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『ストーリーとしての競争戦略』楠木建さん|優れた戦略は「思わず人に話したくなる物語」である

戦略・経営・事業 ✍ 楠木建さん
約7分で読めます

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『ストーリーとしての競争戦略』
目次

戦略を立てたはずなのに、現場のやる気が一向に上がらない。そんな経験はないでしょうか。

ターゲット、価格、販促、機能。エクセルの欄を一つずつ埋めて「戦略ができた」と一息つく。ところが、それを部下に説明しても、なぜか相手の目が輝かない。そして気づけば、すぐに競合に真似されている。

その原因を、本書はたった一言で言い切ります。あなたの戦略は「項目の羅列」であって、「物語」になっていないからだ、と。

著者の楠木建さんは一橋ビジネススクールの教授です。本書が問うのはたった一つ、「優れた競争戦略の条件とは何か」。その答えが「思わず人に話したくなるような面白いストーリーであること」でした。最初はつかみどころのなさそうなこの一言が、読み進めるほど芯のある定義に変わっていきます。

図解

「静止画」ではなく「動画」で考える

いちばん膝を打ったのは、戦略を「静止画」と「動画」で対比する視点でした。

多くの会社の戦略は、ターゲット・仕様・価格・販促といった要素を個別に並べた「アクションリスト」になっています。各項目はもっともらしい。けれど、それぞれが「なぜ」つながって利益を生むのかという流れがない。これが静止画です。

優れた戦略は「動画」だと著者は言います。各要素が因果論理で噛み合い、長期利益というゴールに向かって時間とともに展開していく。一枚の絵ではなく、動いていく物語になっている。

著者はこの本質を「違いをつくって、つなげる」という短い言葉に凝縮します。競合と違いをつくり、その違いを論理でつなげる。この二つが揃ったときだけ、戦略は物語として動き出す。

ここがこの本の出発点であり、終着点でもあります。逆に言えば、世にある「戦略らしきもの」の大半は、違いをつくっただけで止まっているか、つなげる論理が抜けているかのどちらかなのだ、と気づかされます。

面白いのは、楠木さんが戦略への過剰な期待を最初に冷ますところです。ビジネスの成否の八割は理屈で説明できない勘や運に左右され、論理で説明がつくのは残り二割にすぎない、と。

だからこそ、その二割を突き詰める意味がある。「理屈じゃないから、理屈が大切」という言い回しに、この本の誠実さが出ています。戦略の役割は必勝法を授けることではなく、放っておけば二割以下にとどまる打率を、三割から三割五分に引き上げること。

打率四割は奇跡の部類だと、楠木さんは現実的に線を引きます。この謙虚さが、かえって信頼できます。

「法則」はないが「論理」はある

本書を読むうえで外せないのが、「法則」と「論理」の区別です。

法則とは、どこでも通用する普遍的な因果関係のこと。「こうすれば成功する」というやつです。著者は、経営にそんな法則は存在しないと言い切ります。戦略は特定の文脈に埋め込まれた「特殊解」だからです。

でも、論理はある。特定の文脈の中で「AならばBになる」という理由付けは、自分で組み立てられる。法則は借りてくるものだけれど、論理は自分でつくるもの。この区別が本書全体の土台になっています。

違いをつくって、つなげる。一言でいうとこれが戦略の本質です。

だから著者は、他社のベストプラクティスやテンプレートへの依存を強く戒めます。他社の成功事例は、その会社独自の物語の文脈でこそ機能している。それを表面だけ持ってきても、自社の論理とつながらず、むしろ全体の一貫性を壊してしまう。

良いものを全部詰め込んだネットスーパー、ウェブバンがわずか二年で破綻した例が象徴的です。豊富な品揃え、巨大物流、大手提携、無料宅配。一つひとつは正解なのに、要素同士が論理でつながっていなかった。

良いものの寄せ集めは戦略にならない。この一点だけでも、空欄を埋めて満足していた自分にはこたえました。私たちはつい「足し算」で戦略を強くしようとしますが、本書が描くのは、足された要素同士が互いを引き立て合う「掛け算」の世界なのです。

違いをつくる二つの型――SPとOC

では、競合との違いはどこでつくるのか。著者はそれを二つに分けます。料理に例えるのがうまい。

ひとつはSP(戦略的ポジショニング)。他社と「違うことをする」、つまり何をやって何をやらないかの選択で、外から見える「シェフのレシピ」にあたります。

核心はトレードオフです。何をやると決めるより、何を「やらないか」を決めることのほうが大事になる。松井証券が従来型営業も法人ファイナンスも捨て、ネット株取引の仲介だけに特化して急成長したのが好例です。捨てたからこそ尖った、という構図です。

もうひとつがOC(組織能力)。他社が「真似できないやり方」を持つことで、同じ活動をしても自社のほうがうまくやれる、外から見えにくい「料理人の腕前」にあたります。

この二つの関係を、著者はマツダの事例で鮮やかに描きます。フォード出身の社長が来たとき、マツダはOC(現場の力)は強いのにSP(何をやる・やらない)が曖昧で沈んでいた。

SPを明確にした途端、もともと強かった現場のOCが息を吹き返し、業績が回復した。SPとOCは、どちらか一方では効かず、論理でつながって初めて機能するのです。

ストーリーの良し悪しを測る「5C」

戦略がちゃんと物語になっているかを点検する枠組みが「5C」です。起承転結で覚えると入りやすい。

コンセプト(起)は物語の起点で「本当のところ、誰に何を売っているのか」。構成要素(承)はSPやOCといった個別の打ち手。クリティカル・コア(転)は一見非合理なのに全体では強力な合理性を生む中核。競争優位(結)は長期利益の源泉。そして全体を貫くのが一貫性です。

