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『AIと一緒に深める思考力』森巧尚|「なんか違う」が、あなただけの答えの入口になる

AI・テクノロジー 森巧尚
約7分で読めます

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『AIと一緒に深める思考力』
目次

同僚へのお礼メールをAIに任せたら、非の打ちどころのない文面が返ってきた。丁寧で、礼儀正しくて、間違いがない。それなのに送信ボタンを押す手が止まる。他人行儀すぎて、自分の言葉に見えないからだ。

この「なんか違う」という感覚を、多くの人は指示の書き方が悪かったせいにして処理してしまう。ゲーム制作を約四十年続けてきた書き手、森巧尚さんによる本書は、その違和感こそが手がかりだと考える一冊だ。

プロンプトの技巧を並べるのではなく、AIとの対話を通じて自分の考えを掘り下げる手順を示している。

全体は三つの段階で積み上がる。前半でAIという相手の正体を知り、中盤でひとつの型を身につけ、後半でその型を知識の場面と創造の場面それぞれに応用していく。

専門用語をほとんど使わず、対話の実例だけで思考の道具を体験させる構成になっている。クリティカルシンキングや認知バイアス、メタ認知といった重たい道具立てを、堅苦しい説明抜きに会話のやり取りだけで飲み込ませる点が、本書のいちばんの手腕だろう。

図解

AIは「今日入社したばかりの新人くん」

本書が描くAI像は、能力は非常に高いけれど、入社したてで社内の事情を何も知らない新人だ。仕事の質は高くても、会社の文脈も自分の状況も知らないまま返事をしてくる。

AIに苛立つ原因の多くは、実はAI側ではなく自分の側にある。自分にとって当たり前すぎて言葉にしなかった条件、いわば隠れた前提が抜け落ちているだけのことが多い。普段一緒にランチへ行く間柄だ、という背景をひとことも伝えないまま、相手が状況を汲んでくれることを期待してしまう。

「AIと話すときは『察してほしい』という気持ちを捨てましょう。」

もうひとつ本書が示すのが役割の設計だ。人間が機長でAIが副操縦士。進路を決める意志を持つのは人間の側で、AIはその判断を支える情報を差し出す係にとどまる。

どれだけ賢く見えても、AIが意志を持つことはない。加えて、事実を確かめずに流暢な嘘を並べてしまう癖があるため、裏取りは常に人間側の仕事として残る。

扱う情報の機密性にも気を配る必要があり、何を入力してよいかの線引きも人間側の判断だ。

人間とAIが同時にはまる落とし穴も紹介される。名前が規則的に並ぶクイズを出されると、人もAIも音の並びにつられて次の名前を予測してしまい、問題文の冒頭にある本当の答えを見落とす。

パターンに引きずられて単純な事実を取りこぼすという癖を、両者が共有している。だからこそ、二人だけで突き進むのではなく、外から確かめる視点を意識して差し込む必要がある。

平凡な答えを、王道の目印として使う

「喜ばれる贈り物は」と尋ねると、無難な定番品が返ってくる。がっかりする場面だが、本書はこれを能力不足とは見ない。AIは意味を理解して答えているのではなく、大量のデータから「次にどんな言葉が続きやすいか」という確率で文章を組み立てている。

だから出てくるのは、いちばん多くの人が思いつく答えだ。

正解を教えてくれる装置だと期待するから、ありふれた答えにがっかりする。この見方のずれが、本書のいちばんの発明だ。条件をつけずにガチャを回せば量産品ばかり出るように、AIの初手も似たような姿になる。

ここで本書は見方を反転させる。平均しか出ないなら、それを世の中の標準を映す物差しとして使えばいい。目的によって進む向きは逆になる。マナーや手順を確かめたい知識の相談では標準へ寄せにいき、企画や表現を広げたい創造の相談では標準からわざと離れる目印として使う。

同じひとつの返答が、片方の場面では正解になり、もう片方の場面では出発点に変わる。

知識の相談では、同じ問いを角度を変えて重ねる工夫も紹介される。仕組みそのものを掘り下げる問い、他のものと比べて違いを浮かび上がらせる問い、そしてわざと反対の立場を取らせて死角を探す問い。

人は放っておくと自分が信じたい情報ばかり集めてしまうので、あえて意地悪な役を与えて自分の考えの穴を突かせるという使い方が効いてくる。

三回で仕留めようとしない

第3章の核が「三回質問ルール」だ。一回目は「定番を教えて」とざっくり尋ねて世の中の相場をつかむ。二回目はそこへの違和感や本音をぶつけて焦点を絞る。三回目に自分の生活へ落とし込み、専用の答えに着地させる。

