本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP

投資で一番損をする瞬間は、「自分は冷静だ」と思っているとき

更新日:
約6分で読めます 投資・資産形成
目次

証券口座を開くと、たいてい最初にリスク許容度の質問が出てきます。「保有資産が20%下がったら、どうしますか」。落ち着いた気持ちで「そのまま持ち続ける」を選ぶ人は多いはずです。

その答えは嘘ではありません。答えた瞬間の本心です。

問題は、その本心が暴落の日まで同じ形で残っている保証がないことです。イタリアの大手銀行が同じ顧客に2007年と2009年の2回、同じ質問をした調査があります。「金融リスクは一切取りたくない」と答えた人は、16%から43%に増えていました。

損が生まれるのは、暴落の日より前です。落ち着いた自分が、動揺した自分の行動を読み違えて計画を立てた瞬間に、種はまかれています。

満腹の人は、空腹の自分を甘く見る

心理学には「ホット・コールド共感ギャップ」という言葉があります。カーネギーメロン大学のジョージ・ローウェンスタイン氏が名づけた現象です。

空腹、痛み、恐怖のような強い欲求や感情がない「冷えた」状態の人は、それが「熱い」状態で自分の選択をどれだけ変えるかを小さく見積もります。ローウェンスタイン氏は理由として、感情が強かったという事実は覚えていても、その感覚そのものは思い出せないことを挙げています。

2009年、ノースウェスタン大学のローラン・ノードグレン氏らは、この読み違いが行動にどう響くかを確かめました。食堂の入口と出口で79人に声をかけ、7種類のお菓子を好きな順に並べてもらいます。そのうえで1つを選ばせ、こう伝えました。「1週間後、食べずに返しに来たら4ユーロを渡します。お菓子もそのまま差し上げます」。

食後の人は、自分は空腹をコントロールできると答える傾向が強く、1位か2位の好物を選びがちでした。食前の空腹な人は、2位か3位を選んでいます。1週間後に返しに来たのは、空腹組が60.5%、満腹組が39.0%でした。差は20ポイントを超えます。

ただし、この返却率の差は統計的にはぎりぎり有意に届いていません。入口と出口で人を分けたので、無作為の割り付けでもありません。

それでも同じ論文の別の調査が、方向を裏づけています。禁煙を3週間続けた55人を追うと、自制心に自信がある人ほど、喫煙者のそばにいるような誘惑を避けていませんでした。そして誘惑を避けていない人ほど、4か月後にまた吸っていました。

投資に置き換えると、満腹で選んだお菓子は、相場が穏やかな時期に決めた株式の比率です。たとえば「株式8割、下がっても売らない」と決めた日のあなたは、食後に好物を選んだ人と同じ側にいます。

リスク許容度は、相場と一緒に動く

冒頭のイタリアの調査を詳しく見ます。シカゴ大学のルイジ・ジンガレス氏らが、2018年に Journal of Financial Economics で発表した研究です。対象は、2007年と2009年の両方の調査に答えた銀行顧客666人です。

質問の一つはくじでした。「50%の確率で1万ユーロ、外れればゼロ」というくじと、確実にもらえる金額のどちらを選ぶか。くじの期待値5,000ユーロから、確実な金額をどれだけ差し引かれても受け入れるかで、リスクを避けたい度合いを測ります。この差し引いてもよい額は、平均で973ユーロから2,215ユーロに増えました。2年で2倍強です。

ここからが投資に直結します。

  • リスク回避が強まった人は、危機の最悪の時期に株を売る確率が、そうでない人の4倍だった
  • 金融危機で損をしていない人でも、リスク回避は大きく強まっていた
  • 学生に恐怖映画の5分間の場面を見せると、見せない学生よりリスクを避けたい度合いが27%高くなった

3つ目は、外の状況も手持ちのお金も変わらないまま、恐怖だけで数字が動くことを示しています。ただし効果が出たのは、もともと恐怖映画が苦手な学生だけでした。

ただ、測り方で結果が揺れることも付け加えておきます。英国のネット証券の顧客を2008年9月から追った別の研究では、リスクを取る量は減った一方、リスクへの態度を問う質問の答えはほとんど動きませんでした。ジンガレス氏らは、その研究の初回調査がすでに危機の最中だったことが違いの原因だろうと見ています。

チャールズ・エリス氏は『敗者のゲーム』で、自分自身を十分に理解していないと、株式市場を理解するのに恐ろしくお金がかかると書いています。その通りだと思います。ただ、平時に答えたアンケートで分かるのは、平時の自分だけです。

「行動ギャップ」の数字は、割り引いて読む

感情的な売買のコストとして、よく引かれる数字があります。米国のモーニングスター社が毎年出している「Mind the Gap」という調査です。

2025年版は、米国の投資信託とETF、2万5,000本超を対象にしています。2024年までの10年間で、ファンド自体のリターンは年8.2%でした。お金の出し入れのタイミングを反映した投資家の実際のリターンは年7.0%です。差は年1.2ポイントで、リターン全体の約15%にあたります。資金の出入りが激しいファンドほど、差は大きくなっていました。