著者はこの一貫性を「強さ・太さ・長さ」の三つで測ります。打ち手が明確な因果論理でゴールにつながる強さ。施策同士のつながりが多く、一つの打ち手が複数を同時に強める交互効果の太さ。好循環が将来まで続く賞味期限の長さ。物語の出来として戦略を眺める、なかなか実践的な道具立てです。

キラーパス――「一見して非合理」が優位を長持ちさせる

本書の山場が、戦略の中核にあえて「一見して非合理」な要素を組み込む逆説です。著者はこれをクリティカル・コア、別名「キラーパス」と呼びます。

なぜ非合理なものが強いのか。競合が「真似しようと思わない」からです。特許のような「真似できない」障壁ではない。真似はできるけれど部分だけ見ると損に映るから、賢い競合ほど「なぜそんなバカなことを」と避けてしまう。

競争優位を守るのは「真似する動機の不在」だ、という指摘にうなりました。

サウスウエスト航空はハブ空港を使わず、機内食を廃止し、座席指定もしない。一つひとつはサービスを下げる非合理に見えるが、全体でつなぐと機体の回転率が劇的に上がり、圧倒的なコスト優位に転化する。

マブチモーターはさらに極端です。特注対応が常識の小型モーター業界で、あえて製品を標準化し、自動化の水準すら意図的に下げた。常識に逆らうこの選択が巨大な規模の経済を生み、長年にわたって高い経常利益率と圧倒的シェアを維持しました。

怖いのは、競合が中途半端に真似ると「合理的に見える部分」だけをつまみ食いし、物語全体の交互効果を得られず自滅すること。著者はこれを「模倣しようとすること自体が差異を増幅する」と表現します。

デルが自らのダイレクト・モデルを本にまで書いて公開したのに、追随者が中途半端に真似て沈んでいったのは、その典型でした。このタネは特別な場所ではなく、専門家が見落とす「賢者の盲点」、日常の小さな疑問の中にあると著者は言います。

「八方美人」をやめ、「内向き」に伸ばす

5Cの起点、コンセプトには一章が割かれます。それくらい大事だからです。

スターバックスが売るのはコーヒーという「モノ」ではなく、職場でも家庭でもない「第三の場所」という体験。ここが決まるから後の打ち手すべてに筋が通る。

そして著者が突く盲点が「全員に愛される必要はない」という覚悟でした。誰からも愛されようとすると、結局は誰の心にも深く刺さらない。だからコンセプトを固めるときは「誰に嫌われるか」をはっきりさせる。

スターバックスは店内でくつろぐ人を優先するため、急いで一杯だけ飲みたい人や喫煙者をあえて外しています。

「最高の品質」「業界ナンバーワン」といった形容詞は、誰も否定できないぶん何も語っていない、という指摘も痛い。だからコンセプトは流行ではなく、そう簡単には変わらない「人間の本性」に根を張れ、と。

成長戦略すら、目先の機会に次々飛びつく「外向き」ではなく、自社の物語の自然な延長で伸ばす「内向き」であるべきだと釘を刺します。アスクルが「明日来る」という仕組みを医療や飲食へ横展開したのは、自社の論理をそのまま伸ばした内向きの成長でした。

読み終えて残るもの

実務に落とすなら、まず経営計画の各打ち手をホワイトボードに書き出し、「なぜ」つながって利益を生むかを矢印で結んでみるといい。矢印が引けない項目は、論理が抜けている証拠です。

あわせてコンセプトから形容詞を全部消し、捨てる顧客と捨てる機能を紙に書き、業界の常識を一つ選んでその真逆を議論してみる。これだけでキラーパスのタネが見えてきます。

この本は、フレームワークの空欄を埋める作業にうっすら虚しさを感じている人ほど刺さります。戦略を語っても部下の目が輝かないと感じるリーダーにも効くはず。

逆に、明日すぐ使えるテンプレートや必勝の法則が欲しい人には肩透かしかもしれません。本書は最初から「法則はない」と宣言し、自分の頭で論理を編む筋力を求めてくる本だからです。

読み終えて残るのは、フレームワークではありませんでした。自分の戦略を語ったとき相手が前のめりになるか、自分自身が思わず誰かに話したくなるか。その手触りで良し悪しを感じ取る感覚です。骨法十カ条の締めくくりも「思わず人に話したくなる話をする」でした。

次に事業計画を見直すとき、欄を埋める前に一度問うてみてほしい。「これ、人に話したくなるか?」と。胸を張ってうなずけたとき、あなたの戦略はようやく動画になっています。


合わせて読みたい

『ピーター・ティール』トーマス・ラッポルト 「競争は負け犬のすること」を体現したティールの戦略は、本書の「一見して非合理なキラーパスで競争を避ける」という発想と地続きです。消耗戦から降りて独自のポジションを築く思考を、起業家の視点から重ねて読めます。

『戦略ごっこ』芹澤連 ベストプラクティスや常識をエビデンスで検証し直すこの本は、本書が戒める「他社の成功事例の安易な流用」と問題意識が重なります。流行のバズワードに振り回されたくない人が、次に読むと視点が補強されます。

『勝ち組企業の「ビジネスモデル」大全』大前研一 本書が「物語の論理」を語るのに対し、こちらは具体的なビジネスモデルの型を多数提示します。抽象的なストーリー思考を、実在企業の儲けの仕組みに落とし込んで考えたい人の橋渡しになります。


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