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『新装版 問題は解決するな』Kan.さん|「解こう」とした瞬間、迷いに火がつく

思考法・問題解決
『新装版 問題は解決するな』

問題を解こうとするほど、迷いが燃え上がる。

そんな逆説を真顔で書いた本があります。Kan.さんの『新装版 問題は解決するな』です。

タイトルだけ見ると、無責任な放置を勧めているように映ります。実際に読むと、まったく違いました。本書が伝えているのは、解決しないという「サボり」ではなく、解決しようとすることそのものを疑え、という挑発です。

著者は大学時代にラグビーで脊髄を損傷し、「一生車いす」と宣告された人です。そこから粉々の背骨をつなぎ直した実体験を起点に、東洋思想(タオ)の知恵を現代の暮らしに翻訳しています。だから観念的な精神論で終わりません。「歩く」「息を吐く」「くるぶしをなでる」といった身体感覚から、見方の転換を持ち込んできます。

こんな人におすすめ

この本は、解決し続けて疲れた人に効きます。

仕事で問題を抱えるたびに、すぐ手を打つ。気まずい人間関係には先回りで対処する。将来の不安には情報収集と計画で備える。ちゃんとしているはずなのに、なぜか軽くならない。むしろ問題が増えていく感覚がある。

そういう人に向いています。

具体的には、こんな状態の人です。

スピリチュアル本に拒否反応がある人にも、最初の数十ページだけは読んでみてほしい本です。著者の実体験と身体的な実践が軸なので、「気持ちで何とかする」系の話ではありません。

この本の核心

本書の主張を一文で言うと、こうです。

「人間には、問題を解決する能力など備わっていない。備わっているのは、ただ見る能力だ」。

ここでKan.さんが言う「解決」は、頭で因果を組み立てて、行動でひっくり返す、いわゆる西洋的な問題解決のことを指しています。それを否定しているのではなく、「人間が本来やるべきことではない」と言っているのです。

ではどうするのか。著者の答えは、「ただ見る」。出来事を分析せず、推測せず、ありのまま眺める。そうすると、相反する2つのものが出会ったときに生まれる「中和の力」が働き、問題は自然にあるべき方向へ向かう、という構造です。

このとき大事なのが、「ただ見る」と「何もしない」は違う、という点です。著者ははっきり書いています。「『何もしないこと』を俺はするから、やれと言われた仕事も俺はやらない」と言ったらクビになるだけだ、と。

「ただ見る」は、やることとやらないことの中間。

ここを読み違えると、本書は単なる無責任マニュアルになります。逆にここを掴むと、いままでの問題解決術がいかに自分を消耗させていたかが見えてきます。

本書の全体像

本書は、常識を破壊するところから入り、人間と宇宙の構造を解き明かし、日常での実践に落として、最後に「ただ見る」へ着地する構成です。

序盤は「問題は解決するな」「逃げてもいい」「痛い時は痛がればいい」と、徹底的に常識を解体します。「逃げるのは弱い」「困る前に手を打て」といった、社会的に正しいとされてきた発想が、いかに自分を追い込んでいたかが浮かび上がります。

中盤では、人間という存在の構造に踏み込みます。サバイバル機能(恐怖)と霊性(愛)が同居する矛盾した存在であり、「頭」「ハート」「体」という3つのセンターでエネルギーを使い分けている。さらに「自分」「相手」「宇宙」の循環を整えることで、はじめて全体が回る、という見立てです。

後半は身体と感情の扱い方が中心です。私たちは「太陽を食べて生きている」、感情は天気のようなもの、目標は読書の付箋のようなもの。具体的な比喩と、毎日できる動作で、抽象的な思想を体に落とし込んでいきます。

最終盤で「取り組まないでただ見る」という核心に戻ってきます。最初に提示された逆説が、ここでようやく腑に落ちる構造になっています。

「解決ゲーム」から降りる

本書最大の発見は、「解決ゲーム」という概念です。

著者によれば、本当に困る手前の自分が、思考だけで先回りして解決ゲームに参加するから、状況も自分自身もぐちゃぐちゃになる。つまり、まだ起きていない問題を、頭の中で先取りして解こうとする行為そのものが、問題を増やしているという指摘です。

これは胸が痛い話です。

上司の機嫌が悪いとき。「自分のせいかもしれない」と推測して、取り繕う言葉を準備する。LINEの返信が遅いとき。「嫌われたかも」と推測して、追いLINEを打つかどうか何時間も悩む。仕事で不確実な案件が来たとき。「最悪のケース」を想定して、誰も求めていない資料を作り込む。