ところが2026年、フルカーソン氏らが Financial Analysts Journal でこの計算に異を唱えました。同じデータで計算方法の問題を直すと、タイミングの失敗による損は年0.10%程度にとどまる、という結論です。

モーニングスター自身も報告書で、毎月の積立や定期的なリバランスのような堅実な行動でも差は生まれると断っています。だから「個人投資家は愚かだ」という話として読むべきではない、とも書いています。

私はこう受け取っています。投資家全体の平均で見れば、タイミングの損は言われてきたほど大きくないのかもしれません。

ただし平均は、少数の大きな失敗を薄めて見せます。イタリアの調査で最悪の時期に売ったのは、リスク回避が急に強まった人たちでした。

ジェレミー・シーゲル氏は『株式投資 第6版』で、2020年2月下旬にパンデミックを予見して株を全部売った医師の例を挙げています。暴落の間は賢く見えましたが、相場が急回復しても戻れず、持ち続けた人に成績で負けました。

読者が知りたいのは、自分がその少数の側に入るかどうかでしょう。そしてそれこそ、冷静なときの自分には読めません。

冷静な自分が、動揺する自分のためにできること

誤解:計画は、落ち着いて考え抜けば守れる → 食堂の実験で好物を選んだのは、満腹で余裕のある人たちでした。守れるかどうかを左右したのは考えた時間の長さより、考えたときの状態です。

アプローチ1:下がった日に、自分宛てのメモを残す → ノードグレン氏らの実験では、疲れている人や空腹の人のほうが自制心を控えめに見積もり、慎重な計画を立てました。熱い状態で下した自己評価のほうが、現実に近かったわけです。

たとえば保有資産が1割下がった日に、何を感じ、何をしたくなったかを3行で書いておく。次に資産配分を見直すときは、平時のアンケートよりこのメモを根拠にする。ここは研究の結論から私が引き出した使い方です。

アプローチ2:誘惑に近づく回数を減らす → 自制心を過信した人ほど誘惑に身をさらす、というのがノードグレン氏らの結論でした。積立は自動にし、配分の見直しは誕生日のように日付を決めて年1回にする。シーゲル氏は株価の確認を数か月から半年に一度にとどめることを勧め、それでも売買したくなる人には、全体と切り離した失ってもよい少額の口座で気を済ませる方法を挙げています。

アプローチ3:売らずに済む余白を先に作る → モーガン・ハウセル氏は『サイコロジー・オブ・マネー』で、数学的に最適な答えより、不安で眠れなくならない答えを選ぶよう勧めます。生活費の現金を別に持つのは、リターンの面では損に見えます。でも、暴落の日に株を売らずに済むための費用と考えれば、見え方が変わります。

どの比率が適切かは、収入の安定性や家族の状況で人それぞれです。たとえば平時の自分が株式8割でいけると感じていても、下がった日のメモに「眠れなかった」とあれば、その日の自分が持ち続けられる比率まで下げて考えます。

おわりに

暴落の日のあなたは、この記事を読んでいる今のあなたとは、少し別の人です。

今のあなたが「自分は大丈夫だ」と感じるのは自然なことです。ただ、その感覚で計画を書くと、実行するのは別の人になります。計画は、その人が守れる形で書いておく。冷静なうちにできる準備は、それくらいです。


この記事で参考にした本

『株式投資 第6版』ジェレミー・シーゲル氏 → 暴落前に全部売って戻れなかった医師の例と、株価を見る回数を減らし、衝動は少額口座に逃がすという実践策

『サイコロジー・オブ・マネー』モーガン・ハウセル氏 → 数学的な最適より、不安で眠れなくならない配分を選ぶという考え方と、暴落時に売らないための現金の役割

『敗者のゲーム』チャールズ・エリス氏 → 投資の最大の敵は自分自身であり、自分を知らないまま市場に入ると高くつくという警告


合わせて読みたい

『株式投資 第6版』ジェレミー・シーゲル氏|長く持つほど、株は債券より「安全」になる 持ち続けた場合に何が起きてきたかを、200年分のデータで確かめられます。下がった日に読み返すと、メモの材料にもなる一冊です。

『サイコロジー・オブ・マネー』モーガン・ハウセル|お金の成功は「知性」ではなく「振る舞い」で決まる なぜ頭の良い人がお金で失敗するのかを、行動の側から描いた本の書評です。この記事の「余白を先に作る」を、もっと広い文脈で考えられます。

投資は、ギャンブルでも我慢でもない 株価の上下から視線を外し、事業の価値を見るという別の角度のコラムです。株価を見る回数を減らしたあと、代わりに何を見るかの手がかりになります。