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『生成AIスキルとしての言語学』佐野大樹さん|AIへの「話し方」で、引き出せる答えが変わる

AI・テクノロジー
約6分で読めます
『生成AIスキルとしての言語学』

ChatGPTに同じ質問をしても、人によって返ってくる答えの質はまるで違う。その差は、知識ではなく「言葉の選び方」で生まれます。

私もプロンプトの試行錯誤を続けるうち、小手先のテクニックがすぐ陳腐化することに疲れていました。本書はそこに、言語学という普遍的な土台を差し出してくれます。

著者の佐野大樹さんは、Googleで生成AIの開発に携わる言語学者です。技術がどれだけ進化しても変わらない、人とAIをつなぐ言葉のスキルを体系化しています。

こんな人におすすめ

この本の核心――AIは「察してくれない」優秀な新入社員

本書を貫く前提は、生成AIが人間のように行間を読んだり意図を察したりしない点にあります。著者はこう述べます。

人が何かしらの目的や意図を表すために言葉を選んでいるのに対して、生成AIは膨大なデータから学習したパターンにもとづいて、言葉を選んでいる

だからAIの答えがずれたとき、それは「空気を読めなかった」のではなく「こちらの指示が足りなかった」と捉え直す。AIは能力の高い新入社員のようなもので、背景や目的を明示的に渡さなければ実力を発揮できません。

そして本書がもうひとつ強調するのが、AIとの向き合い方の哲学です。

生成AIを利用するという行為は、今まで自分でやってきたことを生成AIに代替させることを目的とするものでなく、「自分+生成AI」で、自分に生成AIという刺激を与えて、今までやってきたことをさらに向上させたり、今まで思いつかなかったことを創造したりする「プラス」のプロセス

代替ではなく、プラス。AIを使う目的は手抜きではなく、自分のアウトプットを磨くことだという視点です。

言葉を「選択肢の体系」として捉える

著者の専門は、選択体系機能言語学(SFL)という分野です。難しそうに聞こえますが、その発想はシンプルです。言葉とは、目的を達成するための選択肢の集まりだと捉えます。

伝えたいことに対して、どの言葉を選べば最も効果的か。これを追求するのが言語学であり、そのままAIとの対話に応用できます。

指示や質問にどんな言葉を含めるか、あるいは含めないか。その選択がAIの能力に直接影響を与える、というのが本書の中心的な主張です。

ここから、AIとの対話を構造化する具体的な道具が登場します。

道具1――対話の目的を3つに分ける

まず、AIと何のために対話するのかを整理します。本書は目的を3つに分類します。

ひとつ目は「情報やアイディアを理解する」。要約や、難解な文章の書き換えがこれにあたります。

ふたつ目は「情報やアイディアを表現する」。メールや企画書の下書き作成です。

3つ目は「考えを分析・整理する」。さまざまな立場の意見をAIに出させ、多角的に思考を深めます。

自分が今どの目的で対話しているかを意識するだけで、指示の出し方が自然と定まってきます。

道具2――状況設定を3要素で伝える

AIの回答を劇的に変えるのが、状況設定(コンテクスト)の共有です。本書はこれを言語学的に3つの要素に分解します。

「フィールド」は、何についての話題か、どんな出来事が起きているか。「テナー」は、誰が誰に対して、どんな立場や関係で話しているか。「モード」は、その言葉がどんな役割や形式を担うか、です。

たとえば「重力とは何か説明して」とだけ指示するのと、「あなたは物理学者、私は小学生という関係で説明して」とテナーを明示するのとでは、答えがまるで変わります。前者は「質量をもつ物体同士が引き合う力」と専門的に、後者は「物体が互いに引き寄せ合う力だよ」と相手に合わせて返ってきます。

