資産を残して死ぬのは、最大の無駄づかい
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「老後のために」と必死で貯めたお金の大半は、使われないまま残る。
アメリカのデータに、少し背筋が寒くなる数字があります。アメリカ従業員給付研究所の2018年の調査によると、退職前に50万ドル以上を持っていた人は、退職から20年後、あるいは亡くなるまでに、資産のわずか11.8%しか取り崩していません。
9割近くを手つかずのまま残して、世を去っています。退職者の3分の1にいたっては、リタイア後にむしろ資産を増やしています。
老後資金が足りずに困る話はよく聞きます。でも、データが映すのは逆の光景です。多くの人は、使いきれないほどのお金を抱えたまま人生を終えている。
この「貯めすぎ」を、ヘッジファンドマネジャーのビル・パーキンスは『DIE WITH ZERO』で言い切ります。使われずに残ったお金は、それを稼ぐために削った時間の分だけ、タダ働きだった。
今日の話は「何に使うと幸せか」ではありません。「いつ使うか」の話です。
貯めることが、いつのまにか目的になる
私たちは、貯めることをうまくやりすぎています。
給料が入れば天引きで貯蓄し、ボーナスには手をつけず、老後資金の目標額を追いかける。真面目で、正しい習慣に見えます。ところが、この習慣には終わりのスイッチがついていません。
田内学さんの『きみのお金は誰のため』は、お金の正体をこう説明します。お金そのものは、何ひとつ問題を解決しない。問題を解くのは、お金の向こう側で働く人です。お金の力とは、誰かに動いてもらう「選ぶ力」にすぎない。
だとすれば、使わずに積み上げた残高は、その選ぶ力を行使しないまま眠らせているだけです。口座の数字が増えること自体は、何も生みません。
経済評論家の山崎元さんも、息子への手紙のなかで似たことを言っています。お金や自由は、幸福そのものではなく、幸福と緩やかに交換できる手段にすぎない。手段が目的にすり替わると、人はゴールのないマラソンを走り続けます。
パーキンスの友人に、38歳で純資産40億ドルに達したファンド運用者がいます。「1500万ドル稼いだら辞める」と言っていたのに、目標額はそのつど上へ逃げていきました。稼ぐこと自体が中毒になると、使うタイミングは永遠にやってきません。
お金の価値は、時間とともに目減りする
ここからが本題です。同じ100万円でも、使う時期によって引き出せる価値は変わります。理由は三つあります。
経験は、あとからも配当を生み続ける
パーキンスの中心にある考えが「記憶の配当」です。
経験にお金を使うと、その瞬間の喜びだけでなく、あとで思い出すたびに小さな喜びが戻ってきます。写真を見返す。誰かに語る。ふと思い出す。経験は、記憶という形で配当を払い続けます。
たとえば、彼の友人は20代前半、薄給の時代に借金までして3か月ヨーロッパを旅しました。返済は大変でした。でも数十年たった今も、その旅の記憶は色あせず配当を生み続けています。同じ旅を50代でやり直しても、安宿で見知らぬ若者と語り明かす体験は、もう戻ってきません。
配当は、早く始めるほど受け取る回数が増えます。ここが複利とよく似ています。だから、経験への支出を老後まで先送りするのは、配当をもらえる期間を自分から縮めているようなものです。
実務に落とすなら、「今の年代でしかできない経験」にお金を回す優先順位を、一段上げていい。
お金を楽しみに変える力は、年齢とともに落ちる
二つ目。お金があっても、それを楽しい経験に変える体力は、年齢とともに落ちていきます。
90歳から水上スキーを始めるのは難しい。同じ金額でも、それを使って動ける範囲は、80代より50代のほうが広い。パーキンスはこれを「お金から価値を引き出す能力の低下」と呼びます。
たとえば、旅行をためらう理由を年代別に聞くと、60歳より前は「時間」と「お金」を挙げる人が多く、75歳を過ぎると「健康上の問題」が前に出てきます。お金と時間の問題が片づくころには、今度は体が動かなくなっている。
支出のデータもこれを裏づけます。アメリカでは世帯の年間支出は55〜64歳で最も高く、65〜74歳、75歳以上と、年齢とともに下がっていきます。医療費が増えても、全体の支出はむしろ減る。「老後は際限なくお金がかかる」という不安は、実際の数字よりだいぶ大きく膨らんでいます。