著者はこれを、「迷いにガソリンを注いでいる」と表現します。何かに取り組むことは、確かに楽です。動いている感じがあるから。でも、エネルギーが注がれている分、迷いはさらに大きく燃え上がる。

ここで本書が提案する代替案が、「ただ見る」です。

上司の機嫌が悪い、という事実だけを眺める。そこに「自分のせいかも」という推測(=思い込み)を足さない。事実だけを残し、推測を捨てる。それだけで、自分が巻き込まれていた先入観が自然に削げ落ちていく、と著者は言います。

「捨てる」は努力で行う行為ではありません。「ただ見る」の副作用として、自然に起きる。これが本書のいちばん効く話だと、私は読みました。

事実と思い込みを分けるノート術

「ただ見る」を頭で理解しても、現場ではすぐ忘れます。本書には、それを物理的に補助するシンプルな道具が出てきます。

ノートを開き、ページを左右に分ける。

これを書き出すと、自分がいかに「事実ではない尾ひれ」にダメージを受けていたかが、可視化されます。

事実は読む価値があるけれど、推測や思い込みは、人生に入れる価値のないもの。それらに関わるほど、人生は長くない。著者のこの一文は、私のメモ欄に残りました。

似た技法は他の本にもありますが、本書が独特なのは、「分けたあと、思い込みは捨てる」と言い切る点です。整理して並べるのではなく、片方を消す。問題解決思考の人ほど、「両方を加味して最適解を出そう」としがちで、結局そこで迷いが燃え続けます。

「なりたい自分」をつくった瞬間、苦しみが始まる

本書がもうひとつ強烈に否定するのが、「なりたい自分」というスローガンです。

「なりたい自分」を設定したとたん、「なれていない自分」が同時に生まれる。これは新しい自己ではなく、ただの自己否定の延長です。しかも、その「なりたい自分」の正体は、たいてい外から刷り込まれた価値観です。著者はこれを「メイド・イン・教育」と呼びます。

親や学校、社会から「ほめられたい」「認められたい」と仕込まれた願望。気づいたときには、それが自分の意志だと錯覚している。

対する概念が「メイド・イン・地球」。宇宙の素材(ミネラル)から作られ、地球に生まれ落ちた、外側からいじりようのない本来の自分です。

ここで著者は、目標は「読書の付箋のようなもの」だと言います。

付箋がなくても本は読めます。あれば便利な目印になりますが、絶対に必要なものではありません。目標も同じで、補助ツールとして使う分には構わないけれど、それに従属して生きるものではない。目標を立てたあと、立てた瞬間の自分の気分に支配されていないか、を疑ったほうがいい、という話です。

「なりたい自分」探しに何年も使った人ほど、この章は痛くて、軽くなる箇所だと思います。

頭・ハート・体──3つのセンターの調和

本書を「ふわっとしたスピリチュアル本」にしていないのが、人間を3つのセンターでとらえる枠組みです。

現代人は頭ばかり、あるいは体(労働や生存)ばかり使い、ハートが痩せていきがちだ、と著者は言います。

ハートが痩せると何が起きるか。未来(頭)と過去(体)が直接ぶつかって、現在が抜け落ちる。仕事中に過去の失敗を引きずり、未来の不安に怯える。けれど目の前のお茶の味は覚えていない、というあの状態です。

センターのバランスを取るには、感情を遠ざけずにハートで味わい、体を修練し、頭を未来に向けて使う。3つを別の役割で動かして、お互いに干渉させない。それが「今」という感覚を浮かび上がらせる、と説明されています。

このフレームのいいところは、「自分はどのセンターを酷使しているか」を一日のなかでチェックできる点です。私自身、この本を読んでから、頭が重くなったときに「ああ、いま頭ばかり動かしすぎだ」と自覚できるようになりました。

感情は天気、台風には参加しない

感情の扱い方も、本書はかなり独特です。

著者はまず、湧き上がる感情を我慢したり無視したりしてはいけない、と言います。怒りも悲しみも、その瞬間に思い切り感じ切る。蓋をすると、あとで複利でやってくる。これはよく言われる話です。

ただ、本書の鋭いところは、「感情」と「感情もどき」を区別する点です。

純粋な感情には、方向性がありません。瞬間的に湧いて、瞬間的に消えていく。一方、思考(過去の後悔や未来の不安)が絡みついたものを、著者は「感情もどき」と呼びます。何時間も続く怒り、ぐるぐると形を変える不安。あれは感情そのものではなく、思考が燃料を足し続けている偽物だ、と。