なぜ一発で完璧な指示を書こうとしてはいけないのか。行き先が見えていないうちに、正確な指示など書けるはずがない、と著者は言う。むしろプロンプトの精度ばかりを気にすると、自分の本音に気づくという肝心な機会を逃してしまう。

二回目にぶつけるのは、体裁のよい言葉ではなく、口にするのがためらわれるような本音のほうがいい。運動不足の相談なら、一回目に定番のスクワットが返ってくる。

そこへ「着替えて外に出るのが面倒くさい」という本音を重ねると、三回目には朝起きてパソコンを開くまでの数分間、部屋着のまま済ませるという専用のルールに落ち着く。

AIは感情を持たず、こちらを嫌うこともないので、そこまで飾らずに打ち込める。生産性を高めたい、という体裁のよい言葉よりも、本当は寝ていたい、という本音のほうが次の展開を動かす燃料になる。

頭がフリーズして動けないときの手順も似た構造だ。感情のままの文章を渡して事実と気持ちを仕分けてもらい、できない本当の理由を客観的に聞き出し、理想と現実の差を点数にして小さな一歩へ分解してもらう。

完璧な計画が整ってから着手しようという姿勢そのものが、最初の一歩を止める要因になっていることは少なくない。

ここにも前提を疑わせるクイズが仕込まれている。冬山の山小屋にたどり着き、手元にマッチが一本しかない。石油ランプ、薪ストーブ、湯沸かし器と選択肢が並ぶと、多くの人はどれに火をつけるかで悩み始める。

答えは単純で、まずマッチそのものに火をつけなければ何も始まらない。目の前の選択肢に気を取られて、行動を起こす起点そのものを見落とす例として、著者はこのやり取りを挙げている。

「そうじゃなくて」が自分らしさをつくる

企画をAIに頼むと、論理的で破綻のない案が一瞬で返ってくる。これで十分だと満足して考えるのをやめてしまう状態を、本書は80点の罠と呼ぶ。統計的な平均の産物にすぎないので、誰が頼んでも似た案に落ち着く。

創造の相談では、AIに下手な案を大量に出させてから、強制的に発想をずらす工夫も語られる。テーマと無関係な言葉をぶつけて無理やり掛け合わせる方法、他の業界の仕組みを借りてくる方法、代用や結合や転用といった切り口で機械的に変形させる方法だ。

無関係な言葉を組み合わせたとき、脳がそのギャップを埋めようとして動き出す瞬間に、独創的な発想が生まれやすいと本書は説明する。

罠から抜ける手立てはふたつある。ひとつはAIに辛口の批評家役を与えて自分の案を叩かせること。もうひとつが、感情での確認だ。実現した先の暮らしぶりを短い物語にしてもらい、読んで心が動くかどうかで判断する。正しさではなく、心が動くかどうかを基準に据える。

批評を受けて縮こまるのではなく、「いや、本当はこういうことがしたいんだ」と言い返してみる。この言い返しの感覚こそ、AIには持ち得ない、人間だけに備わったセンサーだと著者は書く。最後に採用の判子を押すのは、身体を持ち結果に責任を負える人間の役目だ。

最後に本書が置くのは、AI時代の思考力という言葉の定義そのものの捉え直しだ。正解を暗記する力ではなく、もっともらしい答えを前にして自分の感覚を信じ、違うと言い返せる力のことだと著者は結論づける。

答えを見る、違和感を覚える、そこから問いを立てる、そして言い返す。この四段階を繰り返すことが、AI時代の思考力の中身になる。

役割分担も明快だ。人間が担うのは、こだわりと目的と最後の決断。AIが担うのは、平均的なたたき台と、死角の指摘と、何度でも付き合ってくれる根気強さだ。

読み終えて残るのは、フレームワークの名前よりも、あの日押せなかった送信ボタンの感触だった。自分が本当に大事にしたかったのは正確さではなく、親しみやすさだったと気づかされる。

今日からできること

本書の提案を、実行しやすい順に並べる。プロンプトを作り込む前に「定番を教えて」の一言から会話を始める。違和感を覚えたら、体裁を整えずに本音のまま次の一言を打ち込む。

決める前に暮らしぶりの物語をAIに書かせ、心が動くかどうかを確かめてから最終判断を下す。細かく設計しようとするほど本音から遠ざかるので、まずは雑でいいから会話を始めてしまうことのほうが効く。

次にAIの答えを見て「なんか違う」と感じたら、質問を書き直す前に一度だけ手を止めてみたい。その引っかかりの中にしか、自分だけの答えの種は落ちていない。テクニックを増やすより先に、その違和感を大事に扱うことのほうが、本書が最後まで一貫して伝えたかったことに近い。

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