実務に落とすなら、体力を使う経験ほど前倒しする。登山も、長距離の旅も、子どもと遊ぶことも、賞味期限のほうが先に切れます。
資産のピークは「金額」でなく「時期」で決める
三つ目。多くの人は資産の目標を「金額」で置きます。1億円貯まったら、と。パーキンスは、ピークは金額ではなく「時期」で決めよと言います。
体力が十分に残っているうちに取り崩しを始めないと、使える時期を逃してしまう。彼のシミュレーションでは、その分岐点は多くの人で45〜60歳のあいだに来ます。もちろん、人によって前後します。
たとえば、96歳まで法律事務所の秘書として質素に働き、亡くなってから820万ドルを慈善団体に寄付した女性がいます。立派な行いです。でもパーキンスは静かに問い返します。生きているうちに渡していれば、もっと早く多くの人を救えたし、彼女自身も「役に立てた」という喜びを受け取れたはずだ、と。
お金は、死んだあとには一円も使えません。使える窓は、生きているあいだだけ開いています。
誤解を手放して、動きを変える
ここまでの話を、行動に変えるために整理します。
私たちの多くは、三つの思い込みを抱えています。「資産は減らしてはいけない」「お金を使うのは老後になってから」「遺すことが家族への愛情だ」。どれも善意です。でも、時間という軸を入れると、少し違って見えてきます。
一つ目の置き換え。増やし続けるモードから、どこかで計画的に取り崩すモードへ切り替える。まず、これから毎年いくらで暮らすかをざっくり見積もる。パーキンスは「年間の生活費 × 残りの年数 × 0.7」という粗い目安を紹介しています。あくまで出発点の数字です。ここから、増やす一方だった発想を「使う計画」へ組み替えます。
二つ目の置き換え。「いつまでに」を決める。やりたいことを年代ごとのバケツに振り分ける「タイムバケット」という道具があります。体力の要るものを今の年代に置き、予約や日程まで入れてしまう。「いつか」は、たいてい一生来ません。
三つ目の置き換え。家族への援助や寄付を、死後ではなく「今」検討する。パーキンスによれば、子がお金の価値を最も引き出せるのは26〜35歳あたり。ところが相続が実際に起きるのは、相続人が60歳前後になったころが多い。渡すなら、相手が一番必要としている時期のほうが効きます。
ただ、ここは強く念を押しておきます。最適解は人によって変わります。健康状態、養う家族、収入の安定度で、答えは大きくずれます。
そして長生きリスクは本物です。想定より長く生きて、お金が尽きる怖さは無視できません。パーキンス自身、貯金をゼロにして丸裸で生きろとは言っていません。長生きへの備えは、貯め込みではなく、終身年金や保険といった仕組みで持つほうが合理的だ、という立場です。
これは投資の助言ではなく、お金の使い方をめぐる考え方の紹介です。具体的な取り崩しや運用の設計は、自分の家計と、必要なら専門家と一緒に決めてください。運用そのものは、山崎さんが言うように「長期、分散、低コスト」で淡々と、が基本線でいいと思います。
おわりに
お金は、人生の時間を過ごすための道具です。道具を磨き続けることに夢中になって、使うのを忘れてしまうのは、いちばんもったいない。
貯めた額ではなく、その額で何を経験したかが、最後に手元へ残ります。
この記事で参考にした本
『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』ビル・パーキンス → 記憶の配当、タイムバケット、純資産のピークを時期で決めるという発想。使うタイミングの設計図をくれる一冊。
『きみのお金は誰のため』田内学 → お金は問題を解決しない道具にすぎない。貯めること自体が目的化する罠を、根っこから解いてくれる。
『経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて』山崎元 → お金は幸福の手段であって目的ではない。運用は長期、分散、低コストで淡々と、という現実的な土台をくれる。
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