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『その場で言語化できるメモ』佐野雅代さん|言葉が出ないのは語彙不足ではなく整理不足

コミュニケーション・文章術 ✍ 佐野雅代さん
約7分で読めます

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『その場で言語化できるメモ』
目次

会議で急に意見を求められて、頭が真っ白になる。言いたいことはあるのに、口から出てこない。

あの瞬間の正体を、私はずっと「自分の語彙力のせい」だと思っていました。

でも本書を読んで、見当違いだったと気づきます。著者の佐野雅代さんは、言葉が出ないのは知識が足りないからではなく、頭の中の情報が絡まって「整理できていないだけ」だと言い切ります。

佐野さんは元・裁判所書記官。法廷で当事者の発言を正確に聞き取り、記録する仕事を長年こなしてきた人です。その現場で培った「事実と判断を分ける」思考を、A4用紙1枚と1本の線に落とし込んだのが本書のメソッド。

道具は紙とペンだけ、というシンプルさが、まず読み手の身構えをほどいてくれます。

図解

こんな人におすすめ

語彙力が足りないと思い込んで、ボキャブラリー本を買っては挫折した。そんな遠回りをしてきた人にこそ、本書の「整理が先」という発想は効くはずです。私自身、表現の引き出しを増やそうと躍起になっていた時期があるので、出発点の置き方が違うだけでこんなに楽になるのかと拍子抜けしました。

言葉は「集める」より「分ける」が先

本書がいちばん最初にひっくり返してくれるのは、言葉に詰まったときの反射的な行動です。

私たちは言葉に詰まると、つい新しい情報を集めようとします。もっと調べてから、もっと知識をつけてから、と。でも佐野さんは逆だと言う。問題は情報が足りないことではなく、すでに頭の中にある情報が絡まっていることだ、と。

これを本書は片づけにたとえます。クローゼットの服を整理するとき、まず全部出して「見える化」しますよね。頭の中も同じで、一度紙に書き出して客観的に眺めないと、何を言いたいのか自分でもわからない。

ここで本書は言語化そのものを定義し直します。言語化とは「うまい言葉を使うこと」ではなく、伝えるための素材を集めて整理すること。つまり名コピーを書く才能の話ではなく、整理という、誰にでもできる作業の話に変わる。

才能の問題が、手作業の問題に置き換わる。これが本書の最大の救いです。

もう一つ、本書が強調するのが「どう伝えるか」より「何を伝えるか」のほうが大事だという点です。日本ビジネスメール協会の調査では、仕事で不快に感じたメールの第1位が「必要な情報が足りない」だったといいます。

言い回しの巧拙より、中身の不足のほうが相手を困らせる。だから磨くべきは表現ではなく、整理した中身というわけです。

私が唸ったのは、このメソッドの出どころです。世の中の言語化本やメモ術の多くは、コピーライターやコンサルタントといった「言葉のプロ」が書いています。

一方で本書のベースは、法廷で発言を一字一句記録する書記官の実務。プロの技を素人向けに薄めた本ではなく、別の現場の本物の技術を持ち込んだ本なのです。

その出自が、説得力の質を一段違うものにしています。

「1本線メモ」という一点突破

本書の中心にあるのは「1本線メモ」という、たった一つの道具です。

A4のコピー用紙を縦半分に折るか、真ん中に縦線を1本引く。準備はこれだけ。ルールも一つしかありません。

左側に「客観的な事実」、右側に「自分の考えや気持ち」を書く。

左には実際に起きたこと、データ、他人の発言を。右にはそれを見て湧いた疑問や感情を。この分け方が、裁判所の「事実と判断を分ける」思考そのものです。

なぜ線1本でこれほど変わるのか。本書は3つの効果を挙げます。1つ目は、書く場所が分かれること。線があるだけで人は「ここには違うことを書く」と認識し、事実と感情が混ざらなくなる。

2つ目は、メタ的視点が手に入ること。世界を左右に分けると、鳥が空から見下ろすように、両方を一段高いところから眺められる。3つ目が面白い。左に事実を書くと右側がしばらく空白で残りますが、脳には空白を埋めようとする働き(空白の原則)があるので、半ば強制的にアイデアや意見が出てくる、というわけです。

私が本書を信頼できると思ったのは、この道具を一つに絞り切っている点でした。著者はコーネル式ノートやSWOT分析のような複雑な手法を「分けるコストが高くて続かない」と退け、線1本まで削ぎ落とす。

覚えることが一つで済むから、続く。続くから、効く。当たり前のようでいて、ノウハウ本がいちばん守れない節度です。

そしてこの同じ道具を、向ける方向を変えるだけで何通りにも使い回します。著者は言語化を「相手とのコミュニケーション(対他者)」と「自分との対話(対自己)」の2方向に分けます。

会議での即答や学びの定着は対他者、感情のセルフケアは対自己。覚える道具は1つのまま、用途だけが広がっていく構造です。

「違和感」を捨てない――会議で即答する

1本線メモが本領を発揮するのが会議です。

急に意見を求められて答えられないのは、その場で考え始めるから。本書は、聞いている最中から準備しておけと言います。会議中、左側に相手の発言を書き留めながら、右側に自分の引っかかりをメモしていく。