対処法も具体的です。

怒りがどうしても消えない場合は、「24時間後に怒る」と決めてみる。その場で反応せず、判断を未来に保留する。すると、感情の燃料補給が止まり、瞬間で完結していく感覚がわかる、という話です。

もうひとつの比喩が、「他人の感情は台風」。

感情の嵐に巻き込まれている他人がいたら、わざわざ外に出てずぶ濡れになりに行かない。安全な部屋で、台風が過ぎるのを待つ。物理的・心理的に距離を取ることを、著者は弱さではなく賢さとして肯定しています。

瞬間完結という時間感覚

本書の中盤に「瞬間完結」という概念が出てきます。

時間は連続している、というのは錯覚にすぎない。本当は一瞬一瞬が独立した「コマ」のようなもので、人生はそれが連なって見えているだけ。だから過去の感情を次の瞬間に持ち越す必要はない。毎瞬を完結させて生きていけばいい、という発想です。

この時間感覚から、いくつかの実践が導かれます。

ひとつは、行き詰まったら「お手上げ状態」になる勇気を持つこと。すべて諦め、降参する。著者はこれを「強い行為」と位置づけます。新しいことが始まり、展開していく余地がそこからしか生まれないから。

もうひとつは、「すべてを手放して寝る」習慣。

寝る1時間前には、その日のすべての感情・思考・未完を手放す。「未完こそ完結」と捉えて、ベッドに入る。そうすると、翌朝「今日も命をもらった」と新鮮に目覚められる。否定的な感情を抱えたまま眠ると、寝ている間もその感情に支配される、という指摘もあります。

「一日を完結させて寝る」のは、「ストレスマネジメント」というラベルでよく語られる話と似ています。違うのは、本書がそれを「時間は連続していない」という時間観から導いている点です。テクニックではなく、世界観の帰結としての習慣。

宇宙とつながる、日常の身体実践

本書の後半には、身体に直接働きかける実践が並びます。スピリチュアル系の本にありがちな「思いの力で」という話ではなく、五感と身体経由のアプローチが中心です。

朝起きたら、何も考えずに朝日を浴びる。野菜も肉も太陽のエネルギーが姿を変えたものなので、私たちは日々「太陽を食べて」生きていると考える。深く息を吐ききる。意識せずに息が吐けるのは、地球の側が無条件で吐いた息を受け入れてくれているからだ、と捉え直す。

なかでも面白いのが「内くるぶしを優しくなでる」習慣です。

体のエネルギーの流れに関連する大切なスポットだとされ、お風呂や寝る前に指で触れてなでるだけで、疲労感が軽くなり、感性がクリアになり、直感が働きやすくなる、という話です。

科学的なエビデンスを期待すると肩透かしを食います。ただ、こうした「ささやかな身体動作を一日のリズムに入れる」こと自体に、頭の重さを下ろす効果はある。著者はこれをアース(放電)と呼んでいます。

「今、ここ」をめぐる議論で印象的な指摘がもうひとつ。

「今、ここにいる」と感じた瞬間、それはすでに過去になっている。人が認識した時点で、現実はわずかに過去にずれている、という話です。だから「今この瞬間にいなきゃ」と過剰に焦ることもない。「ちょっと過去」に常にいる、と思っておけば、「今ここ」にいないことに苛立つループから降りられます。

数字とエピソードで本書が言いたいこと

本書には、説得力を支える具体的な数字とエピソードがいくつも出てきます。

ある戦争で亡くなった兵士の多くは、致命傷ではなく「ショック死」だったというデータが紹介されます。実際の傷は致命的ではないのに、「自分が撃たれた」という事実への思考のショックで、心臓が破裂したり、出血が止まらなくなったりして亡くなる兵士が多かったという話です。

問題そのものより、問題を解こうとして思考を加速させる、その反応のほうが命を削る。本書全体の主張を、強烈な事例で裏打ちしている数字です。

人間の頭の重さは、平均5kg。サバンナで暮らすようになると、視力は数日で7.0程度になる。DNAは46億年続いてきた。こうした断片的な数字も、「人間はもっと宇宙的なスケールでできている」という著者の世界観を補強する役割で出てきます。

エピソードのなかで個人的に印象に残ったのは、お茶の心得がある女性の話です。店の前でたむろしてタバコを吸い散らかす不良高校生たちを、店内に招き入れる。説教するわけでも追い払うわけでもなく、作法にのっとり無心でお茶を点てて振る舞う。すると高校生たちは「こんな風にもてなされたことがない」と号泣し、やがて服装もまともになっていった。

