体は、20万年以上ものあいだ「歩き回って暮らす」前提で設計されてきました。狩猟採集の時代の歩数と、現代人の歩数を並べると、私たちがいかに本来の設計から外れたかが見えてきます(具体的な数字は本書で確かめてほしい。並べられると、けっこう堪えます)。著者はこの状況を「都市化という人体実験」と呼びます。

ここが本書の背骨になる視点だと思います。歩くことは、健康に「プラス」を足す活動ではない。歩かないことで生じた「マイナス」を、本来のゼロに戻す行為なんです。だから著者は、歩くことを特別な努力ではなく、人間の標準装備として語ります。「運動を頑張る」という構えそのものを解除してくれるのが、私にはありがたかった。

机で唸るより、歩いたほうがアイデアは降ってくる

最初の柱は「脳」です。

歩くと創造性が上がる。これは精神論ではなく、実験で確かめられています。本書では、座って考えたときと歩きながら考えたときの創造性スコアを比較した研究が紹介されます。差は、こじつけで片づけられない大きさでした(どれくらい伸びたかは本書で)。

裏づけとして脳科学の話も出てきます。歩くと、記憶を司る「海馬」で新しい神経細胞が生まれ、それを後押しするBDNF(脳由来神経栄養因子)という「脳のスーパー栄養剤」が増える──このあたりは、なぜ歩くと頭がほぐれるのかという体感に、ちゃんと理屈を与えてくれます。

そして実務に直結するのが「ウォーキングミーティング」です。横に並んで歩くとアイコンタクトが減り、堅苦しさが消えて会話が弾む。スマホにも邪魔されない。会議室で何時間も解けなかった問題が、全員で散歩に出たら帰り道に答えが降ってきた、というエンジニアたちのエピソードは、座って粘る派の私にはほとんど耳が痛い話でした。

行き詰まったら、座ってもっと考えるのではなく、立ち上がって外に出る。試すコストはゼロなのに、効きそうな順番がいちばん高い施策だと思います。

「歩けば痩せる」「1日1万歩」という常識を、本書は静かに壊す

本書がおもしろいのは、私たちが信じている歩行の常識を次々ひっくり返してくるところです。

たとえば「歩けば痩せる」。著者はこれをはっきり否定します。人間は長距離を歩いてもエネルギーを使いすぎないよう、超高効率に進化している。だから歩行で消費されるカロリーは、思っているより小さい。「痩せるために歩く」という発想は、人体の省エネ設計と最初から噛み合っていないわけです。目的を体重に置くと、効果が薄くて続かない。歩く目的を取り違えるな、というメッセージが効いています。

「健康のために1日1万歩」も、実は医学的な根拠から生まれた目標ではない、という話が出てきます。あの数字の本当の出どころを知ると、毎日の歩数アプリの通知に少し笑えてきます(種明かしは本書で)。

このあたり、ダイエットや歩数ノルマで挫折した経験のある人ほど刺さるはずです。数字に追われて疲れていた人を、いったん解放してくれる章でした。

「高機能な靴」が、足を弱らせていたという逆説

本書でいちばん独創的なのが「靴」のパートです。

クッションが効いていて、つま先がすっきり細い靴。「足にやさしい」と思って選びますよね。著者は、それこそが落とし穴だと言います。つま先の狭い靴は足の指を不自然な位置に固定し、足のトラブルを招く。著者はこれを「現代の纏足(てんそく)」と呼びます。過剰なクッションも、足が本来持つバネとセンサーの働きを奪い、ギプスのように筋肉を弱らせていく。

ここで鍵になるのが「ゼロドロップ(かかととつま先の高低差がない設計)」や、つま先を広く取る考え方です。とはいえ本書は、それらを羅列して「これを買え」とは言いません。どんな靴がよいのか、どのブランドがその流れを作ったのか、そして慣れていない足が一気に切り替えると何が起きるのか──このあたりの勘どころは、ぜひ本書で確かめてほしい。足の構造の精密さを知ったうえで読むと、靴選びの目が変わります。

外反母趾や膝・腰の不調を抱えて靴を本気で見直したい人には、この章だけでも読む価値があります。

自然を歩くと、脳は静まる

最後の柱は「自然」。本書がいちばん伝えたかった場所です。

同じ歩くでも、人工的な都市と自然の中とでは効果が違う。自然を歩いたほうがストレスが下がり、働きすぎの脳が静まる、という研究が引かれます。ここで著者が放つ一文が、現代の常識を真正面から覆します。

「脳は働かせたほうがよい、という考え方が現代では蔓延していますが、間違いです」

私たちの脳は、すでに強い覚醒とストレスのなかで働きすぎている。だから必要なのは、もっと鍛えることではなく、鎮めることだ──。便利さが奪った「欠乏」や「肉体の実感」を歩いて取り戻す、という終盤の論は、もはや健康の話を超えて生き方の話になっていきます。その到達点は、読んで受け取ってほしい。

総じて本書は、「歩く健康法」を期待すると裏切られ、「身体を起点にした文明論」を期待すると当たる一冊です。歩いても痩せなかった人、座りっぱなしで頭が鈍る人、靴選びに迷う人。心当たりがあるなら、まずは今日、机を離れて15分。そこから景色が変わるかもしれません。


合わせて読みたい

『Go Wild 野生の体を取り戻せ!』ジョン・J・レイティ氏 本書が「あなたの体は20万年前のまま」という前提を借りている、まさに源流の一冊。歩く以外の運動・食・睡眠まで含めて、現代生活が壊した身体性を取り戻す話が読めます。本書とセットで読むと身体観が一段深まります。

『歩くという哲学』 こちらは科学ではなく哲学の側から「歩く」を掘る一冊。本書が最後に行き着いた「歩くと幸福が戻る」という感覚を、思想として味わいたい人にぴったりです。

「カロリーを減らしても、痩せない。」 本書の「歩いても痩せない」と相性のいいテーマ。痩せない理由が意志でもカロリー計算でもないと分かると、運動や食事との付き合い方が楽になります。


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