上司から仕事を頼まれて、「わかりました」と返事をした。なのに提出したら、何度もやり直しになった。
そんな経験があるなら、原因はあなたの能力ではないかもしれません。「わかったつもり」のまま動いてしまった、それだけのことです。
著者の坂本聰さんは、有限会社考学舎の代表として、20年以上・1万人を超える人に「絵訳(えやく)」というメソッドを教えてきました。本書が言うのは、信頼されるのは知識や話術がある人ではなく、自分の「わからない」を見つけて素直に聞ける人だということ。その「わからない」を見つける道具が、絵訳です。

この本がいちばん拒んでいること
読み始めてまず印象的なのは、著者が「質問のテクニック本」になることを正面から拒んでいる点です。
世の中のコミュニケーション本の多くは、「どう相槌を打つか」「どんな言葉を選ぶか」という聞き方のハウツーを教えます。けれど著者は、そこに力点を置きすぎると、本来の目的である「内容の理解」が抜け落ちる、と釘を刺します。評価を決めるのは聞き方ではなく、聞く内容のほうだ、と。
そのうえで本書は、信頼される質問をこう定義します。
「信頼される質問」とは、相手の考えの根拠や背景を謙虚に知ろうとする質問です。
肝は「謙虚に」というところです。相手を問い詰める尋問でも、場を盛り上げる小技でもない。自分がわかっていない部分を埋めるために聞く。その姿勢が、相手に「この人は自分をちゃんと理解しようとしてくれている」と感じさせ、結果として信頼につながる。
質問を「相手を動かす武器」ではなく「自分の無知を埋める道具」として捉え直しているのが、この本の独自性だと思います。
面白いのは、知識がないことをむしろ強みだと言い切る点です。中途半端に知識があると、わかったつもりで素通りしてしまう。知識がないほうが純粋な疑問が湧き、会話が深まりやすい。
「無知だから黙る」のではなく「無知だから聞ける」へ。コンプレックスを資産に反転させる発想で、ここで一気に本書への警戒が解けました。
「わかった」という言葉を疑うところから
著者が最初に解体するのは、「わかった」という返事そのものです。
私たちが「わかった」と言うとき、実は「理解した」とは限りません。「説明はとりあえず聞いた」「怒っている相手をなだめて受け止めた」という意味で、つい口にしてしまう。
著者はこれを「わかった」の二義性と呼びます。返事としての「わかった」と、理解としての「わかった」は、まったくの別物だというわけです。
問題は、その中途半端な理解のまま行動してしまうこと。相手の言葉の一部、キーワードだけを拾って、残りを自分の経験則で勝手に補ってしまう。最初は小さなズレでも、後から発覚すると修正は効かず、それまでの時間も信用も一緒に失われる。
著者自身がサラリーマン時代に痛い目に遭っています。上司から「この前A社と話題になった件、ちゃんとした資料にしておいて」と指示され、確認の質問をしないまま、自分の勝手な想像で資料を作った。
結果は上司の意図と大きくズレ、何度もやり直しになった。早い段階で確認しないと、こうして信頼を失う——その実感がこのメソッドの原点になっています。
告白として率直で、妙にリアルでした。
だから著者は、中途半端なイメージのまま「わかった」と答えるのをやめよう、と繰り返します。堂々と「わからない」と言っていい。その場では少し格好が悪くても、それが結果的にお互いの損失を防ぐ。耳の痛い話ですが、手戻りの記憶がある人ほど納得するはずです。
言葉を「絵」にする──絵訳という発想
ではどうやって、自分の「わからない」に気づくのか。ここで登場するのが本書の核、「絵訳」です。
絵訳とは、見聞きした言葉を頭の中で具体的な絵やイメージに変換する技術。ひと言でいえば「聞いている内容を、頭の中で映像にしてみる」ことです。言葉だけで考えていると、人は曖昧な部分を平気で読み飛ばします。でも絵にしようとすると、そうはいかない。著者はこう言い切ります。
絵としてイメージできる=理解できている 絵として想像できない=理解できていない
ここに、私はうなりました。「わかる/わからない」は普段とても主観的で、人によって基準がバラバラです。それを「頭の中で映像になるかどうか」という、誰でも自分で判定できるルールに置き換えてしまった。これが絵訳のいちばんの発明だと思います。
著者が挙げる例が「犬のような4本足の動物」というフレーズです。これを映像にしようとすると、ある人は柴犬のような小型犬を、ある人はチャウチャウのような長毛種を思い浮かべ、まるで違う絵になることに気づく。
言葉のままなら素通りしていた曖昧さが、絵にした瞬間にくっきり浮かび上がる。映像化できない部分は頭の中で「黒塗り」になり、その黒塗りこそが、質問すべき場所になる。「何を聞けばいいかわからない」という、あの一番つらい状態への具体的な処方箋になっているわけです。
ちなみにこのメソッドが生まれたきっかけも独特で、知人が考学舎にキリンや猫の絵が入った額縁を寄贈し、説明が苦手な生徒にその絵を説明させるやり取りから、著者は「頭の中の言葉をイメージにする」という着想を得たそうです。偶然の産物だったというのが、かえって信用できる感じがしました。
理解度を測る7つのレベル
絵訳には、自分の理解がどこで止まっているかを可視化する、7段階の指標があります。
レベル1は単語をイメージ化できる段階。「バナナ」と言われて実物を思い浮かべられる。レベル2は位置関係まで、レベル3は何が重要かを、レベル4は時間の流れを、レベル5はバラバラな情報をつなげてイメージ化できる。