巷で言われる「あなたはプロの○○です」という呪文の正体も、実はこのテナーの指定です。感覚的なおまじないを、本書は言語学の理論として明快に解き明かします。

道具3――論理-意味関係で指示を補足する

指示はただ出すだけでなく、補足することでAIの思考プロセスを誘導できます。本書は補足の方法を3種類に整理します。

「詳細化」は、指示を言い換えて明確にすること。「具体的には商品名と不満点を抽出して」のように解像度を上げます。

「増補」は、条件や手段を加えること。「ただし星と雲海というキーワードを含めて」と条件を足します。

「拡張」は、手順や代替案を追加すること。「まず①をして、次に②の場合は③をして」と作業を順序立てます。

この3つを意識すると、複雑なワークフローでもAIに正確に実行させられます。一文で命じるのではなく、論理の筋道を渡してあげるわけです。

道具4――様式を選び、例を見せる

求めるアウトプットの「様式」を指定すると、AIの表現力が引き出されます。表形式、箇条書き、物語風など、形式を変えるだけで出力の質とトーンが変わります。行き詰まったときに「この説明を小学生向けの物語風にして」と頼むと、まったく違う視点の答えが得られます。

そして最も強力なのが「例の提示」です。著者はこう書いています。

例は、生成AIに伝えた状況設定や指示を、どのように回答へ反映させればいいのかを生成AIに伝える有効な手段になります。

言葉で長々と説明するより、理想の出力を1〜2個サンプルとして見せるほうが確実です。「語尾に『く〜ん』をつけて」という具体例を示せば、AIはその特徴をすぐ掴みます。数学の問題でも、解く過程を例示すると正解率が上がるという研究があるそうです。

道具5――一度で諦めず、対話を続ける

AIとのやりとりは、一往復で完璧を目指すものではありません。複数回の対話を重ねる「マルチターン」で能力を引き出します。

最初の回答がずれていたら修正を指示し、発展させる。本題に入る前に「○○の概念を説明して」と前提知識を答えさせてから質問すると、より深い答えが返ってきます。「ステップバックプロンプティング」と呼ばれる手法です。

「深呼吸して段階的に考えよう」とあえて遠回りさせるほうが正解率が上がる、という反直感的な研究結果も紹介されています。

さらに本書は、言語学の「含意」という概念を使った応用も示します。否定的な批判を入力し、「この批判の背景にある問題を推測して、私が取るべき建設的なToDoに変換して」と頼む。感情的なダメージを減らしながら、改善行動につなげられます。

明日から何を変えるか

本書の知恵を、3つの行動に落とし込みます。

ひとつ目。指示を出す前に、テナーを足します。「あなたはプロの編集者、私は初心者」と立場を一行添えるだけで、答えの精度が変わります。

よくある失敗は、状況をすべて省いて質問文だけ投げること。AIは察してくれないと肝に銘じます。

ふたつ目。理想の出力例を必ず一つ用意します。トーンやフォーマットを揃えたいときは、言葉で説明するよりサンプルを見せると、AIが迷わずに済みます。

3つ目。一回で終わらせず、対話を深めます。「もっとカジュアルに」「和食の案も出して」と続け、回答を磨き上げます。

AIを最終成果物の製造機ではなく、自分の質を高める壁打ち相手として使います。

おわりに

本書を読んで一番の発見は、プロンプトのうまさが、結局は人へ伝える力と同じものだということでした。状況を言語化し、論理を順序立て、例を示す。これはAIに限らず、同僚や顧客へ何かを伝えるときにそのまま効くスキルです。

著者は、生成AIを通じて、これまで超えられなかった専門や言語の壁が溶けていく「シェアードディスコース」という未来を描きます。AIを媒介に、未知のコミュニティの知識へアクセスできるようになる。言葉を磨くことが、世界を広げることにつながるという展望です。

新しいAIツールが出るたびに機能を覚え直すのに疲れた人ほど、本書の普遍的なアプローチが効くはずです。言葉を少し工夫するだけで、AIとの対話はもっと豊かになります。

合わせて読みたい

「ChatGPTが思うように答えてくれない…」その理由は「言葉の選び方」にありました まさに本書を扱った記事です。言葉の選択がAIの回答を左右するという核心を、別の角度から振り返りたい人に。

『なぜあなたの指示は、AIに伝わらないのか──プロンプトの質が成果を決める3つの理由』 本書の「AIは察してくれない」という前提と直結するコラムです。指示が伝わらない原因を整理したい人に補助線になります。

『生成AIは最強ツールではなく、最強の相棒になる』 AIを代替ではなくパートナーとして捉える点で、本書の「プラスのプロセス」という哲学と響き合います。人間とAIの共存像を広げたい人に。


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