「問題」を「問題」として扱わなかったから、問題が問題でなくなった、という構造が綺麗に出ているエピソードです。

実践アクション:今日から試せること

本書を読み終えたあと、明日から実際に試せる動作を、本文から抽出しておきます。全部やる必要はありません。ひとつ刺さったものを、一週間続ければ十分です。

1. 事実と思い込みを左右に分けるノート 何かにモヤモヤしたら、紙を左右に区切る。左に「実際に起きた事実」、右に「自分の推測・思い込み」。書いたあとは、右側を捨てるつもりで読み返す。事実だけを直視する練習です。

2. 「24時間後に怒る」の保留テクニック 怒りや不満が湧いた瞬間、即反応をやめる。「24時間後に怒る」と決めて、判断を未来に逃がす。その場で投げ返したいトリガーが、翌日にはたいてい消えています。

3. 内くるぶしをなでる夜の習慣 寝る前に、内側のくるぶしを優しく指でなでる。1〜2分で構いません。頭の中の解決ゲームを、身体経由で停止させる動作です。

4. 「すべてを手放して寝る」一日完結 寝る1時間前に、その日のタスクや感情を「未完のまま手放す」と決める。「明日の朝考える」ではなく、「もう手放す」と区切るのがコツです。

5. 上司の機嫌を「天気」として眺める 人の機嫌を「自分のせい」と紐づけずに、「今日は天気が悪い」と眺める。事実だけを見て、推測の尾ひれをつけない。職場で実験しやすい「ただ見る」の入口です。

6. 「なりたい自分」を一度棚上げする一週間 SNSや自己啓発書で吸い込んだ「こうあるべき」を、まずは一週間だけ棚上げする。目標を消すのではなく、「付箋」として外に置いておく感覚です。

おわりに

本書の主張を、実生活でどう受け取るかは人によって分かれます。

「問題は解決するな」を字義通りに受け取れば、ただの無責任になります。著者自身、それを警戒して何度も釘を刺しています。「ただ見る」は、放置でも諦めでもなく、やることとやらないことの中間にある、繊細な状態です。

私が本書で受け取ったのは、「解こうとした瞬間、迷いに火がつく」という構造でした。

仕事でも人間関係でも、問題が起きたとき、ほぼ反射的に「どう解くか」を考え始めます。本書はそこで一拍置く許可をくれます。事実だけを見る。推測を捨てる。感情は瞬間で完結させる。「なりたい自分」は付箋に過ぎない。

この一拍が、思っていた以上に効きます。

読んだあと、世界が劇的に変わるタイプの本ではありません。ただ、毎日いくつもある「解決しようとして空回りする小さな場面」で、ひと呼吸入れられるようになる。それだけで、一日の終わりの疲労感がだいぶ違ってきます。

問題は、解決するためにあるのではなく、自分がいまどこに立っているかを教えに来てくれる存在なのかもしれない。本書を閉じたあと、しばらくそんな読後感が残りました。


合わせて読みたい

反応しなければ、悩みの9割は消える。 本書の核心である「ただ見る」と直接つながる短いコラムです。「上司の機嫌が悪い」を自分のせいと結びつけずに眺める、という本書の実践を、別の角度からシンプルに言い換えてくれます。先にこちらを読んでから本書に入ると、「解決ゲームから降りる」感覚が掴みやすくなります。

『プロ奢ラレヤーのあきらめ戦略』プロ奢ラレヤーさん|99個捨てたら、1個が手に入った 本書がタオの語彙で語る「あきらめる」を、現代的なライフスタイル戦略として翻訳した一冊です。Kan.さんの「お手上げ状態にする強さ」と、プロ奢ラレヤーさんの「99個を手放す」は、入口は違うのに着地が驚くほど似ています。スピリチュアルが苦手な人は、こちらから入ると本書の主張が腹落ちしやすいはずです。

『問題解決のジレンマ』細谷功さん|知識を捨てて新しいアイデアを生み出す「無知の力」 「知識で問題を解こうとすること自体が、問題を見えなくする」というジレンマを、ビジネス書側から論じた本です。本書の「解決ゲームに参加するから事態が悪化する」という指摘と、論理は違うのに結論がほぼ重なります。東洋思想と西洋的論理が同じ場所で出会う、という面白い組み合わせとして読めます。


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