レベル6は事象を細分化してわかりやすく説明でき、最上位のレベル7で、抽象的な内容をイメージ化したうえで言語化できる、というところまで上がっていきます。
この階段が効いてくるのが、抽象的な言葉の扱いです。「売上アップ」「会社のビジョン」「平和」。こういう言葉は、放っておくと誰も具体的にイメージできないまま、会話だけが先に進んでいきます。
著者はこれを「借り物の言葉」と呼び、そのままでは使いものにならないと言う。たとえば「幸せな学び」なら、「生徒が前を向き、期待を持って学んでいる姿」というところまで絵にして初めて機能する。
会議でそれらしい言葉が飛び交って、全員うなずいているのに後から食い違う。あの既視感の正体を言い当てられた気がしました。話し手も聞き手も、双方が同じ映像を持てているか。そこを確かめる習慣は、職場でも家庭でもそのまま効くはずです。
絵訳は「理解→言語化」で往復する
実践としての絵訳は、大きく2つの段階に分かれます。
1つ目は理解の段階。聞いた話を、まず1枚の絵、あるいはパラパラ漫画にしていきます。知らない言葉を排除し、場面を映像化し、中心となる要素と背景を分け、要素同士の関係を整理する。この過程で残る「黒塗り」が、そのまま質問すべき場所になります。
2つ目は言語化の段階。今度は整理したイメージを言葉に戻します。結論や目的を40字以内の1文でシンプルに書き、見解や理由を200字程度の文章にまとめる。
つまり、いったん言葉を絵に落とし、また言葉に戻す。この往復によって、自分の理解の解像度がはっきりします。そして実務でいちばん効くのが、この再言語化です。
指示を受けたときに「つまり、〇〇を△△の状態で提出すればいいですね」と完了イメージを言葉にして返す。これだけで、冒頭の「やり直し地獄」を生んでいた認識のズレは、ほぼ消えます。
新しいテクニックを覚える話ではなく、いつもの返事をひと言だけ具体的にする話なので、明日から試せます。
子育て・自己理解にも効く
第3章以降、絵訳の適用範囲はぐっと広がります。
たとえば子育て。子どもが「今日、体育の先生が突然怒り始めた」と話したとき、「お前が何かやったんじゃないのか」と決めつけて詰問してはいけない。
話を頭の中で映像化しながら最後まで聞き、絵が欠けた部分を「先生が突然怒るなんて、何があったの」と素直に質問する。そうすると子どもは「自分の話を聞いてくれている」と感じ、安心して話せるようになります。
自己理解にも使えます。「自分にとっての幸せとは何か」を考えるとき、理想の生活の具体的なシチュエーションを細かく絵訳していく。すると「ここは譲れない」という自分の基準が見えてくる。
著者は、自分の人生に自信がある人ほど「わからないこと」がはっきりしている、と書きます。わかったつもりは、仕事だけでなく人生そのものまで迷走させる、というわけです。
そして、絵訳を習慣にするトレーニングとして紹介されるのが「大人の絵日記」です。その日の出来事やニュースを1つ選び、棒人間でもいいので簡単な絵に描く。それを5W1Hで整理し、最後に200字程度でまとめる。1回10〜15分、週に2〜3回で十分だといいます。
ここで著者が刺してくるのが、素材選びの話です。トレーニングには、テレビや動画のニュースより新聞記事のような文字だけの素材がいい。映像や図解があると「何も考えなくても理解できてしまう」ため、頭を使う訓練にならない。
手っ取り早くわかった気にさせてくれるコンテンツが溢れる今だからこそ、あえて立ち止まって頭の中でイメージする。アナログで泥臭いけれど、学び続ける時代にこそ効く——この指摘が、本書の中でいちばん現代的に感じました。
おわりに
読み終えて残るのは、質問のテクニックではありませんでした。
「自分は、相手のことをわかっていない」という前提に立つ姿勢。聞いた言葉を絵にして、わからない部分から目を逸らさない態度。そして、堂々と「わからない」と言える勇気です。
著者は絵訳を、失礼なく、謙虚に、自分も楽しみながら「わからない」を探すコツだと書いています。わかったふりは、その場をしのげても、信頼もチャンスも静かに逃していく。
なお、本書には絵訳の全ステップや、現場での導入事例など、ここで触れきれなかった具体も豊富に載っています。「わからない」を見つける技術を、もっと細かい手順で手に入れたい人は、本書そのものに当たる価値が十分あります。
明日、誰かの話を聞くとき。「わかりました」と言いそうになったら、一度その内容を頭の中で絵にしてみてほしい。黒塗りが見つかったら、それがあなたを信頼される人に変える、たったひと言の入り口かもしれません。
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『「いい質問」が人を動かす』谷原誠 本書が「わからないを埋める質問」を信頼の起点に置くのに対し、こちらは質問が相手の思考や行動をどう動かすかを扱います。「なぜできないの」が部下を壊すという指摘は、本書の「尋問になってはいけない」という姿勢と重なります。
『LISTEN』ケイト・マーフィ 本書の「聞いているつもり=わかったつもり」を、傾聴の科学から掘り下げた一冊です。私たちがいかに人の話を聞けていないかを知ると、絵訳で「わからない」に引っかかることの価値がより腹落ちします。
『具体と抽象』細谷功 本書が理解の最終段階に置く「抽象的な内容をイメージ化し言語化する(レベル7)」を、思考法として体系化した本です。著者自身が次に読む一冊として薦めており、絵訳で掴んだ感覚を一段高い解像度に引き上げてくれます。