鍵になるのは「違和感を見逃さない」こと。聞いていて「あれ?」「本当に?」と思った瞬間に、右側へ「?」マークだけを素早く書く。理由は後回しでいい。

その小さな引っかかりが、あなただけのオリジナルな意見の起点になります。意見とは大それた結論ではなく、違和感という素材から育てるものなのだ、と。

そこから先は3ステップ。①違和感を見逃さない、②なぜそう感じたかを深掘りする(Why)、③自分としての結論を言葉にする(What)。たとえば「値段を少し高めに」という発言に引っかかったら、なぜ引っかかったかを掘り、「データを確認してから決めるべきでは」という結論にたどり着く。

違和感の出どころがわからないときは、5W1Hに「誰に」「どのくらい」を足した「6W2H」で相手に問いかけ、論点を増やせばいい。

発言の順番にもコツがあります。結論だけをいきなり言うと唐突に聞こえるので、「左(事実)→右(自分の考え)」を交互に出す「左右ジグザグ」を使う。

「こういうデータがありますが、こうではないでしょうか」と運べば、客観性と自分らしさが両立します。波風を恐れて発言を控える人へも、チームへの想いを持って言う限りその意見には価値がある、と背中を押してくれます。

イライラの正体は、たいてい別のところにある

本書がただのビジネス書を超えてくるのが、ここからです。

私たちが人生で一番会話している相手は、他人ではなく自分自身。頭の中で交わす「内側の言葉」です。本書は、この内側の言葉を整理することにも同じ1本線メモが使えると言います。

たとえば、子どもの朝の支度が遅くてイライラする場面。左に「支度が遅い」という事実を、右に感情を書き、「一番のイライラポイントは何?」と自分に問いを重ねる。

すると、本当に嫌だったのは支度の遅さではなく「登校班の子を待たせること」だったと気づく。原因がわかれば、自分でコントロールできる次の一歩が見えてきます。

私が一番ハッとしたのは、

根本原因が解決していなくても、状況が言語化されるだけで感情は落ち着く

という指摘でした(本書より)。モヤモヤに名前がつくだけで、人はスッキリする。感情を消すのではなく、整理するという発想です。

本書はこの自己対話を幸福の問題にまで接続します。神戸大学・同志社大学の研究を引きながら、所得や学歴より「自己決定できること」のほうが幸福感を高める、と。

内側の言葉がわからなければ自分で決めることもできない。言語化はビジネススキルである前に、生き方のスキルなのだと読み替えさせてくれる。ここに、この本の射程の広さがあります。

整理した言葉を、相手に届ける

最後は、整理した言葉を相手にちゃんと受け取ってもらう型です。言語化のゴールは自分が満足することではなく、相手に届くことなので。

本書の基本形は2つ。1つは「ハンバーガー(PREP法)」で、結論→理由→具体例→結論の順に、結論で挟み込む。提案や企画書向きです。もう1つは前述の「左右ジグザグ」で、事実と意見を交互に出す。

報告やスピーチで効きます。細かいコツも実用的で、テキストのやりとりは感情が伝わりにくいので感謝は2〜3倍に膨らませて具体的に書く、「わかりやすさ」は相手次第なので専門家相手なら専門用語を使ったほうが伝わることもある、と。

常に相手目線で言葉を選ぶ、ということです。

どんな人にどう効くか

読み終えて思うのは、これは「うまく話す」ための本ではない、ということです。表現テクニックや気の利いた言い回しを増やしたい人には、物足りなく映るかもしれません。

逆に、頭の中がいつも散らかっている自覚がある人、配慮が先に立って言葉を飲み込んでしまう人、そして何より「自分が本当はどう思っているのかわからない」人にこそ刺さります。

いちばん肩の力が抜けたのは「言葉が出ないのは整理ができていないだけ」という一文でした。才能でも頭の良し悪しでもない。線を1本引いて、左と右に分ける。会議での発言から、子育てのイライラ、自分が本当はどうしたいのかという問いまで、全部この1本の線が入口になる。

まずは手元の裏紙でいい。真ん中に線を引いて、左に今日あった事実を、右に思ったことを書いてみる。次に言葉に詰まったとき、その線がきっと助けになります。


合わせて読みたい

『すごい言語化』木暮太一 「語彙力がない」が伝わらない本当の原因ではない、という出発点が本書とそっくりです。整理が先という発想をもう一段深めたい人に。

『言語化力』三浦崇宏 本書が「整理して伝える」技術なら、こちらは言葉そのものを武器にして思考と人生を動かす話。1本線メモで素材を集めたあとの、言葉の鍛え方として響き合います。

『瞬時に「言語化できる人」が、うまくいく。』荒木俊哉 会議で言葉に詰まる悩みへの処方箋という点で重なります。「何を言うか」で評価が決まるという主張は、本書の「何を伝えるか」と地続きです。


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