「このままでいいんだろうか」。今の仕事、今の専門性。慣れてしまえば居心地はいい。でも、ふと不安になる瞬間がありませんか。
その不安は、気のせいではありません。人生は100年に伸び、定年後にも30年から40年が残る時代になりました。一つの専門だけで「逃げ切る」ことは、もう難しい。
『GO OUT ゴーアウト 飛び出す人だけが成功する時代』は、その現実に正面から答える一冊です。著者の坪田一男さんは、眼科医で医学部教授、そして起業家。この肩書きの幅そのものが、本書の主張を体現しています。
キーワードは「ゴーアウト」。慣れ親しんだ場所(コンフォートゾーン)から、外に向かって飛び出すこと。専門を深く掘りながら、未知の領域へも探りに出る。その両立こそが、変化の時代を生き抜く戦略だと著者は言います。
「深化」だけの人が、いちばん危ない
本書の出発点は、経営学でいう「両利きの経営」です。企業が成長し続けるには、すでに持つ強みを磨き込む「深化」と、認知の範囲を超えて遠くの新しい知に触れに行く「探索」、その両方が要る——という考え方。
著者がユニークなのは、この企業向けの理論を、個人のキャリアにそのまま当てはめた点です。
深化だけに偏るとどうなるか。今の得意分野で成果が出ているうちは安泰に見える。でも環境が変われば、その得意がそのまま足かせになる。本書はこれを「成功の罠」と呼んで警告します。組織の例としてシャープが、個人の例として「引き出しが枯れたベテラン」が思い浮かぶでしょう。
では、深化と探索をどのくらいの比率で配分すればいいのか。ここで著者は、抽象論ではなく具体的な数字を一つ提示します。しかも自身が経営する研究所では、その比率を本気で「お金」に落として実践している。何対何なのか——この生々しい内訳は、本書で確かめてほしいところです。数字を見た瞬間に、「探索30パーセント」がただのスローガンではないと腹落ちします。
この両立を体現した人を、本書は「T型人材」と呼びます。縦棒が専門の深さ、横棒が探索の広がり。ただし順序が大事だと釘を刺すのが、私には一番効きました。
型があるから型破り。型がなければ、それは形無し。
歌舞伎俳優・中村勘三郎さんの言葉です(本書より引用)。まず深化で「型」を作る。その上で探索の「型破り」に進む。専門が薄いまま手だけ広げると、ただの器用貧乏になる。「とりあえず副業も勉強会も」と手を広げて消耗している人ほど、この前提は痛いはずです。
キャリアの本なのに、「外を歩け」と書いてある
ここからが、ほかのキャリア本にはない展開です。ゴーアウトには比喩だけでなく、文字どおり「物理的に外へ出ろ」という意味もある。そして眼科医である著者は、それを医学で裏づけてきます。
カギになるのが、太陽光に含まれる「バイオレットライト」という紫の光。これが目のある受容体を刺激し、近視を予防する。慶應義塾大学の研究グループが突き止めた知見です。
意外なのはここ。私たちは「スマホを見すぎるから近視になる」と思っています。でも本書の見立ては違う。本当の原因は、外に出なくなってこの光を浴びなくなったことだ、と。室内でいくら運動しても近視は防げない、という疫学研究まで添えられると、自分のリモートワーク生活が少し怖くなります。
しかも効果は目だけにとどまらず、脳の血流や気分にも及ぶ——という話に展開していくのですが、その具体的な広がりは本書で。著者はこうして上向いた状態を「ごきげん」と呼び、挑戦を続ける燃料は強い意志よりむしろ「ごきげんでいること」だと位置づけます。根性論ではなく機嫌の科学。ここが本書の人間観の核です。
「会いたい人」に、自分から会いに行く
外に出るのは太陽のためだけではありません。人に会うためでもあります。
本書は人間関係を、親友のような「親しい関係」と、ちょっとした知り合いの「緩い関係」に分けます。幸福度を高めるのは親友数人。でも、新しい情報やチャンスを運んでくるのは、意外にも後者の「緩い関係」のほうだと言います。
そして具体策が、「会いたい人に、自分から会いに行く」こと。著者自身、感動した本の著者に手紙を書いたり、講演後のノーベル賞学者に直接声をかけたりして、関係を切り開いてきました。
ここで著者が強く否定する言い訳が、「自分は無名だから会ってもらえない」。これはコンフォートゾーンに安住している証拠にすぎない、と。耳が痛い人は多いでしょう。私もその一人です。会いに行く頻度の目安も提示されていて、これが「できそう」と思える絶妙なラインなので、ぜひ本書で確かめて、今月の連絡先を一つ決めてみてください。
失敗が怖い人へ
それでも、踏み出すのは怖い。その恐怖に、本書は脳科学で応えます。
キーワードは「いわれなき万能感」。
根拠もないのに、なんとなく自分はうまくいくと思い込んでいる状態を表す言葉です。
ふつう「根拠のない自信」は危ういものとされます。でも本書は逆で、これこそ失敗を恐れず未知へ踏み出すための重要な脳の機能だと肯定する。左脳と右脳をつなぐ脳の構造から、人間はもともと自分をポジティブに見るようできている、という研究が下敷きです。
この万能感を土台に勧められるのが「早く、安く失敗する」という構え。最初から100点を狙わず、成功確率の高い挑戦から低い挑戦までを並べておき、失敗を最初から織り込む。対極にあるのが「何もしなければ失敗もしない」という思考で、本書はこれを日本企業に蔓延する空気として手厳しく批判します。
どんな人に効くか
この本がいいのは、「飛び出せ」という精神論で終わらないところです。外に出れば目と脳の血流が上がる。緩いつながりが情報を運ぶ。根拠のない自信は脳の正常な機能として味方にできる。すべてに、医学か脳科学か経営学の裏づけがある。
刺さるのは、専門はそれなりに身についたのに次の一歩が見えない人。失敗が怖くて動けない人。そして在宅で部屋にこもりがちな人。逆に、今の専門一本を極める覚悟が定まっている人や、すでに社外の人脈と異分野挑戦を回せている人には、確認作業に近いかもしれません。
著者がくり返すのは、コンフォートゾーンに留まるほうが、長い目で見れば大きなリスクだということ。専門を深く掘ることはもちろん大事です。でも、それだけでは引き出しが枯れる。半歩でいい。怖いと感じたら、それは正しく一歩外に出ようとしている証拠です。
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『RANGE』デビッド・エプスタイン 本書の「専門外への探索が専門性を深める」という主張を、膨大な研究で裏づける一冊。早く専門に絞った人より、寄り道した人のほうが勝ち続ける理由が、T型人材論とそのまま響き合います。
『LIFE SHIFT』リンダ・グラットンさん 本書が「ゴーアウトが必要な前提」として引用している土台の本。なぜ一つのスキルでの逃げ切りが不可能になり、マルチステージの探索が要るのか、そのマクロな社会背景を深く理解できます。
『チーズはどこへ消えた?』スペンサー・ジョンソン コンフォートゾーンから出る恐怖の正体を、寓話でやさしく解きほぐす一冊。「飛び出すのが怖い」で止まっている人が、最初の一歩を踏み出す勇気をもらえます。


